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◇愛しい

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「――――……先輩」
「……うん?」


 先輩、と呼び掛けてみると。
 ちょっとホッとしたように、微笑む。


 よっぽど「陽斗さん」はだめなんだなあと思うと、またそれも可愛い。


「さっきの聞いてました?」
「ん、聞いてた」
「――――……」

 あ、一応ちゃんと、聞いてたんだ。

 
「オレも、まだ帰りたくない…」
「――――……」

「なんか昨日から、すっげえ楽しかったし」
「――――……」

「なんか……三上と2人でいるの……」


 そこで止まってしまった。
 ――――……続きをしばらく待っていたけれど。

「先輩?」
「――――……何て言っていいか、よく分かんないかも……」

「――――……」


 ……オレと2人で居るのが、何なんだろう。
 ――――……でも、なんかものすごく照れくさそうだし。

 絶対悪い意味じゃねえんだろうなと思って。
 

 はは。
 ……ほんと、可愛い。 何も言えなくなるとか。

 全部言われてないのに、嬉しいとか。
 ――――……こんな事、あんまり、無いかも。


「先輩、嫌だったら、良いんですけど……」
「ん?」


「後ろから、抱き締めても、いいです?」
「――――……」

 とってもびっくりした顔で、先輩がオレを見つめてくる。


「あ、嫌なら、良いです。ちょっと、くっついてみたかっただけなんで」

 思わず笑ってしまう。
 そんなに、目をぱちくりされると。


 なんか、先輩、髪の毛濡れて、落ちて来てると、幼さが増す。
 27か。……会社に居る時は相応だと思ってたけど。
 今はとても、年上には、見えないな―……。



「――――……三上、あのさ」
「ん? 何ですか?」
 
 ぽそ、と呟いた先輩を見つめると。


「ここではもう何も、しないなら……いいよ?」
「ん?」

「後ろから、ってやつ……」
「……あ、抱き締めてもいいの?」
「ん……」

 小さく頷くのが可愛くて。
 思わず、くす、と笑ってしまうと。


「何で笑うんだよ」

 途端にムッとする。


 ――――……今は絶対年上とか、思えない位可愛いけど。
 ……普段、しっかりしてる年上っぽい先輩も浮かぶから。

 なんかギャップがありすぎて、余計可愛く感じる気がする。


「――――……」

 腕を軽く掴んで、オレの方に引き寄せる。
 オレは、浴槽の端に背を付けて寄りかかって、脚の間に先輩を引き寄せた。
 

 ……なんかこれ、反応したらすぐバレそう。 
 良かった。さっき、しといて。


 なんて、先輩には言えない事を考えていると。


「……これ、すげえ恥ずかしくない?」
「――――……うん、まあ……」

 クス、と笑ってしまう。

「よっかかって、先輩」

 ぐいと引いて、先輩の背をより近づけて、オレの胸に寄りかからせる。
 最初は硬直してたけど。その内、息を吐くとともに、ゆっくり力を抜いてく。


 少し斜め上を、2人で、見上げている感じ。
 駅から近い場所だから、星はそんなには見えないけれど、月だけはとても綺麗に見える。


「すげー、綺麗……なんか温泉入って、見上げると月って……贅沢だなあ」

 ゆったりとした口調。
 笑みを含んでいるみたいな、声。


「……先輩」
「――――……ん?」



「また、一緒に、どっか行きましょうね」
「……ディズニーランドだろ?」

 クスクス笑う先輩に、苦笑いが浮かんでしまう。

「――――……ああ、そうでしたね」
「何だよ、忘れてた?」

「先輩は覚えてたんですか?」
「当たり前じゃん。………楽しみにしてるのに」

 最後の言葉に、ふ、と笑ってしまう。


「――――……誰か、女の子じゃなくて、オレでいいの?」
「……オレ、今、三上にしか言ってないけど」

「――――……」



 ……ほんと、何なんだろうなー。 
 ――――……愛しくてたまんないとか。



 すでにその域な気がする。




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