私を 癒してくれたのは 泥棒模様の 柴犬ちゃんでした

悠里

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「犬を飼う心構え」

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「――――」

 つぶらなくりくりの瞳で私を見上げてくる。

 抱っこ。してみようかな。……どきどき、する。

 いつもは、恵ちゃんが出してくれて、私の脚の上に乗せてくれる。それをなでなでしているだけ。
 ……まだ抱っこ、できたことはないんだけど。……なんだか、見つめ合っていたら、急に、抱っこできそうな気がしてきた。

 もこもこした足で弾むように歩いて私の足下に来てる、もふもふのちびわんこ。
 ドキドキしながらそっと、手を伸ばすと。

 ぺろ、と手を舐められた。

「……ひゃー……かわい……」

 そっと、脇から両手を入れて、ドキドキしながら、そっと。でも落とさないように、抱き上げた。

「――――」

 初めて抱っこできたわんこと、目の高さを合わせて見つめ合う。
 可愛い舌が見えていて、笑ってるみたい。耳が、ぱたん、と倒れてて、ちょっと首を傾げて私を見つめてくる。

 きゅううん。
 ……可愛すぎて、胸が痛い。

 手に触れてる、綿菓子みたいなふわふわの感触も。
 伝わってくる体温と、まっすぐな瞳も。


「……可愛いね」

 ふ、と笑ってしまうと。
 この子も、笑った気がした。

 涙が完全に引っ込んで、私が足の上にのせたわんこをナデナデしていた時、恵ちゃんが帰ってきた。


「おかえりー」
「あれっ! 花音、その子、出せたの?」
「うん。この子、起きちゃってね……なんか見つめ合ってたら、抱っこ、できそうな気がして……」
「わー、すごいすごい」

 恵ちゃんが拍手してくれるものだから、笑ってしまう。

「どうだった? 電話」
「……んー、会って話そうって言われた」
「まあ、それはそうだね」

「……オレと別れたい?って言われちゃった」
「え」
「…………でも、その後すぐ、会って話そうって」
「――――そっかぁ。ん? それって、別れよう、じゃなくて、別れたいか聞かれたんだよね?」
「……うん、そう、だったと思う」

 恵ちゃんは、水を一口飲んで、ちょっと頷いた。

「そう思われちゃってるってことだから。違うなら、ちゃんと否定してきた方がいいよ」
「……うん。分かってる」

 頷いて、私は恵ちゃんを見つめた。


「……それで、その子に癒されてた訳ね」

 クスクス笑われて、私は苦笑しながらも、わんこをまた撫でた。


「……ね、恵ちゃん。犬を飼うって……大変だよね?」
「えっ?」

 不意に自分の口から出た言葉に、恵ちゃんがびっくりしてたけど、同じ瞬間には、私も自分で驚いた。

「え、もしかして、本気で飼いたくなってきた?」
「あ、いや……今咄嗟に出ただけで」
「咄嗟だとしても、飼いたいと思ったの??」

 恵ちゃんが楽しそうに笑って、私の隣に座った。


「……なんか、この子を可愛がって、一緒に生きたい……とか思っちゃったんだけど。だめだよね、こんな、急にそんなの思っても。……なんかごめん、甘いこと言ってるよね」

 飼うことを甘く見てる気が、自分でしちゃって、慌ててそう言って、取り消すと。
 恵ちゃんは、そんなことないよ、と笑った。


「だめじゃないと思うよ。そういう出会いって運命だし。飼う気が無かったのに、ペットショップを覗いたら、って人もいるしね」
「そう、なんだ……」

「花音が飼いたいとか、ちょっとでも本気で思ったなら、嬉しい。だってそれだけ可愛いって思ったってことだもんね」
「……ありがと、恵ちゃん」
「ううん。私こそありがと」

 そう言ってから、恵ちゃんは、ふ、と微笑む。

「でもね、花音は犬が苦手だったでしょ。だからその分よく考えた方がいいかも。……この子、今はこんなに丸っこくてぬいぐるみみたいで、しかも泥棒顔なんて、もう、キュートすぎるけどさ」
「うん。そだね」

「この丸っこいのは、子犬の内だけで、この子たちも皆、ココみたいな成犬になるわけ。……そうなったら、怖くない?」
「――――ん。どう、だろ」
「小さい頃から大きくなるのを見守る訳だから、いきなり成犬を飼うのとは違うと思うけど」
「うん……そうだね」

 言われてることはもっともだと思う。
 ……今まであんなに怖がっていたのだから、私の中に、犬が怖いっていう気持ちは根深いのだろうし。

「って、咄嗟にでちゃった一言みたいだし」

 クスクス笑う恵ちゃん。

「ちょっと考えてみたら? 犬を飼う心構え、とか。ネットで調べればいくらでも出てくるから」
「……ん」

「もし、ほんとに考えるなら……一つ言っとくんだけど」
「うん」

「犬をちゃんと最後まで飼えるか考えてね。花音はさ、これから、一人暮らしとか、結婚するとか、きっとあるでしょ。十五年生きるとしたら、花音、四十くらいだから」
「四十かぁ……環境も全然違うだろうね」
「そこらへんも考えてから、のほうが いいと思う。ちゃんとみとってあげられるか」

「うん。そうだね、ほんとに」

 ありがと、と伝えて、私は、わんこを、ココのお腹の近くにそっと降ろした。


 今日は良かったねー、一人で起きたから、先に独り占めできるね。ふふっと笑いながら、必死でおっぱいを飲んでるわんこの、可愛い尻尾を見つめてしまう。



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