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「素直」
しおりを挟む「水野さん、あちらのお客さま、お願い」
「はーい」
販売しているのは、眼鏡とコンタクト。
先輩に言われて、お客さまに笑顔で近づく。商品を手に取って、眼鏡を掛けて鏡を見ている女性のお客さま。
「いらっしゃいませ」
少しだけ距離を置いて声をかけて、様子を見る。何か相談したい人は、こちらに視線を向けるし、一人で見ていたい人は、会釈で済ませる人が多い。このお客さまは、にっこり笑顔。
「近くを見る眼鏡が欲しくて。老眼だって」
いやなんだけどね、と、少し困ったように笑う。感じの良い、ご婦人。
「目立たないのが良いのよね。私、眼鏡をかけたことも無くて」
「そうなんですね」
眼鏡は、早い人は子供のうちから。ずっと縁なく過ごしても、老眼鏡で大体の人は必要になる。
人生で、とても大事なアイテムであることは間違いない。家族を想うように、お客さまを想おう、っていうのが、この会社のポリシー。
接客も、相手が家族や大事な人だと思って、何を求めてるのかをちゃんと聞いて、求めるものを。時には、違った提案も。会社のポリシー自体は、好き、ではある。いいなと思って、入社を決めた。
人との会話とか、好きだし、笑顔になってくれると、嬉しいし。そういう点では、私には向いてるのかなーとは思ってる。
ただやっぱり商売ではあるので、高い眼鏡でも気にすぜ買いそうな方には、良いブランドものをおすすめするし、掛けられればなんでもいい、という方にはそれなりに。おすすめする商品には幅があるけど、まあそれも、当然ではあるとは思う。見極めながら、心地よく選んでもらうように、会話をすすめる。
「目立たない方がよろしければ、下半分に枠のないハーフリムという形の眼鏡もあります」
「あら、そんなものもあるのね」
「ただ、強度面が少し弱いので……細いフレームなら、そんなに目立つこともありませんし……何点か、種類をお出ししてみますね」
「お願いします」
眼鏡にマイナスイメージがある人も多いけど、ものによったら、すごくおしゃれだし、合う眼鏡は知的にも見えるし。かけると、気に入る人も多い。
うん、仕事はね。楽しいとは思う。
――――でもやっぱり、駿とうまくいってないと……楽しいことも、楽しくなくなっちゃうんだろうなあ。でも、仕事は仕事でちゃんとするけど。
結局、細い金のフレームの、綺麗な飾りのついた眼鏡に、色のうすくついたレンズを入れて、結構な金額の眼鏡になった。眼鏡ってピンキリで、一万円以下で全部揃うえることもできるし、高ければ、レンズまで込みで十万を超えることもある。まあ世の中もっと高いものを見ればキリがないけど、この店で扱っているのは、大体十万が最大。
「水野さんが接客すると、高い眼鏡、売れるよねぇ」
先輩がクスクス笑う。
「やっぱり素直そうな若い子に、素敵ですね、て言われるのって、男の人も女の人も嬉しいんだろうね」
なんて言われて、「素直そうですか?」とついつい聞いてしまう。
「素直そうだけど? ていうか、素直だけど? とっても」
新入社員の頃から指導者で、色々相談にも乗ってくれてる先輩は、私を見て笑う。なんて答えようと思った時、新しいお客さまが来店して、先輩が対応した。
私は、接客したお客様の情報を入力するためにパソコンに向かう。
……素直、かぁ。
最近の、駿にたいする私は……お世辞でも、素直とは言えないなぁ……。
なんか不安なんだよね。
素直に言ったら、もう終わりにしようって、ならないかなって。
でも、そんなこと言ってても、こんな感じで、モヤモヤ続けてても仕方ない気もするんだけど……。
素直と言ったら。
そういえば、昨日の子犬ちゃんたち。
……まっすぐな、瞳、してたなあ。
あんな風に可愛らしく、まっすぐに、きゅるん、てしてたら可愛いかしら。
…………無理か。あれは、社会人の人間が真似できる可愛さじゃないな。うん。
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