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◇兄貴

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「志樹、お昼は?」

 先輩が兄貴に聞いてる。

 ……なんか。近ぇんだよ。先輩に。バカ兄貴。
 先輩も、その距離で、そんな真横向いたら、めちゃくちゃ至近距離だっつーの。離れろよ……。

 思うが、言えない。
 なんで離れてほしいんだっていう話になりそうだし。

「外で食べてきた」

 食べてきたんなら、社食に来るんじゃねえよ。何しに来たんだ。
 そう思いながら、目の前の食べ物を口に詰め込んでいると。


「何か言いたい事、あるかなーと思って。探してたんだけどな」

 兄貴はオレを見て、笑う。

「つか、こんなとこで話せないし」

 兄貴と先輩だけに聞こえるような声でそう言う。

「まだ怒ってんの?」
「――――……怒ってるに決まってる。ほんと最低。オレの事なんだと思ってんだよ」

 まわりに聞こえないようにこそこそと。でも確実に文句を言ってるのに。


「んー?」

 ニヤニヤ笑いながら、腕を組まれて斜に見つめられると、すげえむかつく。 

「褒められたらダメだとか、意味わかんねえし」
「でもそこはその通りだったろ? 良かったじゃん。2年ですげえ仕事覚えたらしいし?」

「……ざけんな」

 短く言ったところで、食べ終わる。
 先輩を見ると、先輩も後少しで食べ終わりそう。

「こんなとこに何しに来たの、志樹?」
「お前らの様子見に」

「わざわざここに?」

 先輩は、クスクス笑ってる。

「業務室に行って、陽斗はって聞いたら社食で見たって聞いたから。この後会議とかでもう来れなそうだったからさ」

 じゃあ来なくていいけどな。
 思いながらお茶を啜ってると。

「すっかり懐いて帰ってきたみたいだな」

 クスクス笑いながら、兄貴がオレを見る。

「懐いてとか言うなっつの」

 ――――……まああながち間違いじゃないところが、なんかものすごくムカつくけど。こんな一瞬のオレ達を見ただけで、そんな風に言うとか。

 ほんと、この兄貴は……。
 マジ、嫌だ。


「あんまり懐かれて迷惑だったら言えよ?」

 兄貴が隣の先輩を見つめて、そんな風に言ってる。


「……大丈夫だよ。三上、仕事出来るし」
「――――……早速べた褒めしてンのか?」


 兄貴が呆れたように笑う。
 先輩は、苦笑いしながら兄貴を見て、食事を終えた。


「ごちそうさま」

 そう言って、お水を飲んでる先輩に、兄貴が笑った。

「ずっと抱えてたのが取れて、楽しそうだな」
「……うん。そーだよ」

 べ、と舌を見せて、先輩が兄貴を少し睨むが兄貴には全く効かない。

 ていうか、可愛いだけだから、睨むのとか、やめとけばいいのにと思いながら、先輩を見ていると。


「お前らいつ帰ってきたの? 京都」

 兄貴がオレにそう聞いてきた。

「――――……昨日」
「昨日? ああ、じゃあ2泊してきたのか。へー」

 なんだかもう、含んだ言い方が気に食わない。
 先輩も辛うじて、普通に応対してるし、バレる筈がない、と思うんだけど。

 たまにエスパー的な感じだからな、この人。


「楽しかった?」

 兄貴が隣の先輩にそう聞いたら。
 先輩は一瞬黙って。うん、まあ……なんて頷いてる。


「色んなとこ、行ってきたよ」

 ふ、と笑いながら、先輩が言う。


「ふうん……」


 兄貴がくす、と笑う。


「陽斗、夕飯行こうぜ」
「今日?」

「いつでも。今日でもいいけど」
「今日はちょっと……明日以降なら」
「明日は用事あるから。明後日は?」
「うん。いーけど」

「連絡する」
「うん」

「じゃあな、蒼生。 あんまり懐きすぎんなよ」
「――――……」


 む、としたまま睨むが。
 全然意に介さない。まあもう分かってるけど。

 立ち上がって、そのまま、立ち去っていく。
 離れた所から、何も知らない女子社員たちが、兄貴を見て、密かに騒いでいる。

 その後ろ姿が消えた所で。


「……え、オレ今、なんかまずかった?」

 先輩が、オレを見てる。

「いや。――――……大丈夫だったと、思うんですけど」
「何で夕飯……って別に今までも行ってたけど。この流れって……」

 片肘ついて、その手に額を置いて、はー、と俯いてる。



「……大丈夫、だったよな?」
「多分……」


 あの人。
 ほんと。エスパーぽいから分かんないけど。

 と思うんだけど。
 それを言ったら、先輩がますます落ち込みそうなので、言わない事にした。


「――――……別にオレ、兄貴にバレてもいいから、いいですよ?」

 そう言うと、先輩はしばらく固まった後、オレを見て。


「――――……はー……嘘だろ」

 静かにため息を付きながら、顔を上げて、オレを見つめてくる。


「仕事、戻りますか?」
「……うん。戻ろ」

「後で話しましょうね」
「……うん」


 ああ、なんか。ダメージ負ってんなぁ、先輩。

 まあ。なんとなく、先輩が兄貴に知られたくないのは分かる。
 ……さっきのじゃまだ、バレたとも言い切れないけど。


 苦笑いしか浮かばない。




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