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「思い出し笑い」

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 手足とか耳とか尻尾とか、もう、ほんとに可愛いねっていう話で盛り上がっていたら、恵ちゃんちのおばちゃんが仕事から帰って来て、気付くともういい時間だったので、 帰ることにした。

「またね、花音」
「うん、またね」

 靴を履いて、恵ちゃんを振り返った。

「一日ごと大きくなってくから、成長見たいなら毎日でもおいでー。夜なら帰ってるから」
「恵ちゃんがデートじゃない時にね」

 ふふ、と笑いながら言って頷くと。

「花音は、彼氏と仲直り、頑張って」
「ん......そうだね。頑張る」

 途端にため息が零れた。

「もー、テンション下がったよ?」

 苦笑する恵ちゃん。

「付き合い始めたころ、めちゃくちゃ大好きって言ってたでしょ」
「うん。……そうなんだけど」
「仲直りしたいんじゃないの?」
「うん。したい。……頑張る」

 私も、苦笑しながら、頷いた。

 家までをゆっくり歩きながら。
 泥棒もようの、可愛い顔が、頭から消えなくて。

 ふと、顔が綻ぶのを止められない。

 ……犬という生き物を、こんなに可愛いと思うなんて。
 人生初。ふふ。
 
 可愛かったなぁ。 

 ていうか。
 ああやって、とろくって、泥棒模様だと貰い手が見つからないかもしれないのかぁ。むしろ可愛いのに。

 ……確かに、野生だったら、生きていけないかもしれないけど。
 ペットとして飼うなら。とろくて、のどかで、ゆずっちゃう子。
 泥棒模様も、めちゃくちゃ可愛い。

 ココが嫌になって立ち上がった時の、あの困ったお顔。
 ……可愛かった。

 その時、鞄の中のスマホが震えた。表示された名前に、のどかな気持ちが消える。


「……もしもし」
『あ、花音?』
「うん……」

 ――――駿から、電話をくれて嬉しいなと思う。
 やっぱり、私は、駿が好きなんだとは思う。

 でもなんでかな。うまくいかない。
 ……うまくいかないから。疲れる。

『花音、昨日、ごめん』
「――――あ。う、ん」
『態度、悪かったと思う』
「……ううん」

 謝ってくれるってことは。……仲直りしようとは思ってくれてるんだよね。
 少し、ほっとする。

「……駿」
『うん?』
「会いたいんだけど……いつ、お休み?」
『ごめん、しばらく忙しくてさ。今のプロジェクト終わるまであんまり時間が取れないかも……休日出勤もありそうだし』
「……そっか」

 ……そう言われたらもうしょうがないとしか、言えないよなあ。


『急に早く帰れる時もあるし、そしたら連絡する。夕飯、食べよ』
「うん。分かった」

『ごめん、花音。仕事戻るね』
「うん。ありがと、電話」
『ああ、また』
「うん」


 短い通話が終わる。


 ……仲直りは出来たし。
 今度ご飯食べようって言ってくれたし。

 なのに、どうして。
 なんだか、寂しいんだろ。


 やっぱり、会えないと、ダメだなあ。

 会えていた大学時代は、本当にいつも楽しくて。
 このまま、この人と結婚して、ずっと居られたら、私の人生、幸せだなあなんて思ったし。周りの子たちも、駿と私は結婚して、ほのぼの生活してそうとか、言ってくれてたし。
 

 駿は、結構大きな会社の営業職。忙しいのは分かってるつもり。
 営業だから、営業を補佐する女の子とかも多くて、飲み会とかも結構あるのも、分かってる。

 私も接客業で、半分は男性従業員。お客様は絶対、とか言うし、社員は家族、みたいなノリもあって、親睦を深めましょうって会社だから、ほんと、飲み会とか、頻繁。たまに店のセールで、他の店舗の人が応援に来ると、もう絶対飲み会だし。

 ……お互い、しょうがないのは、分かってるんだけど。
 あと別に、飲み会も嫌いな訳じゃない。行けば楽しいし。……でも。


 多分、私たち、嫉妬しあってるんだろうなぁとは分かってるんだけど。
 ……嫉妬してるってことは好きなんでしょ、とかたまに言われるけど。
 うーん、そんな簡単な話じゃない。

 いつも側に居られて、可愛く嫉妬してられるなら、いいんだけど。
 難しいよう。そんなに遠くないのに、遠距離恋愛、してるみたいな気分だもんな……。


「ただいまー」
「あ、おかえり、花音。ごはんもう少しかかるから、お風呂入っちゃって」

 お母さんに迎えられて、「手伝う?」と聞くと。

「そんなに手伝うことないから、いいよ。先入っておいで」
「はーい」

 お風呂に入って、湯船に浸かると、ほっと息をついた。

 なんかどんよりしてる。
 ……何か楽しいこと考えよう。と、思った瞬間。ぽんっと浮かんできたのは。


 泥棒ちゃんの、困り顔。


 ……ふ、と顔が綻ぶ。


 可愛かったな。


 犬は、まだまだ、基本怖い。けど。
 ……可愛い犬もいるんだな。とか。思って。


 また、ふふ、、と笑ってしまった。
 思い出し笑いなんて、久しぶりな気がする。




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