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「恋は難しい」
しおりを挟むあれから数日が過ぎた。
仕事が遅番だと、ほんとに日々あっという間。間に研修があって本社に行かなきゃいけなかったりしたのもタイミング悪かった。勉強もしなきゃいけなかったし。
何度か電話とメッセージが来たんだけど……駿とはまだ話せてない。ごめんね、というメッセージは入れてるけど。駿も忙しいみたいで、明日早いから先に寝てる、とかいう時もあって話せていない、というか、話していない。
私は、恵ちゃんのお家に通って、わんこたちに癒してもらう日々。
わんこは可愛いし、恵ちゃんは優しい。「花音が犬を可愛がってる姿なんて、二度と見れないかもだから、いいよいつでもおいで」なんて言ってくれちゃうから。行ける限り、通ってしまっている。だって、癒されるんだもん……。
……て、分かってる。恵ちゃんちに行けるなら、駿にも電話できる時間はある。……そうなんだけど。
こういうすれ違いがつもって、今の状況を招いてるのも分かってるんだけど、なんか離れるほどに、電話が出来なくなっている。
今日は朝から仕事。接客を終えて、眼鏡の拭き掃除を始めた夕方。夕方は大分暇になる。時間がかかるのを知ってるから、そこから眼鏡を作りに来るお客さんは少ない。あと少しで上がる時間。……今日は、電話してみようかな。
明日休みだから……会いに行こうかな。どうしよう。うーん。電話より会った方がいいかな。でも会って、ちゃんと話せるかな。やっぱりこないだのことも、ちゃんと話した方がいいのかもだけど、ほんと、何で帰ったのって話になるかなぁ……。なるよねえ……。
……ほんと、何で帰ったんだろう、私。
自信なさすぎで。なんか、駿を信じてないみたいで。言いにくい。
思えば……なんとなく好きな人はいたけど、ちゃんと付き合ったのって、駿だけだから。
ちゃんとした「恋」は駿が初めてで。
はー。
……もっと経験があれば、こんな風にはならないんだろうか。
きっと、こういうのがうまくできないから、「初恋」って実らないんじゃないかなあ……。
ああ、でも、駿との恋を終わらせて、何回も恋しなきゃうまくできないなら、私に恋は難しい気がしてきてしまう。
ってまたネガティブ!!
もーダメだ、明るく明るく!!
……誰かお客さん来てくれたらいいのに。無理にでも笑顔を作って、明るく話してると、割と救われたりもする。笑顔って、無理に作っても、結構気分はあがるもの、な気はしてる。
とその時。ふと感じた人の気配に、「いらっしゃいませ」と振り返って、一瞬呆ける。
あ。隣のレストランの店長さんだ。そうだ、眼鏡作るっていってたのを思い出した。
いつも見るのはあのお店で、制服なので、ここに私服で急に現れたから一瞬分からなかった。すぐに笑顔で「いらっしゃいませ」と言うと、どうも、と店長さんも笑顔。
「眼科に行かれたんですか?」
「処方箋は貰ってきました」
「分かりました。レンズだけ交換されますか?」
「いえ。眼鏡も新しくしたくて」
あら、そうなんだ。素敵なのに、と思いながら「そうなんですね」と笑顔で返す。
「これは予備にとっておいて、少し度の強いのを新しく作ろうと思って」
「かしこまりました。そうしましたら、処方箋をお預かりしてもいいですか?」
持っていた鞄から取り出した処方箋を差し出される。処方箋を持ってくる人は多いけど、無造作に鞄に入れて、しわくちゃになっちゃう人とかも結構いる。
店長さんは、今まで見てた感じのイメージ通り。折り目も無く眼科で貰ったままのぴしっとした封筒から処方箋を出して、開いて渡してくれる。これだけの動作でも、人ってすごく色々見てとれる。中を出して、こちらに向けて渡してくれる気遣いとか。きちんとしてるとことか。多分この人のお家って綺麗だろうなあ、とか。
レストランで見ていた時も、制服とはいえ、きちんとアイロンがけされたシャツと、ネクタイの結び目とかもちゃんとしていた。飲食業だから当然かもだけど、どんなに忙しそうな時でも、爽やかな感じ。私服もちゃんとしてるなあと、好印象な人のまま。
処方箋をレジの後ろの棚に置いてから、トレイを持って紳士の眼鏡コーナーに一緒に行く。
気に入った眼鏡を、いくつかトレイに取り置きしていく。
レストランでも思ってたけど、会話するのが楽で、楽しい。コミュ力が高いのだと思う。
二つに絞ったところで、カウンターに腰かけた。カルテに記入してもらっている間に、処方箋の度数を見ながらテストレンズを入れていく。書き終わったカルテを見ながら、「清水 友雅さまですね」と確認。あ、先輩、清水さんって合ってた。すごいな、と思っていると、ちょっと先で眼鏡を拭いてる先輩と目があった。後で話しとこうと思いながら、カルテの記入項目を確認。字も綺麗。「雅」っていう字、なんか似合うなあと、思いながら。
「清水さま」
と言った時、「さん、でいいよ」とクスクス笑う店長さん。
「分かりました。清水さん」
ふ、と笑む清水さんは、なんか大人っぽい。
「このテストレンズを掛けて、周りを見てみてください」
見え方などをチェックして度を決めてから、眼鏡を最終的にどちらがいいか聞くと。
「どっちも気に入ったんですけど……」
言いながら、カウンターにある鏡で、確認してる。元の眼鏡をはずして、なので、近視のお客さまだと、鏡に近づいてもいまいち見えない方もいる。
「どちらがいいと思いますか?」
そう聞かれることも多い。お客様が、なんとなく気に入ってるのは言葉尻にも表れることが多いので、それらもすこし入れながら、どちらもおすすめする感じでいつもは、接客するのだけれど。
「水野さんは、どちらが似合うと思いますか?」
そんな風に聞かれて、あれいつもとすこし違う感じ。責任重大……? と、うーん、と考えていると、先輩が、失礼します、と近寄ってきた。
「こちらのふたつで迷ってらっしゃいますか?」
「あ、はい」
「どちらも素敵ですけど、そうですね……」
先輩が、それぞれのフレームの良いところを言ってく。私がさっき言ってたこともあるけど、もっとまた別のいいところとかも言ってくれてて、なるほど、と、思いながら、その接客を見ていると。
「――――じゃあこっちにしようかな」
と、もう一度かけて、清水さんが私の方を見るので。
「とってもお似合いだと思います」
と、笑顔で答える。多分この度数の人だと、今の距離だと私の顔はちゃんと見えてないから、声で明るく。
加工担当の先輩に聞くと、レンズもあるし一時間弱で出来るとのこと。それを清水さんに伝えると、じゃあ一時間後にまた来ます、とのこと。
お待ちしてます、と伝えて、店を出て行った清水さんを見送って、眼鏡の拭き掃除を再開すると、先輩が、目の前の棚に、そっとやってきた。
「清水さん、で合ってたね」
「あ、そうです。すごいです、先輩」
「ふふ……清水さんは、ほんとに花音狙いかもね」
ふふ、と笑う先輩。花音狙いとは? と一瞬思って、あ、こないだもそんなこと言われたようなと。
「ないですよ。お客さんで来てくれただけですし」
「……花音ね、彼氏だけじゃなくて他も見た方がいいと思う。だって、結局そのままなんでしょ?」
「……そうですけど」
むー、と眉を寄せ時。「すみませんー」とお客様。
すぐに笑顔で、「いらっしゃいませ」と言いながら、近づいた。
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・・・・・・・・・・・
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・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作
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