上 下
8 / 23

「つぶらな瞳」

しおりを挟む



「やっぱり結局は」

「……昨日、仲直りしたとこです」
「ああ。一昨日の飲み会のことで喧嘩?」
「……そうです」
「一回来ちゃえばいいのにね、うちの飲み会。全然大丈夫って分かるのにねー」

 あはは、と先輩は笑うけど。

「そうもいかないですよねぇ……でもまあ……飲み会だけじゃないので」
「あらら。倦怠期なのかしらね? 五年目とかだっけ? 」
「倦怠期……というか……遠距離してるみたいな」
「家そんなに遠くないんでしょ」
「そうなんですけど、職場が、逆方向というか……あと、彼、結構遅くて」

 先輩はちょっと肩を竦める。

「いっそ、お店異動願いだす?」
「……え。彼の職場の近くにですか?」
「あるんじゃない、店舗。まあそうはいっても、居なくなっちゃったら困るけど」
「店舗はあるかもですけど……それは嫌です」
「何で?」

 何でって。
 ……なんでかな。うーん。

「そんなことで職場選んだら、ちょっと嫌がられそう、だから……?」

 先輩は、呆れたように私を見て、苦笑した。

「もう会いに行っておいでよ。別れるなら別れてきてもいいんじゃない?」
「……不吉なこと、言わないでくださいよう……」

「んー、でも、頑張っても別れる運命ならそうなるし。だから、無理して引き延ばすのはやめた方がいいよ。時間の無駄」
「……先輩ー……割り切りがすごすぎます……」

「別れたくないなら、それはそれで会わないとね。恋愛なんて、会って、好きって思ってなんぼでしょ」
「…………」

 なんかもう、男前すぎる……。
 女子って感じの、じっとりしたものとか、一切ない先輩。店舗に居る時と話し方が違いすぎて、ギャップですごく大好きなんだけど、なかなか同じようには考えられない。

「いい人居たら、デートとかしてみるのもありだよ? ほら、彼の良いとことか、だめなとことか、気付くかもしれないし」
「……」

「まだ若いんだからさ。色々な人とさ」
「――……職場にはいないですし」
「同期は?」
「同期、仲はいいですけど……うーん。友達です」

 唸りながら答えていると、先輩は、あっ、と瞳を輝かせた。

「隣のレストランの店長さんとかは? なんだっけ、名前。えっと……清水さん!」

 清水さんって言うんだっけ。店長さんとしか覚えてない……。

「……何でそこに店長さんが出るんですか?」
 首を傾げると、先輩が、ふふ、と笑った。

「花音のこと好きそうだから?」
「え。そんなような感じ、一切、受けてませんけど」
「それはほら、花音が鈍いから」
「……今度、眼鏡作りにくるそうですよ」

 そう言えば、と、さっきの会話を思い出して、先輩に言うと。

「ほらほら! 花音と接点欲しいんじゃない?」

 クスクス笑って、先輩は楽しそう。
 職場以外では、花音と呼んでくれる、頼りになるお姉ちゃんみたいな先輩だけど。

「……私、今は、駿以外のこと、考えられないし」
「だからねー、そうやって、一人しか見てないと、損するから。色んな人を見て、それでも彼氏の駿くんになるならいいんじゃない?」
「でもー……」

 渋ってる私に、先輩は、あっ、とまた楽しそう。

「今度、花音、二連休あるでしょ。用事あるの?」
「用事じゃなくて……シフト組んでたらたまたま二連休になったみたいで。店長に、ここ連休でいい? て聞かれたんです」
「じゃあ、そこで会いに行ってきたら? 彼氏くんの会社で出待ち。喜んでくれたら、頑張る! 嫌がられたら、諦める」

 出待ち……。ていうか、嫌がられたらって、それはちょっと、悲しすぎる……。 
 先輩の言葉に、んー……と首を傾げてしまった。




◇ ◇ ◇ ◇



 仕事終わり。恵ちゃんちに寄った。

 今日も順調におっぱいにはぐれたあげく、二匹が終わった後に、くぴくぴ飲んでる泥棒ちゃん……究極に可愛い。(おっぱいをおててで、もみもみしながらのおまけつき) 

