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◇褒めた?

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 金曜、あんな時間に帰って京都行きになってしまったから、メールは嫌ってくらいたまっていた。大体にして、金曜にメールが増えるのはいつもの事。特に急ぎじゃないから止めておいた案件を、来週になるまでに送って帰ろうって事で、金曜の帰り時間までにメールを送ってくる人間が多い。

 折り返しの電話を求める連絡も来ていて、一つずつ対応して……とやっている間に、気づいたら昼の12時の鐘が鳴っていた。


「――――……え、もう?」

 思わず口に出した言葉に、隣から先輩が、こっちを見てくる。


「忙しすぎて、時間見てなかった?」

 先輩はクスクス笑いながらそう言うけれど。
 先輩も席に居なかったり、結構忙しそうだった。

「三上、大体は片付いた?」
「とりあえず、これ、メール送っちゃえば、昼行けます」

 言ってる間に、同期の晃司が「昼は?」と言いながら近くを歩いて行く。

「まだ無理。悪い」
「んーお先ー」

 ひらひらと手を振りながら、晃司が歩き去っていく。


「あ、すみません。このメールさえ送れば、片付きます」

 先輩に向けて言い直すと、うん、と頷いて。

「午後は?」
 と聞かれる。

「明日の営業周りの準備と……ああ、木曜の会議の資料作りですかね。あとは細かいのが何件か」

「そっか。それじゃあ、他の奴に仕事振らなくて大丈夫そう?」
「大丈夫です」

 笑顔で先輩に頷いて見せると。
 先輩も、ふ、と微笑んでくれる。


 ――――……正直。


 顔をちゃんと見つめ合って話すのも。
 ――――……こんな風に、笑ってくれるのも。


 もうめちゃくちゃ嬉しいし。

 テンションが上がりっぱなしで、どんな仕事も、驚く程に欠片も苦にならない。さっきなんて普段は面倒だと思う取引先への電話も、もはや鼻歌交じりで呼び出し音を聞いてしまう位。

 オレ、このままここで、先輩の隣で仕事していたら、
 部で成績、トップを独走するんじゃないかなーなんて、思ってしまう。


 ただでさえ。そんな感じで、朝からずっと仕事してきたというのに。

 皆が各々キリの良い所で昼に出て行って、オレ達の周囲に人が居なくなったその時。


「三上」
「はい?」

「さっきさ、香山さんとこ電話してたじゃん?」
「ああ、はい。してましたけど」

 さっき思い出していた、ちょっと面倒な取引先。


「なんか良い感じで対応してたなー。あの人相手にあんな風に対応できるとか、すごいと思う」

「――――……」


「さすが三上って感じ」


 クスクス笑いながら先輩が言う。

 オレは、メールを書こうと、キーボードに両手を置いたままだったのだけれど。……そのままの姿勢で、先輩をマジマジと見つめてしまった。


「え。な……何?」

 先輩が焦ったみたいな顔で、かなり引いてる。


「……今」
「え?」

「今、褒めました? オレのこと」

「え。――――……あ。 うん……」


 意味が分かったみたいで。
 なんかすごい照れた顔をして。右手を上げて、うなじを掻いてる。


「なんか、ものすごいナチュラルに――――……褒めましたよね、オレのこと」
「……っつか、褒める、し。もう……」

「――――……」


「もう、志樹との約束、無い、し――――……」


 朝ここに入ってからは。
 いつも通り仕事が出来る先輩で。

 なんか散々すっとぼけた事言ってたような所は、やっぱり全く見えない感じで。カッコいい、仕事の出来る先輩が、隣に居た。


 だから、何も変な事を考えずに仕事をしていられた。
 というか、普通に笑顔を見せて話してくれるってだけで、オレはすげー気合が入って、仕事を頑張っていられたんだけど。


 今。
 褒めてくれたことを指摘したら。先輩は、急に、めちゃくちゃ恥ずかしそうな顔をして。なんか、また可愛い感じで話し出すし。



「先ぱ」
「変なこと、言うなよ」

 「先輩」と呼び終わる前に止められた。


「早や……」

 可笑しくて、右手を拳にして、口元にあてて笑いを堪える。


「言いませんよ」

 そう言うと、先輩はほっとしたように頷いた。


「――――……」


 思わず、言おうとしたけど。 
 ――――……すげー好きって。




 ち。察知された。





 


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