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◇何倍も。

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「ただいまー」
「ああ、おかえりなさい……」

 人をなんだかヤバいところに叩き落していったことも知らず、先輩は、のどかな声で言いながら帰ってきた。

 何気なく振り返ったのだけれど。
 なんだかほこほこ、濡れた髪をタオルで拭きながら、めちゃくちゃ可愛い感じで、無防備に立ってる。

 ……無防備っていうのも、オレから見たらそう見えるってだけで、先輩はただ普通にしてるだけで、何も悪くないことは分かっているんだけれど。

「三上、お水もらっていい?」

「水……冷蔵庫に、ペットボトル、入ってます」
「んー、ありがと」

 冷蔵庫の前に移動して、ペットボトルを手に振り返る。

「シャワー浴びたらごはん、用意するんで、待っててくださいね」
「うん。何かしとく?」

「すぐできるんで、良いです。あっためるだけだし。ドライヤーしといて?」
「うん。分かった。いってらっしゃい」


 いってらっしゃい――――……。
 その言葉をなんだか考えながら、バスルームに向かう。

 会社でもよく使う言葉なんだけど。
 外回りとかに出る時とか、色々。

 でもなんか家で、シャワーを浴びに行く時に、言われるとか。
 同じ言葉なのに、全然違う。

 って、オレはこんな言葉一つで、何をめちゃくちゃ萌えてるのか。
 なんかほんとに……誰かと恋愛するの、初めてみたいな自分にちょっと呆れる。

 ――――……ざっと洗って、速攻出ていくと。

「えっ、早や、三上」

 ちょうどドライヤーが終わったのか、ほこほこした髪の毛の先輩に迎えられる。

「ちゃんと洗った?」

 クスクス笑いながら、近寄ってきて、見上げられる。
 あーもう……。


「――――……」


 そっと頬に触れて、口づける。
 正直、こんなキスで我慢してる自分を、本当に、心から、ほめてやりたい。


「――――……」

 何とか頑張って、意志の力で唇を離すと。
 先輩は、オレを見上げて、至近距離で、ふわりと微笑む。


「……なんか、あれだよね」
「……あれって?」


「――――……昨日、なんか……寂しかったよね?」
「――――……」


 ……わざと言ってんのかな……。
 もうなんか――――……何言われても、可愛いしか出てこないし。


「……つか、三上は、寂しくなかった??」

 オレの沈黙を、まったく別の方向で受け取るこの人は。

 ――――……全然オレの気持ちなんか、まったく分かってないんだろうなと、もう、脱力感しか、浮かんでこない。

 わざとな訳ないか……。
 なんだかおかしくなって、逆に少し落ち着いた。


「……寂しかったですよ、たぶん、陽斗さんの何倍も」

 そう言って、すり、と頬を撫でてから、いったん離れて、オレは食事の準備を始めた。

「陽斗さん、少しは飲みますか?」
「……んー。オレは、いいや」

「じゃあお茶にしましょうか」
「うん」

 オレからお茶のペットボトルを受け取って、コップに注いでから、こっちを見る。

「なんで、オレの何倍も、とか言う訳?」
「え?」

「さっき、言ったろ、オレの何倍もって」

 なんだか、むー、という顔で、オレを見てくる。

 ……何でって言われても。
 ――――……オレ、マジでめちゃくちゃ寂しかったし?

 そう思っていると。


「オレが先に言ったんじゃん、寂しかったって」


 むむむ、という顔で、ちょっと睨まれる。


 ……つか。可愛いにも程があるんだよ。
 いい加減にしてくれないかな……。

 寂しいとかで、競われるとか。確かにオレが、「オレの方が」なんて言ったのがいけないのかもしれないけど。でも、そんな風に、ムッとされると。


 ……そんなに、寂しかったのかなと。
 思っちまうし。









  
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