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◇人生初。

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「すぐ準備するから適当にしてて?」
「はい」

 パン屋から先輩のマンションに来ると、そう言って先輩は準備を始めた。

 白なんだなあ、家具とか。 
 綺麗にしてて、なんか、先輩ぽい。

 そんな風に思いながら興味津々で部屋を見ていると、先輩は戻ってきて、苦笑した。

「そんな見んなよ」
「え、だって興味あるし」

 笑いながら答えると、先輩は更に苦笑い。

「週末から掃除してないし、あんま見ないでって」
「全然綺麗ですけどね」
「埃が……」
「そんな小姑みたいな事言わないですよ」

 クスクス笑うオレの目の前に先輩は座った。
 スーツ一式、小さめのガーメントバッグに入れてる。


「明日の朝、家寄って荷物は置いていく事にする」
「付き合いますね」

「……」
「ん? 何ですか?」

「面倒じゃない? 先行ってていいよ、会社」
「はー。分かってないですよね。 面倒どころか、付き合いたいんですよ。でもって、一緒に出社したいんです」
「……そうなの?」
「……陽斗さんは、一緒にしたくないんですか?」
「――――……別にしたくないって事はないけど……よし、用意できたよ」

「もう出来ちゃったんですか?」
「え、何で?」

「もうちょっと部屋見てたかったなーと思って」
「……いーから、いこ」

 先輩はもうスルーする事にしたらしい。
 オレは苦笑いを浮かべて、椅子から立ちあがった。


「なんか陽斗さんらしい部屋でした」
「ん?」

 玄関で靴を履きながら、オレが言うと、先輩はくす、と笑う。


「オレらしかった?」
「うん。白っぽく統一されてるし、整理整頓されてて、陽斗さんぽい」

「そう?」
「はい」

 部屋の鍵をかけながら、先輩が振り返る。

「お前の、オレのイメージって、そういう感じ?」
「うん。そうですね。――――……整ってて、綺麗な感じ」
「へー。そうなんだ……」

 ふ、と笑う先輩。

「陽斗さんのイメージ、きっと皆そういう感じだと思いますけどね」
「会社の皆?」

「清潔感あるし。綺麗だし。いい匂いしそう。……って、いい匂いですけど」

 言った瞬間、肘でつつかれた。


「変なこと言うな」

 ムッとして言うけど。
 はは。……多分、これは、照れてる。

 先輩のマンションを出て、オレのマンションに向かって歩き始める。

「じゃあさ、陽斗さん、オレの部屋、どんなイメージ? 色とか」
「三上の部屋……? んー……」

 じっと見つめられる。

「……黒?」
「お、当たり。黒とかグレーですね」
「ん、ぽいな」
「オレ、黒っぽいですか?」

 そう聞いたら、先輩は、ぷ、と笑ってオレを見つめる。

「黒っぽいって何。――――……今のは、イメージっていうか、当てに行っただけだよ」
「ん? どういう事ですか?」

「なんか、持ってる物も黒が多いから。財布とか、キーケースとか」

 ああ。なるほど。
 そう思いながら。


「なんかオレが持ってる物とか、見てくれてるのが嬉しいんですけど」
「――――……」

「変ですか?」
「うん。……変」

 言いながら、先輩は苦笑いを浮かべてる。

「ていうか、オレの財布、何色か分かる?」

 先輩が言う。

「茶色」

「キーケースは?」
「黒」

 すぐ答えると、先輩はクスクス笑って。

「三上も人の、見てるじゃん」
「え、オレ、他の人のは見てないですよ。何だったかなーって感じ」

「――――……」

「陽斗さんのだから覚えてる訳ですし。だから、陽斗さんがオレの覚えててくれて、嬉しいって言ってるんですけど」
「オレは――――……何となく黒が好きなんだろうなーって思ってただけで」

「それでも嬉しいですけどね」

 クスクス笑ってしまうと。


「……三上って、ほんと恥ずかしい」


 ムっとしながらそんな風に言われて笑ってしまう。
 オレを見て、呆れたように苦笑いしながら。ふ、と思いついたように。


「何となく、三上の部屋、ごちゃごちゃしてそうなイメージはないな」

 そんな風に言われて、「そうですか?」と聞くと。


「うん。仕事忙しくても、机、割と綺麗にしてるし」
「あー……まあ、そうかもですね」

「三上に机整頓しろって注意した事ないし」
「誰かにしてるんですか?」

「結構皆汚くない? それで書類とかメモとか探してて。そういう時は、ちょっと片づけながら仕事しろって言う時あるよ」
「そうなんですね」

「三上は綺麗だから。部屋も綺麗なんじゃない?」
「そーですね」


「これですっごい汚かったら、笑うけど」

 面白そうにオレを見ながら楽しそう。


「汚かったら、陽斗さん、誘わないですよ。 めっちゃ綺麗にしてから誘います」
「ふーん? なんかやっぱり楽しみ」

 クスクス笑う先輩。


 ――――……つか、楽しみなのは、こっち。

 ああ、なんか。
 家に誰かと帰るのがこんなに、気分が上がりまくって、楽しいって。



 人生で初かも。





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