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4.はじまりの日 *1
しおりを挟むその日は、試験の結果発表の日だった。
――――僕はその試験に向けて、死ぬほど勉強した。
学校でも寮でも。ずっと、勉強してた。今回こそ、カインに勝たなきゃと必死で。
でも、貼りだされた結果は、カインが首位で、僕が二位。
もう信じられないというのか、意味が分からない。
カインは、学校ではとりあえず、全然勉強してなかった。皆の真ん中で、キラキラ笑顔を振りまきながら、楽しそうに過ごしていた。寮でも、僕が栄養補給だけのために食事をとってる時も楽しそうで、誰の部屋で集まろう、とか。遊ぶ約束してるのが聞こえてきてた。……全然、勉強なんて、してなさそうだった。少なくとも、時間は確実に無さそうだった。
だから今回こそ、と思っていたのに。また負けた。
廊下の向こうからカインがこっちに来たから、僕は反対側にゆっくり歩き出して、少し先でちょっと振り返った。人がたくさん居るから、別に変ではないはず。皆、貼り紙を見てるし。
結果を見上げてるカインのところに、カインの友人たちが来て、また一位かよ、とはやし立ててる。どんだけ勉強したんだよ、とか。オレらと遊んでるのに何で? とか、言ってる。
それ、僕も聞きたい。部屋で寝ないで勉強してたとか……?
何て言うんだろう、と思っていたら。「今回は授業、ちゃんと聞いてた」と、カインは言った。僕は、真っ白になった。僕の中で、カインを敵認定した瞬間だった。カインの友達は、ほんといいよなあ、とか言って笑ってる。
寝る間も惜しんでずっと勉強してたのに、授業しか聞いてなかった奴に負けるとか。
……じゃあもう、あいつには、敵わないじゃんか。……あいつが勉強したら、どうなんの。僕は、満点まであと二十点。全体でそれしか間違えてない。でもカインは、僕よりまだ十点も多くとってる。
――大嫌いだ。カインなんか、同じ学年に居なきゃよかったのに。
その気持ちのまま、僕はカインの後ろ姿を睨みつけた。すると、なぜなのか。僕は殺気かなにかを放ってしまったんだろうか。カインが突然、こっちを振りむいた。咄嗟に顔を戻すことができないままの僕は、少しの間、カインを睨みつけたまま、見つめ合ってしまった。そこへ、「カイン、また一位! すごーい!」と、女の子たちが走ってきて、カインにまとわりついている。
僕は、そのまま目を逸らして、寮に帰ってきた。そのまま、早々に食事をとって、部屋に戻り、シャワーを浴びた。そのまま、ベッドに仰向けになった。
もう諦めようかな……。
――――世の中には、勝てない奴がいるんだ。努力なんか、しなくても、誰にも負けない奴。あいつが居なければ、僕は、入学以来ずっと一位の筈なのに。消えちゃえば、いい。カインなんて。大嫌いだ。
――僕の父は、優秀な人で、ミスを許さない。
九十五点をとっても、あと五点が取れないことを責められる。一位じゃない僕なんて、価値を見出してはくれない。
前回の試験の後、実家に帰った時。次の成績表で一位になれなかったら、もう学校をやめて、仕事を手伝えと言われた。無駄に勉強なんかしていなくても、父の仕事を早くから覚えた方が有意義だということらしい。だから死ぬほど頑張ったのに。……だから次の試験で勝てなかったら、もう次の成績で、一位の望みはない。
今回よりも、もっと、他の時間を削って、勉強だけをして、それで次を受けて――――もしそれで、勝てなかったら? もうなんだか、僕の中で、僕の存在意義がなくなる気が、してしまう。
もう、頑張らないで、諦めた方が良いんじゃないか。その方が、とことんまで自分を追い詰めなくて済むんじゃないかな――。
どうして。あんな奴が居るんだろう。
成績の掲示の下で――なんか、まっすぐ、見つめ合っちゃったけど。
すごく、睨みつけてしまった。
――あんな風に、カインと、見つめ合ったの、初めてかも。
ていうか、僕のことなんか、知らないかなと、思うけど。……万年二位ってことで、名前くらいは、知ってくれてる、かな……。
僕が睨んでるの――どう思っただろう。怒ってたり、するかな……。あの時は、なんか……すごく普通に目があってた、けど。気を悪くしてる風にも見えなかったかな……。
しばらく考えていたら、ふと、むらっとした感覚が、腰のあたりから沸き上がった。
「――……?」
何で急に。
……勉強のこと、考えるのやめようって思ったら、そっち……? 自分に呆れる。
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