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「とりあえずわんこ」

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 大学に入ってしばらくして、駿と話すようになった。

 大学は、学部の中でクラスが出来てて、語学とかの必修の授業はそのクラスで受ける。駿とはクラスが一緒だった。私は、付属の高校だったから、最初の頃は、高校が一緒の子たちとばかり話してたんだけど、いつからだったか、駿が挨拶してくれるようになって、だんだん話もするようになった。

 話してる内に、駿に誘われて、サークルに入会。一緒に過ごすようになって、付き合い始めて……大学四年間、本当に、楽しくすごせたと思う。

 ――――駿が人にモテるのも、優しいのもずっと、一緒に過ごしてたから、知ってる。
 それはきっと、会社に入ってもそうなんだろうなって、想像はつく。

 さっきの、女の子が腕を組んだりする、ああいうのをきつく振り解いたりはしないのも知ってる。傷つけないように優しくする人だって。
 だからってそれで浮気しようとか……そういう人じゃないのも、分かってる。んだけど。

 でもそれは、私を好きでいてくれるなら、っていう話な気がする。
 私を好きじゃないなら、それはもう、本気……なのかもしれないし。

 もう……だめなのかなあ。
 こういう風にだんだん離れてくのを、自然消滅、とか、言うのかなあ……。
 
 泣きそう……。
 じわ、と視界が、滲んだその時だった。

「あれっ?? ……もしかして、花音ちゃん……?」

 駿の会社の出入り口前に座ってた私を見て、今出てきた人が、立ち止まった。
 あ。……会ったことある。駿の同期の……。

「さとるくん……?」
「そうそう! 覚えててくれてありがと、花音ちゃん」

 彼は、笑顔で、そう言った。

 前に、駿と駅で待ち合わせていた時、一緒に駿と帰ってきたのがさとるくん。私に会ってみたいと言って、挨拶に来てくれて……結局そのまま三人でご飯食べに行った。優しくて話しやすい、駿の仲良しの同期の人。

 とりあえず、立ち上がるけど。……どうしよう。泣きそうなの、気付かれちゃうかな。

「あ、駿だよね? ……あれ? あいつ、先に出たと思うんだけど」

 そんな風に言って、なんとなくあたりを見回しながら、私の近くに来たさとるくんは、私がちょっと泣いてるのに気づいて、え、と、固まった。

「あっ……っと。……あ、もしかして、喧嘩したとか??」

 ……いい人だなぁ。すっごい狼狽えてくれてるし……。
 私は鞄から出したハンカチで、涙をぬぐうと、「びっくりするよね、ごめんね」と謝った。

「謝らなくていいよ。とりあえず座ろ?」

 さとるくんは困ったように言うと、んー、と唸りながら、ベンチに座った。私も、その横に、腰かけた。

「駿、呼ぶ? 電話しようか?」
「……今日は、もういいかな」

「えーと……オレ、どうしたらいい?」
「……あの……黙っててもらえる?」
「何を?」

「ここで私に会ったこと。泣いてたことも……」
「いや……言った方がいいんじゃない? ちゃんと話した方がさ」

 更に困ったように眉を顰めて、さとるくんが言う。

「何で泣いてるのか聞いてもいい? ……あ、聞かない方がいい? オレは、どっちでもいいよ」

 ほんといい人だな。駿の話によく出てくるのも分かるなぁ……と思いながら。

「……逆に、ちょっと聞いても、いい?」
「ん。どーぞ。なんでも」

 ふ、と笑うさとるくん。

「あの……駿て、会社でモテてる、かな……?」
「ん? あー……そう、だなぁ……」

 ひとしきり、困ってから、さとるくんは苦笑した。

「モテないって言っても……信じないよね?」
「……うん」

 頷くと、だよね、と、さとるくんはまた苦笑い。

「ルックスがあれでさ。優しいし頼れるし、仕事もできて、有望株だからなあ……」
「……さっき女の子たちが駿のこと待って、出てきた駿と一緒に行っちゃって……腕、組まれてるの見ちゃって……」
「あー……」

 何か思い当たるのか、さとるくんは、口元に手を当ててる。

「ここで駿を待ってる間に、女の子たちが話してたのが、聞こえちゃったんだけど……あんまり会ってない彼女には負けない、みたいな……ほんとにそうだなーって……」

 ふ、と息をついて、気持ちを抑えていると、さとるくんが私を見て、少し眉を顰めながら、話し出した。

「今ね、ほんとに仕事忙しくてさ。今日、久しぶりに早く帰れたんだよね。……で、その腕、組んだ子は、多分営業事務の子で、普段一緒に仕事してるからさ、あんまり無下に出来ないってだけだと思うよ」
「一応、腕組まれた時、彼女居るからって、言ってくれてたんだけど……」
「あ、そうなんだ。駿、あんな顔してて、モテはするけど真面目だしさ。浮気してるとかは、無いと思う。ほんとに忙しいだけだから」
「…………」
「だから、泣かないで、いいと思うよ」
「……うん」

 ありがとう、と伝えると、さとるくんは、苦笑。

「……あ、もしかして、それでそのまま見送っちゃった感じ?」
「う、ん。そう……なんか、話しかけられなくて」

「なるほど……それはちょっと……そっかぁ……でも、電話したら?」
「ごはんいこうって誘われてたから……」
「疲れたから早く帰るって言ってたよ。多分行ってないと思う」
「……疲れてるなら、余計今日は、もういいかも……」

 そう言うと、さとるくんは、うーん……と、困り顔。

「ごめんね、さとるくん……今日は、帰るけど、ちゃんと連絡して、会うから大丈夫。……ありがとね」
「オレは、全然。花音ちゃんがそれがいいなら、オレは何も言えないけど……本当に駿に言わない方がいい?」

 少し考えて、頷く。

「ごめんね……黙っとく、とか、やだよね……」
「いや別に……花音ちゃんが話せる時が来たら、そういえば会ったよ位で、話しとけばいいでしょ、オレ」

 ほんとありがと、と言うと、さとるくんは、肩を竦めさせた。
 一緒に駅まで歩いて、お礼を言って、さとるくんと別れた。


 電車の窓際に立って、流れる景色をぼんやりと眺める。


 ――――自信があったら。
 あそこで、駿に声をかけられたんだろうな。


 声をかけられない時点で。 
 なんか、負けてる気がしちゃう。



 ため息をつきつつ、電車を降りてホームを歩き出したその時。


「花音?」

 後ろから掛けられた声は。


「恵ちゃん……」


 ――――なんか今日は、さとるくんといい、恵ちゃんといい。
 ちょうど優しい人達に会えて、よかったよう……。自分の幸運に感謝。……っていっても、一番会いたかった人には会えずに逃げてきちゃったけど……。


「あれ、今日サプライズ、行ったんじゃないの?」
「……恵ちゃんー」

 泣きつきそうな気分の私に、恵ちゃんは苦笑した。



「とりあえず、わんこ、触りながらしゃべろっか?」

 そう言ってくれた。

 


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