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◇初体験

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「なぁ、三上、18時に上がれそう?」

 定時を越えてしばらくして、先輩にそう問われた。

「はい」
 顔を見て頷くと、じゃあ今日は、そろそろ上がれるようにしていこ、と先輩。

「志樹、時間、すごい正確だからさ。5分前にはオレ出れるようにしとく」
「はい」

 時計を見て、あと20分位か、と思いながらもう一度頷いた。

「どこ行くんですか?」
「さあ。個室がいいだろって言われたから、頷いといただけ」
「個室ですか……」
「内容が内容だから。……まあ、その方がありがたいんだけど」

 言いながら、先輩は持っていたファイルを机に片づける。
 机の上を綺麗にしてから、先輩はパソコンに向き直った。


「――――……あ。三上、明日ここ行こ」
「?」

 先輩の見ている画面覗き込む。

「まだわかんないけどさ、三上に後輩が付くかもしんなくて、もしついたら、オレと三上じゃなくて、三上と後輩で行くようになるかも」
「あー、はい」
「志樹がまだ教えてやってっていうから、オレとのマンツーマンは継続の上でって感じだけど、でももし後輩が付くことになったら、段々色々三上に引き継がないと、だよな」
「……はい」

 なんか、テンション下がる。
 ――――……まあ、仕事だから、しょうがないけど。

 永遠に先輩とペアがいいなと、素直な気持ちは思うけど。
 まあ、そんな訳ないか、ずっと後輩で指導受け続ける訳ないし。

 とりあえず今年はオレの下に誰もきませんように。なんて密かに願いながら、先輩に来ているメールを読み終えて、「分かりました」と声に出す。

「んーでも……」
「?」

 先輩から少し離れて、自分の机に戻った時。先輩の声に、ん?と顔を見ると。

「――――……来年でもいいなぁ。三上に後輩くんの」
「え?」

 どういう意味で言ってるんだろう、と思って、じっと顔を見つめると。

「……あ」

 先輩は、はっと気づいたように、苦笑い。

「――――……ごめん、私情入りまくったかも……」

 そう言って、オレから視線をそらして、ひたすらまっすぐパソコンを見つめてる。

 つか。
 それ言うなら、オレ、今私情だらけだけどね。

 なんて、思って。――――……ふ、と笑ってしまうと。
 先輩は、む、として、オレをちらっと見た。

「笑うな」
「――――……」

 ますます可笑しい。

「……オレも、同じ事思ってたんで」
「――――……」

 じっとオレを見てから。きゅ、と唇を噛んで、ふい、とまた視線を背ける。


 ――――……平常心、変なこと思わない、って、すげー心に決めてんのに。
 そんな可愛い反応されると。

 抱き締めたいとか。キスしたいとか。死ぬほど思ってしまう。


 思えばオレ、職場恋愛って初めてだけど。
 すげー好きな人が、触れないのに、こんなに近くに居て、カッコよかったり可愛かったりって。


 ……すげえ天国のような、ある意味地獄のような。
 こういうものなのかな。


 と、意外な初体験に、ちょっと深呼吸。






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