私を 癒してくれたのは 泥棒模様の 柴犬ちゃんでした

悠里

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「別れるという言葉」

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 翌日は私も恵ちゃんもお休み。恵ちゃんのお家で、わんこたちが寝てるのを眺めながら、昨日あったことを報告していると。
 
「……ほんと何か毎日のように、色々あるねぇ」

 恵ちゃんが、呆れたように苦笑する。

「でも、そっかぁ。彼、来てくれたんだね」
「……うん」
「タイミング悪かったね。その後、電話とかは? してないの?」
「仕事、すごく遅かったみたいで。今日、電話するって、朝入ってた」
「あー、だからずっとスマホ気にしてるんだね」

 クスクス笑う恵ちゃん。

「なんか、あれだよね。すれ違ってだめになってくパターンを、地でやってる感じだね」
「……うう……」
「言葉足りないし、花音は、逃げてるし」
「…………分かってる」

「今度電話きたら、ちゃんと話しなよ。今電話きたら、私、ココの散歩行ってくるから、ちびたち見ててね」
「あ、うん」

 頷きながら、すぴすぴ寝てる子たちを見つめると。

「そうだ。そのおっきい子、貰い先決まりそうなの」
「あ、そうなの。早いね」
「もう何回か会いに来ててさ。その子も甘えてるし。前の子が死んじゃって、しばらく犬を飼えなかったみたいなんだけど、やっぱりそろそろって。可愛がってくれそうだから、決まりそう」
「そうなんだ……」

 いちばんおっきい子を目に映す。今日も三匹並んで寝てる。もふもふの耳が、たまにぴくぴくしてるのが可愛くて、じっと見ちゃう。
 静かな寝息も、めちゃくちゃ可愛い。

「幸せになってほしいね」
「うん。ほんとに」

 ふふ、と恵ちゃんが微笑む。

「あと二匹の子たちは決まりそう?」
「まあぼちぼちだよね。あ、そう、こないだも言ったけど、うちに一匹残すか、家族会議中なんだよ。ココと一緒に飼うかって。色々考えてるとこ」
「そうなんだね」

「二ヶ月はかかるの、親離れに」

 そっかぁ、と頷きながら、ココとわんこたちを見つめる。

「ココのおっぱいだけから、だんだん離乳食が始まってさ。元気に動くようになるんだけどね。犬同士で、掟みたいなのを学習するんだって。それまでには決めないとだけどね。……ココは、私たちに赤ちゃんを抱かせてくれるけど、お母さんの犬が、赤ちゃんを人間に触らせないとかも、あるんだって」
「そうなんだ。……なんか、すごい。犬のお母さん、すごいね」
「うん。ちゃんとお母さん。……まあ育児放棄みたいにする犬もいるらしいけど。ココは、ちゃんとお母さんしてる」
「すごいね」

 ――――なんかそんな風に見てると、ココも、怖くなくなってきてて、不思議。
 ココは、私がしょっちゅう来て、わんこ達に触れていても、怒らない。ちゃんと受け入れてくれてる。

 私を追いかけてきた怖い犬と、ココは別の存在なんだよなあ、と最近思ってきたかも。
 成犬の柴犬が、ほんの少しとはいえ、怖くなくなるとか。そんな日が来るとは。

「かわゆいねぇ……」

 思わず口に出したその時。
 カーペットの上で、ぶー、と振動音。恵ちゃんが「彼?」と聞いてきた。私は画面を確認して、頷いた。

「じゃあ散歩に行ってくる。話してて」
「ありがと、恵ちゃん――――……もしもし?」


 電話に出ると、「花音?」と駿の声がした。

「うん」
『今平気か?』
「うん……駿は休憩中?」
『そう』

 この会話の間に、恵ちゃんが玄関のカギを閉めた音が聞こえた。

「昨日、来てくれたのに、ごめんね……」
『昨日のこと、よりさ』
「……?」
『何日か、全然連絡無かったろ。……何で?』
「――――忙しくて。メッセージは入れてた、でしょ……?」
『……折り返しの電話もなかったし。……それで、会いに行ったら、男と一緒とかさ」
「……別に。二人じゃないよ?」

 ……連絡できなかったのは、駿が、女の子たちと楽しそうに、消えてったからだし。
 駿の後ろ姿を思い浮かべてしまうと、切ない。……でも、それは、言えない。言いたくない。どうしよう。

「昨日の人は……先輩が誘って、それで一緒に行こうってなっただけで……」
『あいつ、花音に気、ない?』
「そんなのないよ……」
『花音はさ、そういうの全然気づかないから……だから気をつけろって……』
「大丈夫だよ……」

 これは、心配、なのかな。
 ……嫉妬、なのかな。
 …………駿は、私のこと、今もちゃんと、好きなのかな。

 女の子に腕を組まれて行っちゃった駿の姿が、浮かぶ。

「昨日、ほんとにごめんね。でも……前日に電話くれてたら……」
『当日じゃないと早く帰れるか分かんないから……だから、終わったら電話してって入れただろ』
「……うん」

 確かにそうだった。
 ……そうだったけど……。

『あのさ……花音さ』
「うん」

『――オレと、別れたいとか……ある?』
「――――」

 ぐ、と言葉に詰まった。
 別れ、というフレーズが、突然飛び込んできて。ぼんやりと私の中にもあったその言葉が、胸に突き刺さった。


『……ごめん、ちがう。聞きたいのはこれじゃない。やっぱり顔を見て話したいから。花音の次のシフト、まだ来てないよね? 送って。会える時に会って話そう?』
「――――」

 ……別れ話。するのかな。
 …………別れたいとか。私は、ないけど。

 初めて、駿との間で出た、「別れる」という言葉がショックすぎて、何だかもう、泣いちゃいそうで。
 どうしよう、と思った時。
 電話の向こうで、誰かが駿を呼ぶ声がした。

『ごめん、花音。呼ばれたから行くけど、時間合わせよ。顔を見て話そう。……花音、聞いてる?』
「……うん」

 頷くと、また電話する、と言って、通話が切れた。
 ……冷えて、冷たい手。スマホをカーペットの上に、滑らせた。
 
 ぼろ、と涙が零れた。
 ――――うー。……泣くな。別に、別れてって言われた訳じゃない。顔見て話したいって言ってくれたんだし。


「…………」

 恵ちゃんが帰るまでに泣き止みたい……。 
 ハンカチで涙を拭いてると。

「あん!」

 小さいけど、高い声がした。
 あれっ。起きた子が居る。起こしちゃったのかな。
 ゲージに目を向けると。

「……あれ。珍しい。お前が起きたの?」

 泥棒ちゃんが起きていて、話しかけるとこっちを見て、また、「あん」と鳴いた。
 なぜかじっと、見つめ合ってしまう。


「あ、そっか。いつも起きたらおっぱいだもんね……今ココ、お散歩なんだよ~、我慢してね」

 よしよし、と撫でる。
 涙が少し、引っ込むから不思議。


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