私を 癒してくれたのは 泥棒模様の 柴犬ちゃんでした

悠里

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「約束の日」

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 そして翌日。駿と約束してた金曜日。
 早番で仕事。

 夏美先輩は、清水さんのことを話すと、「やっぱり告白だったんだ」と一人納得しながらも。何はともあれ、花音は彼氏を何とかしておいでと、言われた。

 私が日々頼りにしてる二人は、ふと気付くとなんだか似てるなぁと、最近度々思って、笑ってしまう。

 昨夜、駿からは、「明日、花音のとこ行くから。どこか店で待ってて」と言われたのだけれど。夕方になって、「ごめん、少し残業になった」と入ってきた。最近の私たちだと、諦めちゃうとこだったのだけれど。
 今日は「私が、駿の会社の方に行くね」と伝えたら、「会社の前のベンチで待っててくれる?」と入ってきた。
 駿の会社のベンチ。ちょっぴりトラウマ。駿の背中を見送ってしまった場所。
 ――――でも今日は、約束してるし。私のところに来てくれるんだから、と向かった。

 駿の「少し残業」は、駿には時間の調整が出来ないことが多い。お客様次第だったりするみたいで。「少し」っていうのは、駿の希望が入ってる言葉なんだと思う。ほんとは、少しであがりたいっていう……。案の上、今日も、大分残業、になってるなぁ。と、いつもなら凹みそうだけど、わんこ達の写真に元気をもらいながら、待ち続けること、数十分。

「花音」

 社員用出口から出てきた駿が、駆け寄ってきてくれた。

「ごめん遅くなった」
 少し眉を寄せて、私をまっすぐに見つめてくる。

 ――――好き。
 やっぱり、この人が好き、だと思ってしまう。……何から話せば、いいんだろう。
 どうやって話したら。

 じっと、見つめてしまうと、駿も私を見つめ返してくる。

「――――なんか……ちゃんと会うの、久しぶりだよな」
「……うん」

 そうだね、と頷いた時。

 駿が出てきたところから、また人が出てきた。
 何気なく視線を向けたら、さとるくん。そして、一緒に出てきたのは多分、こないだの女の子たち。

「あ、花音ちゃんだ」
「こんばんは」

「こないだはどうもね」
「あ、いえ、こちらこそ……」

 と、自然にさとるくんに挨拶していたら、駿に「こないだって?」と怪訝そうに聞かれた。その瞬間、あっと気づいて、さとるくんと二人で顔を見合う。
 わ。怪しすぎる……。なんて言ったらいいのか、と狼狽えていたら、さとるくんが、「あー、これには訳があってだな」と私よりも更に狼狽えている。どうしよう、と思っていたら。後ろの女の子たちが、ひそひそ言ってるのが、聞こえてきてしまった。

「えー彼女ー?」「ていうか普通ー」「ほんとー……」

 うう。ずきずきする。
 ……言葉と視線が痛い……。聞こえてない振りをするしかないし、目線も合わせたくない。自然と少し俯いてしまっていると。

「ねえ、駿くん、来週の飲み会だけど」
 言って、女の子が、ふ、と駿の腕に触れた。……多分。わざと。仲いいって、私に見せたいのかな、と思うけど。 私が、思わず固まった瞬間。それまで狼狽えてたさとるくんが、不意に「あーもういいや」と、肩を竦めさせた。

「もういいよね。言っても」

 そう私に言って、私が返事をするよりも早く、さとるくんは、駿に向かいあった。

「少し前、駿がさ、花音ちゃんが返事くれないとか愚痴ってた時あったろ。オレ、実はその少し前に、花音ちゃんにここで会っててさ。もうほんと、言いたくて困ってたんだけど」

 さとるくんの言葉に、駿がますます眉を寄せてる。
 
「花音ちゃん、お前に会いに来たのに、女子に連れ去られて、泣いちゃってたんだよね」

 わー、全部言っちゃった。 ていうか、駿、そんなこと、愚痴ってたんだ……と、私が何を言っていいか分からず、固まっていると、駿が私を振り返った。

「腕組まれてたんだろ、そうやって」
「……つか、でもオレずっと組ませたことなんて無いし……ごめん、離して」

 駿は、こないだと同じように、女子の腕を離させようと、優しく動いた。

「触るだけだって、彼女からしたら嫌だろ」

 さとるくんの言葉に、駿は眉を顰める。

「それ、いつの話――――あ、あの時か……早く帰れて、花音に連絡したけど出なくて…… って、え? あの時、花音、ここに居たの?」
「…………ん」

 嫌々頷く。

「え、何で、声かけなかったんだよ?」

 ……うう。そうなるよね……。

「だから言ってるじゃん。女子に連れ去られて、泣いてたからだってば」
「――――は……?」

 駿は、訳が分からない、という顔で、さとるくんを見てる。
 ……ああ、これ、内緒にしておきたかった……。

 困ってると、さとるくんが、駿に背を向けて、私の方を向いた。

「ていうか、花音ちゃん、こんな奴やめて他の奴にしたら? オレ、いい奴紹介してあげるし」
「え?」

 顔をみれば、すごーくニヤニヤ笑ってるから、本気じゃないのはすぐわかるのだけれど、さとるくんの顔が見えない駿は、とても分かりやすくムッとして、さとるくんと私の間に入って、私の肩に触れた。

