上 下
18 / 273

◇酔いたい。

しおりを挟む


 結局タクシーで店の前まで来て、席に着いた。

「何でカウンターで予約したの? テーブル席もあるじゃん?」
「……別に」

 あんたの笑った顔、真正面から見つめながら食べるの、
 なんかすげー落ちつかなそうだったから。

 とは、言えない。

「まあいいけど……」

 上着を脱いで、先輩はネクタイを少し緩めて、ボタンを外した。
 
「…………」

 着崩すところ、初めて見たかも。

 ――――……あのキモイおっさんじゃねえけど……。
 ……何で男のくせに、いちいち目を引くっつーか……。


「三上って、志樹と、会社継いでくの?」
「さあ。――――……とにかく親父が倒れて、兄貴が引き継ぐから、手伝えって言われたんで」
「仲良いんだね。嫌だーとかも無く、素直にそうしたんだ?」

「仲良くはないです。兄貴、昔から、なんか逆らえなくて。表向き怖くないんですけど、裏側から怖ぇつーか……」

 そう言うと、先輩は、ぷ、と笑い出した。

「分かるなあ、底知れないよな、志樹って。面白いから一緒にいたけど」
「あれ、面白いって、先輩相当ですよ……」

「まあ仕事仲間としては、すげー尊敬できたしな」

 そこに、最初に頼んだビールが運ばれてきた。


「じゃあ。――――……何に乾杯しようか?」

 なんかものすごく楽しそうに、キラキラした笑顔で、オレを、すぐ近くから見上げてくる。

 ……これ、真正面に座るより、断然近いんじゃ。
 横を見なきゃいいと思ったのに、こんなに近くで、まっすぐ見上げられたら、超至近距離で見つめ返す事になってしまう。

「……ちょっ、と、待ってください」
「え?」

 先輩と逆方向を見回して、店員を発見。
 立ち上がって近づいて、もしテーブル席が空いてたら、移動させてくれないか頼んでみる。ちょうど一席今空いたからどうぞ、と言われた。
 ……マジ、良かった。

「三上何だよ??」
「テーブル席、移りましょう。荷物だけ持ってあっちにって」

「ええ? いいのに、わざわざ。もう座ってたし」

 さあ飲もう、としてた先輩は、すごく不満そう。
 ぶつぶつ言いながら、移動した。
 すぐに店員が飲み物や前菜を運んできてくれる。


「もう、なんか泡が消えた気がする! 三上、意味わかんないな。なんなの? 移動するにしても乾杯して飲んでからにしろよ」

 ……怒ってる。
 でも。

 なんか今まで、無表情だった、この人と比較してしまうと。
 なんか、ぷんぷん怒ってる顔まで、可愛く見えるとか。


 …………病気か、オレ。


「すみません。 ……何に乾杯しますか?」

 そう言うと、すぐに、怒った顔を解いて、そうだなあと考えてる。


「……じゃあ、オレ達、今日から、ちゃんと知り合おう記念で」
「――――……何すか、それ」


 そんなニコニコして言われると。
 ――――……脱力しか、できねえし。

 はー、とため息をついたら。
 また、にこ、と笑われる。

「昨日までのは、仕事だけの関係だったけど。 今日からは、ちゃんとさ。仕事仲間としてというか。人としてちゃんと付き合お、て事で。かんぱーい」

 言われて、グラスを静かに合わせる。

「オレ、人生で、お前だけだから、あんな態度で接したの」
「――――……はあ」

「あー、マジで辛かった」

 ぐびぐびぐび。
 一気にグラスを飲み干して、おかわりをしてる。

「三上も飲めよ」
「はいはい」

 もういっそ、酔ってしまいたい。

 なんかこの人の、打って変わった笑顔で放たれる、強烈な言葉の数々を、ダイレクトに受けとめないように。

 酔いたいけど。

 ……つか、オレ、酒、強ぇんだよなー…。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

浮気な彼氏

月夜の晩に
BL
同棲する年下彼氏が別の女に気持ちが行ってるみたい…。それでも健気に奮闘する受け。なのに攻めが裏切って…?

「恋みたい」

悠里
BL
親友の二人が、相手の事が好きすぎるまま、父の転勤で離れて。 離れても親友のまま、連絡をとりあって、一年。 恋みたい、と気付くのは……? 桜の雰囲気とともにお楽しみ頂けたら🌸

イケメン王子四兄弟に捕まって、女にされました。

天災
BL
 イケメン王子四兄弟に捕まりました。  僕は、女にされました。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

赤ちゃんプレイの趣味が後輩にバレました

海野
BL
 赤ちゃんプレイが性癖であるという秋月祐樹は周りには一切明かさないまま店でその欲求を晴らしていた。しかしある日、後輩に店から出る所を見られてしまう。泊まらせてくれたら誰にも言わないと言われ、渋々部屋に案内したがそこで赤ちゃんのように話しかけられ…?

僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした

なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。 「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」 高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。 そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに… その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。 ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。 かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで… ハッピーエンドです。 R18の場面には※をつけます。

処理中です...