上 下
53 / 130
◆Stay with me◆本編「大学生編」

「桜の下で」

しおりを挟む


「はい。分かりました。じゃ行きますね。仁は今日は空いてないので……はい。じゃ十三時に……」 

 朝食の後、真鍋先生から掛かってきた電話を切ると、仁が、何だったの?と聞いてきた。

「色々雑務がたまってるから、もし予定が空いてたら、二、三時間でもいいから来てほしいって」
「そんな事もあるんだ」

「うん。たまにある。特に今は春期講習で忙しいから。オレは中学生までしか今教えてないけど、違う時間に高校生のクラスとかもあるからさ」

「ふうん。 何時に行くの?」

「仁は、何時に出る?」
「十五時に店って言われたから…… んー。十四時半位に出ようかな」

「オレ、昼ご飯食べたら、出るね。十三時位から塾に入れるようにする」
「ん、じゃあ早く昼たべよ」

「ん――――あ」

 また電話が鳴って、スマホの画面を見ると亮也だった。少し離れて、窓際に立つ。

「もしもし?」
『彰? なあ、今日暇?』 
「今日は……昼からバイト」
『何時まで?』
「十三時から、二、三時間だと思う」
『じゃあ、下に行くから、お茶しよ』
「お茶?」
『オレも今日は夕方からバイトだからさ。その前に少し会お』
「……うん。いいよ。じゃあ、バイト終わりそうになったら、連絡する」
『ん、十五時とか十六時って事だよな?』
「うん」
『了解、じゃーな』

 短い電話で、会う約束をして、通話を切った。

「誰かと会うの?」
「うん。少しお茶するだけで帰るよ。 夕飯作るしね」
「そか。な、彰。……オレがバイト慣れたらさ、お茶しに来て」
「ん。分かった」

 うなずくと、嬉しそうに笑う。

 朝食の食器の片付けを二人でししていると、仁が話し出した。

「午前中はどうする、彰」
「んー……洗濯干して……シーツ洗いたかったんだ。仁のも一緒に洗う?」
「うん。 じゃ両方引っぺがしてくる」
「ありがと。じゃあ洗濯干してるから、洗濯機突っ込んでくれる?」
「OK」

 手分けして家事を済ませる。Tシャツを手に取って、ハンガーにかけて、物干しに掛ける。

 良い天気だなー……。
 空が、綺麗。


 そういえば―――― 桜が咲き始めたとか、言ってたっけ。


「シーツ、洗濯機入れてきた」
「うん。ありがと」

 カゴから、服を出してハンガーにかけて、オレに渡してくれる。
 二人で干してると早い。終わった洗濯カゴを持って、仁が脱衣所に置きに行く。

「な、彰」
「うん?」

「シーツ干し終わったら、散歩、行こ?」
「散歩?」

「桜が咲き始めたっていうからさ。散歩して、外で食べるとこあるなら食べて、そのままバイトに行かない?」

「うん。……いいよ。とりあえず、準備してくる」

 自分の部屋に戻る。


「――――」

 ……桜かー……。
 一緒に、散歩か。

 普通の大学生の兄弟って、一緒に桜見に行ったり、するのかな。
 適度な距離っていうのが、分からない。
 行くのかな、普通……? 別に普通??

 悩んでる所に、仁がノックと共に入ってきた。

「彰、行ける? あと十分で洗濯機は止まるよ」
「うん。……あ、そうだ。バイトの服に着替えるから待ってて」
「了解。オレも干したり、バイトの準備しとく」

 服を着替えて、準備をして、部屋を出る。
 シーツをちょうど干し終えてくれた仁と一緒にマンションを出て、河原に向けて歩き出す。


「天気よくて気持ちいいね」

 仁の言葉に、頷く。

 ほんと、良い天気。
 晴れやかな、青空。


 河原沿いに桜並木が長く続く。
 まだ咲き始めだからか、そこまで人は居なくて、のんびり歩いてる人達がパラパラと居る程度。
 でも、実際歩いていると、日当たりのいい場所の桜はかなり咲いてる。


「綺麗だね」
 今日は風が結構あるので、少しだけど、花びらが舞ってる。

「彰、桜、似合う」

 クスクスと、仁が笑った。


「何それ、似合うって」

 言いながら振り返ると、仁が、ふ、と笑う。

「何かそう思っただけ」
「……変なの」
「変じゃないし」

 苦笑いの仁は、スマホを取り出して、咲いてる桜の樹を、写真に撮り始めた。何枚か撮ったあと、「彰、こっち向いて」そう言われて咄嗟に振り返ると、仁にカメラを向けられていて、ぱしゃ、と、撮られた。

 そしてその写真を見せてきて、笑う。

「ほら、似合うでしょ」
「――――だから、似合うって何……」

「なんで分かんないかなー……まあいっか……なあ、彰、昼はハンバーガーとかでも良い?」
「ん? ……あ、ここで食べる?」
「うん。それでいい?」
「いいよ――――もう買いに行く?」