「花音はオレの彼女だから、そういうのいらないから」
「――――」

 不意に言われた言葉と、肩を掴む駿の手が。……ちょっと強くて。

 やばい。……泣くかも。
 じわぁ、と涙が滲みそう。どうしよう。と思っていると。
 駿が、少し振り返って、女の子たちの方を向いた。

「ごめん。……前から言ってるけど、もう少し距離を取ってもらっていい? ―――オレ、この子が嫌がることは、したくないから」

 駿の言葉に、女の子たちは、咄嗟に何も言えないみたいだった。
 さとるくんは、駿が言い終えた瞬間、ピュッと口笛を吹いた。

「……なんだよ」
「いや? 駿はカッコいいなーと思って」
「あほか……つか、気付かず、泣かせてたとか。すげーカッコ悪いし。つか、オレが悪い。ごめん、花音」

 ……なんか、もう、本当に泣いちゃいそうだったけど。
 女の子たちの前で泣くのはよくないと思って、きゅ、と唇を噛んだ。

 さとるくんは、ふ、と笑うと、女の子たちの前に立った。

「まあまあ、しょうがないよ。駿の一目惚れらしいし。それからずっと好きだって言ってたし。なんかさあ、こないだすげー珍しくミスするし、ぼーっとしてるから、なんかあったのって聞いたら、花音ちゃんが男といたって言ってたし。脈無いから、諦めた方がいいと思うよ」

 え。
 なんか今、色々知らない情報が、耳に飛び込んできた。


「つかお前、ちょっと黙れ」

 駿がさとるくんに向けて眉を顰めると、さとるくんは、「つかお前はカッコつけすぎて、言葉足りなすぎだから、オレが言ってあげてるんじゃんー」と笑った。

「まあ、邪魔しないで帰ろうぜ。オレでよければ飲み付き合うし」

 女子三人に明るく言うさとるくん。「さとるのくせに」とか言われて、さとるくんは、なんだとーとか言って笑ってる。笑いながらも女の子たちと一緒に歩き出しながら、さとるくんは振り返って、駿と私に、バイバイと手をふりながら、ニッと笑った。

 ……絶対さとるくんて、モテるだろうな、とぼんやり浮かんだ。
 四人が遠ざかっていくのを見送ってから、なんとなく、駿と見つめ合った。何から話したらいいのか、お互いちょっと黙る。

「あの…………一目惚れ、なんて、聞いてない、んだけど……」

 そう言ったら、駿は、ふ、と苦笑。

「最初に突っ込むの、そこ? ……んー…… 言ってない。なんか、恥ずかしいし」
「――――」

 照れたみたいに言う駿を、じっと見つめていると。

「……歩こ」

 手を取られて、繋いで。
 一緒に、ゆっくり、歩き出した。

「……花音、大学入って、一番最初のクラスの集合の時さ。少しだけ遅れてきたの、覚えてる?」
「うん。覚えてる。迷って遅れた……」

「恥ずかしそうに、迷ってましたって言って入ってきて、自己紹介した時、すげー可愛いって思ったんだよ」
「――――」

「でも花音の周り、高校が一緒の男がいっぱい居たし」
「その言い方はどうかと思うけど……皆、友達だし」
「……花音は気づいてなかったけどまあそれはいいや。――――だからなかなか話しかけられなくて、サークル、誘ったのも遅くなったし」

「……ていうか、そんなの、知らなかった」
「……言ってないから」

 ――――手を引いて歩く駿。照れてるのか。こっち、見てくれてないけど。
 私は、歩くのを止めた。駿もすぐ気づいて止まった。今、たまたま、近くに人気がない。

「――――」

 キスしたい、な。
 ……いつからしてなかったっけ。

 見上げながら、そう思った瞬間。なんだかすごく照れた顔をした駿が。きょろ、と周りを見回して。
 ちゅっ、と一瞬だけキスしてくれた、


「……なんか、ごめん。会えないし、イライラしてたかも……。オレ、花音と別れたくないから」

 そんな風に言って、なんだか、照れまくってる駿に。

 なんか、ほんとに急に、ぼろぼろと、涙が零れ落ちた。


「うわ……何で泣いてんの、花音」
「……っ……うれしいから……」


 ……可愛いけど、泣かないで、と駿に涙をぬぐわれた。
 逆効果で、余計泣いたけど。




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