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◆Stay with me◆本編「大学生編」

「涙腺」

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 さっきの、仁が、浮かぶ。


「――――」


 キスマークとか、見ても、スルーか。
 ……って、当たり前か。

 ――――口だけじゃなくて。
 ほんとに、もう何とも、思ってないんだな……。

 オレの中に残ってて、消えない仁は、
 あの頃の、あのわずかな期間だけの仁だったって事で。

 ベッドの端に、腰かける。

 ――――うん。
 良かったんだよな……。

 それならきっとうまくやっていける。残り、二年。

「――――」

 そのままベッドの上に、仰向けに倒れた。

 バカだよな。オレ。……今すぐに、忘れればいいのに。

 本人が、忘れたって、言ってるんだから。
 いますぐ忘れればいいだけなのに。

 仁の為にならないからって……。
 仁のものには、なれないって――――ずっと、逃げて、逃げて。
 それでもずっと思い出して。

 そんな辛かった、気持ち、もう忘れて良い。
 もう逃げなくていい。

 仁はもう辛いと思ってないんだから、もうオレが気にする事は無い。
 すべて、過去の一時の事として忘れてしまえばいいと、もう、分かったのに。

 二年間も、忘れられずにいたから。
 この意味の分からない感情だけ、うまく捨てきれないのかな……。


 あー……なんか……。
 ――――面倒くさいな、オレ。

「――――」

 
 仰向けになった目尻から、す、と冷たいものが伝って落ちた。

「――――?……」


 なに……。
 思って、体をおこして、ベッドの端に座り直すと。

 まっすぐ、頬を伝って零れ落ちたのは。


「――――?」


 なんで、涙……。


 別にどこも痛くないのに。
 体も痛くないし、胸も痛くない。泣きたい気分でも、特にない。
 
 勝手に、ただの水分が、零れ落ちていってるだけ。
 

 ……涙腺……おかしいのかな? 
 困って、手の平で頬を拭ぅ。

「――――」


 止まらない。
 ――――どうしよ……。


 拭いても落ちてくる涙をそのままに、呆然としていたら。


「なあ、彰、胡椒ってどっかにある?」

 ノックと共にドアが開いて、仁が現れた。
 ノックの意味、まるでないし。


「無いなら買ってきたのを――――」

 仁がオレを見て、すごくびっくりした顔をしている。
 ……もはや、下手に慌てた方が怪しい。
 
「何―――……どうしたの?」

 仁が、オレに近付いてきて、オレの目の前に膝をついて、のぞきこんでくる。

「なにそんなに、ボロボロ泣いて――――どうしたんだよ?」
「……よく分かんないんだけど…… 大丈夫だよ」

「何、よく分かんないって」
「何で涙出てるか、よく分かんなくて」

 はは、と薄い苦笑い。
 それを見た仁の険しい顔を見て、笑わない方が良かったかもと、思う。

「何それ、分かんない訳ないだろ……無理して笑うなよ」


 ――――でも、本当に分からない。

「……涙腺が……おかしくなっただけかも……」
「何その理由……」

「だって別に辛いわけでもないし―――― ただ、水が……」
「水がってなんだよそれ…… 彰、大丈夫?」

 心配そうに、腕を掴まれる。
 それも、あの頃みたいに 強くはない。心配してくれてる、優しい、手。

「――――彼女と何かあった?」
「――――」

 彼女? ……彼女って、なんのことだっけ……。
 ああ。キスマークでか……。

 彼女と何かあった……って今欠片も思い出してもなかったのに、彼女の事で泣いてるとか、絶対ないしな……。

 あ、でも――――泣く理由として、仁に言うのに、ぴったりな出来事があったっけ……。


「……別れてきたから――――それでかも……」

「彼女と別れたの?」
「……うん……」

「……そんなに泣くくらい好きだったの?」
「――――涙出てる理由は、よく分かんない……」

「……よく分かんないで、こんなに泣くかよ……?」
「――――だから……涙腺が、ちょっと……」

「もーいーよ……」


 仁が、オレの言葉を遮って。
 それから。


「――――」


 立ち上がった仁に、ふわ、と――――。
 包まれるみたいに、抱き締められてしまった。

 息すら、止まる。


「涙腺おかしいとかじゃないと思う。何かあったんだろ絶対。はっきり言って、辛いのとか自覚してない方が、絶対やばいからね」
「――――」

 驚いて、涙は、完全に止まった。


「……彰、せっかく一緒にいるんだからさ……」
「――――」


「オレ、そばにいるから……そんな、意味分かんねえ事言って、一人で泣くなよ」

 無理やりな力任せの抱き方じゃない。

 親が子供を、抱き締める時みたいな。
 優しい、抱き締め方。


「分かった? 寂しい時とか一緒に居るから。話も聞くから」
「――――」


 離されて、顔、見られて。
 一度、頬を拭ってから ――――頷いた。

「あーもう……情けないなオレ……」
「……ん?」

「……弟に――――慰められてさ……」

 少し俯いて、言ったら。
 少し黙った仁が。

「……あのさ」
「――――」

 声の調子が少し強くなって。
 仁を見上げると。


「弟だけど―――― もうオレ、そこまで子供じゃないから」
「――――」


「……頼ってもらいたいし、助けられるなら助けたい」


 まっすぐな、視線に。胸が、痛い。


「……生意気、仁……」

 言うと、仁は、ふ、と苦笑い。


「……何とでも言って。――――彰、立って」
「?」

 ぐい、と引かれる。

「ハンバーグ作るから。手伝って」
「――――」

「塾の準備、後で出来る事手伝うから。今から一緒に作って、食べよ」
「……ん、分かった」

 手首を引かれて、そのままキッチンに連れていかれる。

「でさ。胡椒は、使ってたのあるの?」
「胡椒……使わないから無い。塩だけあるよ、そっちの引き出し」

「胡椒もないのか。もう今度調味料いっぱい買ってこよ」


 仁に言われて、オレは、ふ、と笑った。


「いいよ。好きなだけ買っていいから――――」
「ん?」

「色々作れるようになろ。うまいご飯」
「――――うん。そーしよ」



 ふ、と仁が笑って。頷いた。



 仁の笑顔。
 ――――なんか、嬉しくて。

 ずっと笑っててほしいなと、思った。






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