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第1章

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 その後、入社式開始までは、私語を控えて無言で過ごした。
 定刻になり、社長が入ってきて、式が始まる。

 ざっと見て、同期入社、50人以上は居る。

 入社したら、本社勤務と契約先勤務とに分かれて働くと、会社説明の時に言ってたのを思い出す。

 高瀬と一緒のとこで、働けたらいいなあ。

 ついさっきまで、かけらも知りもしなかった人なのに、そんな事を願ってしまう。

 優しい瞳に吸い込まれそう……。
 そんな事、人生で初めて思ってしまった。

 なんなら、吸い込まれてちゃっても、良いかもなあ……。
 などと、更に訳の分からない事を、ぼんやり思って。

 はっ。マジで、ヤバいぞ、オレ。
 はた、と気が付いて、正気に戻り、オレは、ただ眉を顰める。

 ……なんなんだろ、オレ。
 突然、おかしくなっちゃったみたいだ。

 全く集中できないまま。
 入社式は進んでいった。

 すると途中で、高瀬が新入社員代表として呼ばれて、挨拶に立った。
 高瀬の名前が司会のマイクで呼ばれた瞬間、オレの心臓が、勝手にまた飛び跳ねた。

 高瀬は、ドキドキしたままのオレの前をすり抜けて歩いていき、壇上に立った。離れて見ても、その堂々とした態は本当にカッコ良かった。

 背も高くて、足も長い。本当に完璧なんだけど……。
 マイクを通して聞こえる、よく通る声も好きだな、と思った。


「――――……」

 ……うわー。
 ……ヤバいな。

 カッコよすぎて。

 オレ、ほんとに、ヤバい。


 って、何がヤバい……?
 男が、めちゃくちゃカッコよくたって、関係ないはず。

 何が、ヤバいの、オレ。


 ヤバいって、言ってる事、それ自体が、本当にヤバい気がする。
 気持をどう整理したら良いんだか。全然、うまく考えられない。


 でも。色んな複雑な思いは、高瀬を見てると、何もかも吹き飛んでいく。
 ――――…もう、壇上の高瀬から、目が離せなくて。


 強烈に、その存在が、心に焼き付いてしまった。


 今迄、男に興味なんか、本当に欠片も無かったのに。
 本当に、普通に、女の子が好きだったのに。


 理屈とか抜きで、まるで気持ちが全部引き寄せられてしまうみたいに。

 ――――……想いが、芽生えてしまった。


 その日は、入社式が終わると同時に、解散だった。

 オレは、会社から、電車と歩きを含めて30分の一人暮らしのマンションにまっすぐ帰り、ゴロゴロとベットで悶えた。

 もう、本当に、どうしようと思いながら。
 しばらく、ゴロゴロ転がり尽くした。

 最初は、どうしよう、やばい、どうしよう、と悶えていたのだけれど、その内、楽観的な性格が幸いして、その日の夜には、オレの覚悟は決まっていた。

 もはや、どう抗おうとしても、
 今の自分が、一目惚れ状態な事は明白。

 もう、一目惚れしちゃったものは、しょうがない。

 だって、本当に、完璧にカッコよかった。
 
 あんなにカッコいいのに、新入社員代表って事は、仕事も出来ると期待されているんだろうし。
 でもって、あんな馬鹿なボケをかましたオレに、迷惑そうな顔を少しもすることなく、ものすごく優しく、助けてくれた。
 ……なんかものすごく、笑われはしたけど。

 でも、嫌な感じの笑いじゃなかったというか。
 ……笑い方まで、カッコよかった。


 なんだろう。

 ……完璧。


 オレが女だったら、もう今日で、とにかく一度告白したかもしれない。

 でも。

 オレは、男で。
 高瀬も、男で。

 オレは、女の子が好きな、普通の男……のはずで。
 高瀬は間違いなく、そうだろうし。

 ……ていうか、オレも、多分間違いなく、そうのはず。
 高瀬があまりにカッコ良すぎたから、ちょっと今、おかしくなっちゃってるだけ、のはず。

 まだ、ここで、踏みとどまる事は可能なはず。

 好きだとは思うけど。
 カッコよすぎて、ドキドキしまくりだったけど。

 男に好きだなんて告げるリスクは、到底、負えない。
 しかも、同じ会社だし。同期だし。絶対無理。

 そもそも、付き合いたい、とは、オレ、これっぽっちも思わない。

 男同士で恋だ愛だ、なんて。 
 全然、語り合う気にはなれない。


 となったら、もはや、これから先の自分の考え方は、決まった。

 この上なくカッコイイ奴に憧れて、心の中で、好きでいる。
 長い人生の中で、少しの間、その位の事があっても良いじゃん。

 オレは、そう開き直る事に決めた。

 一緒に働けずに離れれば、その内、そんな想いも消えるだろうし。

 今までそこそこカッコイイと言われてきたし、女の子にも結構モテた。

 学生時代は常に彼女が居るような感じで、割と色んな女の子と付き合ってきた方だと思う。大学で最後に付き合っていた彼女とは別れたばかりだったので、今は彼女も居なかった。

 だから今だけ。本当に、今だけ、こっそりひっそり。
 気になる女の子が、普通に出来るまで。

 自分がこの想いから自然と解放されるまでは、こっそり、想う。


 それ位、別に良いよね。うん。もうそれで良しとしよう。


 いつか、勝手に薄れて消えていくまで、密かに想っていよう。

 誰にも、言わず。
 自分の中だけで、しばらく楽しんで、その内、忘れる。
 


 そんな、軽い気持ちで、オレの想いは、スタートした。





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