 それから、三匹、もちょもちょ動いている。

 ……ぬいぐるみだ。

 もふもふのぬいぐるみが。
 ちいちゃいおててとあんよで、ぴょこぴょこと動いている。ちいちゃなしっぽが、今日もまたぴよぴよと揺れている。


「恵ちゃん……!」
「んー?」
「もう、可愛い……!」

 もうなんとも言い難い可愛さ。んー!と目をつむってから、思い切り訴えた私に、恵ちゃんが、あはは、と笑う。

「分かる。こんな可愛いもの無いって、思っちゃうよね」
「悶えるくらい、可愛い……」

 あっそうだ。

「写真、撮っていい? 駿にも送りたくて」

 そう言って、可愛い皆を。とくに泥棒ちゃんの顔写真をたくさん撮ってる内にふと、思いつく。

「動画でもいい?」

 可愛く動いてるとこを撮りたくてそう聞くと、恵ちゃんは笑いながら、良いよと言ってくれた。

 なんかこの可愛さは、動画の方が伝わるかもしれない。

 あ、そういえば、可愛いのなんだと思うって聞いた質問。返事が来てないような気がする。迷って、送れてない感じかな……これ、駿に見せたいなぁ……。
 動画を撮り終えたところで、恵ちゃんが、「それで?」と聞いてきた。

「それでって?」
「だからー、その、出待ち。するの?」

「うー……どうしよう……」
「出待ちするようなとこ、あるの?」

「あ。うん。駿の会社の前、大きな歩道でね、街路樹みたいなのがおっきくて、その下に、ベンチとかもあるような感じなの。分かる?」
「分かる。じゃあ、入り口の真ん前で立ってる怪しい人にはならなくて済むんだね」
「うん。そう。入り口の真ん前から少し離れた木の下に座ってれば、目立たないし」
「じゃあまあ、出来るとして。するの?」
「うーん何時かも分かんないし、同僚の人とかと出てきたらとか……」

「出てきたとこで、電話かければいいんじゃない? あ、それか、今日は会社出たとこで電話してって言っとけば」
「……なんか試すみたいで嫌なんだけど」

「でも迷ってるのは、確かめたいんでしょ? 喜んでくれるかどうか」
「……うん。急に行って、喜んでくれたら。……やっぱり嬉しい」

「なんだ。花音、まだちゃんと好きなんだね」

 恵ちゃんにクスクス笑われる。


「最近愚痴ばっかりだから、もう嫌なのかと思ってた」
「……好きだよ。最近、なんかうまくいってないけど。……やっぱり、駿と別れるのとか、やだもん……」

「なんか今日、素直じゃん」


 ふふ、と恵ちゃんに笑われる。
 そういえば……と、考えて、目の前の三匹を見つめる。


「……なんか、この子たちが可愛すぎて、おめめがつぶらすぎて。素直がいいなあとちょっと思ったかも……」


 そんな風に言うと、「まあ分かるけど。彼氏の前で素直にならないとね」と恵ちゃんが笑う。






しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

「今日でやめます」

悠里
ライト文芸
ウエブデザイン会社勤務。二十七才。 ある日突然届いた、祖母からのメッセージは。 「もうすぐ死ぬみたい」 ――――幼い頃に過ごした田舎に、戻ることを決めた。

日本酒バー「はなやぎ」のおみちびき

山いい奈
ライト文芸
小柳世都が切り盛りする大阪の日本酒バー「はなやぎ」。 世都はときおり、サービスでタロットカードでお客さまを占い、悩みを聞いたり、ほんの少し背中を押したりする。 恋愛体質のお客さま、未来の姑と巧く行かないお客さま、辞令が出て転職を悩むお客さま、などなど。 店員の坂道龍平、そしてご常連の高階さんに見守られ、世都は今日も奮闘する。 世都と龍平の関係は。 高階さんの思惑は。 そして家族とは。 優しく、暖かく、そして少し切ない物語。

美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness

碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞> 住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。 看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。 最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。 どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……? 神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――? 定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。 過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

Husband's secret (夫の秘密)

設樂理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! 夫のカノジョ / 垣谷 美雨 さま(著) を読んで  Another Storyを考えてみました。 むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

処理中です...