私を 癒してくれたのは 泥棒模様の 柴犬ちゃんでした

悠里

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「罰が当たった?」

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 今日は連休の一日目。


 ――来ちゃった。


 別に駿を、試すとかじゃないのだけど。咄嗟に、私の顔を見て笑ってくれるかなって……前みたいに嬉しそうに笑ってくれるか。とっさの時って、人って、嘘をつけなかったりすると思うから。

 駿の、今の、ほんとの気持ち。

 どんな顔で、私を見てくれるかな……これって試してるってことになっちゃうのかなと思うと、気が引けるのだけど。でも知りたい。これで嬉しそうに笑ってくれたら。私も、素直に笑えるかも……。
 いっぱい考えたけど、やっぱり、私は、駿が好きだし。

 定時より少し遅れた位で、駿の会社の前にたどり着いた。

 会社の出入り口がある歩道は広くて、数メートルおきに木が植えられていて、ベンチがある。駿は出てきたら駅方面を向くと思うので、それとは逆に少しだけ離れた街路樹の下のベンチに腰かけた。誰かと一緒だとお邪魔しちゃうかもなので、真正面じゃなくて、向こうからは見にくいところに待機。

 もしかしてすごく遅かったりもあるかも……。一応、昨日さりげなく聞いたら、今日はそんなに遅くはならないっていう話だったから来たけど、当日になって予定が変わることもあるから、来なかったら、ある程度で諦めないと。

 手持ち無沙汰に、わんこたちの写真を開いて見始めると、つい、ふ、と笑ってしまう。写真や動画を見て和みながら、人が出てくると、駿を探す。そんな時間を過ごしていたら、楽しそうに話しながら出てきたのは、三人の女の子たち。すぐ視線を逸らしたけど、その子たちは、私の座っていたベンチのすぐそばに腰かけた。すごく派手で人目を引く子たち。秘書課とか受付とか、そういう感じかなあ。大きい会社のそういうとこは美人さんが多そう。なんて、キラキラした女の子たちを見てそんな風に思っていたら、後ろで楽しそうに話し始めた。聞こうとしなくても、聞こえてきてしまう。

「ここで待つの?」
「うん。だってもうすぐ上がりそうだったから。一人で待ち伏せとかじゃない方がいいと思うから、付き合ってー」
「いいけどさ。ほんとに好きだねぇ、しゅんくん」

 しゅんくん。ぴく、と反応しつつも。しゅんくんなんて、どこにでもいるよねと思い直す。
 この人達が言ってるしゅんくんと、駿が一緒とか。そんな偶然無いよね。こんなおっきい会社だし。

「だって、イケメンでさ、背もおっきいし。優しくて仕事もできるとか、ダントツで良いじゃん」
「まあ分かるけど」
「けど何よ?」
「彼女居るって言ってるからねぇ」
「だよねえ」

 一人の子が、しゅんくん、を大好きみたいで、残り二人は引いてる感じが聞こえる。

「えー、でもあんまり会ってないって言ってたし。会ってない彼女とかさ、そんなの、もう終わりじゃない?」
「まあ、そうかもね」
「マイならいけるよ、仲良いし。頑張って」
「そうそう、そんで、しゅんくんの仲良しの子と合コン開いてほしー」
「しゅんくんの友達なら、良い人な気がするよね」
「わかるー」

 キャッキャッと楽しそうな女の子たち。
 なんか、とっても、しゅんくん、の評価が高いなあ……。とくに「マイ」と呼ばれた人は、付き合う気満々みたい。彼女がいても、強気なんだなぁ。

 ……っていうか、会ってない彼女。終わり、かぁ。
 ちょっと今は、その言葉、キツイかもしれない。

 そもそも、私のお休みが不定期でシフト制で、駿のお休みが土日。しかも、忙しい時とか、土日も出たりするから。一年目、二年目は特に忙しいんだって言ってたけど。……まあ覚えなきゃいけないことも、いっぱいあるのは、私も分かるけど。

 あんまりこの人達の話、聞きたくないんだけど、うーん、なんか声が大きいよう。
 移動しようかなあ……と思った瞬間。

「あ、来た」

 嬉しそうな声が聞こえて、ふ、と出てきた人に、自然に視線を向けたら。
 そこに居たのは――――駿だった。

 ……しゅんくん、て。駿か……。
 なんとなくそうだったらやだな、なんて思ってたけど。ほんとにそうじゃなくていいのに。
 そんな風に思った時。


「駿くん!」

 さっきから乗り気だったマイという子が、駿の側に駆け寄った。


高見たかみさんたち、まだ居たの?」
「ちょっとおしゃべりしてて」

 ……私は、つい、顔を背けて、隠れてしまった。

 だって、さっき、終わりとか言われてた私が、今ここから出てくとか。
 ……すごく気まずいし。なんかやだし。



「ねえ、駿くん、ごはん食べに行こうよー」
「ごはん? んー……」

 そんな声が、少しずつ離れていく。視線を向けると、駿とその女の子が並んでて、後ろをもう二人がついてく感じで歩いて行く。

「せっかく早く帰れたんだし、行こうよ?」

 甘えるみたいな可愛い声が聞こえる。
 その子は、駿の腕に、腕を絡めた。……なんだか瞬間的に、体の血が冷えた気がする。

「オレ、彼女居るから。腕は組まないで」

 駿がそう言ってくれたのは聞こえた。その手を優しく解こうとしてるようにも見えたけど。でも、女の子たちは楽しそうに笑ってて。結局、駿はまた触れられてる。


「――――」


 思わず、立ち上がって、数歩だけ、追いかけて。
 すぐ止まった。

 駿が、消えてく後ろ姿を。
 そのまま見送る。


 ――――電話。すればいい。
 来てるって言えば、きっと、断られたりすることは……無いと、思うし。……思いたい。


 でも、電話して、会えるか聞いて……断られたりしたら。
 あの子たちを、優先されちゃったら。……なんか、もう、私が、無理になりそうで。

 怖くて、電話が出来ない。


 小さくなって、見えなくなった駿の消えた方向を見ながら、すぐ後ろのベンチに座った。


 彼女が居るからって断ってくれた。
 ……でも結局、腕に触れられたまま、行っちゃった。

 …………会えてない彼女なんかより……。
 近くに居る、綺麗な人の方が……いいのかなぁ……。

 私たち、すれ違ってて、会えてないし。なんかお互い、仕事、優先で……。
 
 ――――今日、ここに来て、仕事が遅くて会えないかもっていう覚悟はしてたけど。
 まさか、こんな風に、女の子たちと消える駿を見送ることになるなんて、思わなかったなぁ。

 ……来なきゃよかった。
 試すみたいなことしちゃったから……罰が当たっちゃったのかな……。

 なんだか、きゅ、と切なくて。
 喉の奥が、痛い。

 駿が、とても優しいのは知ってる。
 出会った頃から、誰にでも優しい人だったもんなぁ……。ふと出会った頃のことを思い出す。



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