「オレ、適当に買ってくる。待ってて?」
「……一緒に行くけど?」

「ベンチ、とっといてよ」

 楽しそうに笑う仁に、「分かった」と、微笑み返す。
 軽やかに階段を駆け上がっていく仁を見送って。
 桜を見上げる。

 ほんと、綺麗。
 満開も良いけど、つぼみがいっぱいなのも、良い。


 あと二週間もしたら――――全部散っちゃうんだろうなあ。
 ふっと、切なくなる。 

 わずかな間の美しさと知ってるから、余計焦がれて、見上げるのかな。
 もし桜が一年中咲いてたら、それに慣れて普通の景色になって、見上げなくなるんだろうか……。

 川に散って流れていく花も、綺麗。
 風にひらひら舞う花びらも。

 ほんと、綺麗。


 ただただ、ぼーーーー、と、桜を見つめる。
 ほんわかと優しいピンク色の世界の真ん中、 少しだけ、気持ちも和らぐ。


「彰、おまたせ」
「あ。お帰り。ありがと」
「うん」

 仁がベンチの端に座り、オレとの間に、買ってきたものを並べる。


「紅茶とコーヒーどっちがいい?」
「仁が選んでいいよ」
「オレは、マジでどっちでもいいから」

「……じゃあコーヒーにする」
「ん」

 いただきます、と言って、二人で食べ始める。

「――――たまには外で食べるのも、いいね」
「だろ?」

 仁が楽しそうに笑う。

 ぼーと桜を見つめながら。
 コーヒーをストローで啜ってると。


「あ。――――彰、そのまま、動かないで」
「え?」

「ストップ」

 言われて固まってると、スマホを出した仁が、オレにスマホを向けてくる。


「なに? 写真ならさっき――――」
「いーから、動かないで。ちょっと笑ってみて」

「……笑えないし」
「ちょっでいいから。お願い」

 仁の訴えがちょっと面白くて、ぷ、と笑った瞬間、シャッターを押された。

「――――あ、ちゃんと撮れた。 見て」

 見せられると。
 オレの髪の毛に、ピンクの花びらが乗ってる写真。

「はは。やっぱなんか似合うし」
「似合うとか言って、笑うなよ」

「いや、これは馬鹿にしてるとかじゃなくて――――」
「なんだよもう」

 言いながら、その花びらを取ろうと、上方向を見ながら自分の髪の毛に触れていると。

「こっちだよ」

 仁の手が伸びてきて、そっと、触れた。

「――――」

 強張ったオレには、気づかずに。
 仁は、するりと、オレの髪の毛から花びらを抜いた。


「はい、あげるね」
 右手に持った花びらを、オレの手の平に乗せてきて、くす、と笑う。


「バカにしたんじゃなくて、なんか可愛くて笑っちゃったんだけど」

 クスクス笑う仁。

「……可愛いとか、やめろよ。……男だし」
「別に男だって、可愛い時は可愛いし。それくらい言ったって、いーじゃん、別に」

 仁がそんな風に言って、肩を竦めながら、桜を見上げてる。


「……オレは 可愛いとか、言われたくない」
「――――」

 静かに、言うと。
 仁が、何となくふざける雰囲気じゃないって、察したみたいで。
 急に振り返って、オレを見てから。


「……分かった、言わない」

 そう言って、オレが頷くのを確認すると、不意に立ち上がった。
 見上げると、普通に笑顔で、仁は言った。

「ちょっとオレ、足りないから、デザート買ってくる。彰、いる?」
「……まだ食べてるし。今はいいや」

「じゃ行ってくるね」
「ん」


 さっきと同じように、仁が、階段を駆け上って消えていった。

 コーヒーを飲んで、ふーー、とため息をつく。


 仁に乗せられた、手の中の、花びら一枚を、じっと見つめる。



 なんか、苦い。

 ―――― よく、分からないけど。
 ……さっきより苦く感じるコーヒー。


 視線を落として、浅い川に近付くと、しゃがみこんで、手の平の桜を水に浮かべた。

 流した桜の花びらが、他の花びらと混ざって、消えていくのを。
 なんとなく、目で追った。


しおりを挟む
感想 59

あなたにおすすめの小説

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

「今日でやめます」

悠里
ライト文芸
ウエブデザイン会社勤務。二十七才。 ある日突然届いた、祖母からのメッセージは。 「もうすぐ死ぬみたい」 ――――幼い頃に過ごした田舎に、戻ることを決めた。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

「短冊に秘めた願い事」

悠里
BL
何年も片思いしてきた幼馴染が、昨日可愛い女の子に告白されて、七夕の今日、多分、初デート中。 落ち込みながら空を見上げて、彦星と織姫をちょっと想像。  ……いいなあ、一年に一日でも、好きな人と、恋人になれるなら。   残りの日はずっと、その一日を楽しみに生きるのに。 なんて思っていたら、片思いの相手が突然訪ねてきた。 あれ? デート中じゃないの?  高校生同士の可愛い七夕🎋話です(*'ω'*)♡ 本編は4ページで完結。 その後、おまけの番外編があります♡

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

処理中です...