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第1章

「合鍵」

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 キッチンでお湯を沸かして、パンをトースターに入れてから、顔を洗って、服を着替えた。

 コーヒーとスープとパン。準備が出来てから、啓介を呼ぶ。
 なんかもうオレ、何がどこにあるかとか、結構知ってるなー……なんて、自分に苦笑。

「ありがとなあ、雅己」
「ん。早く食べて、ゆっくりしてろよ」
「ん。いただきます」

 目の前の、すでに元気そうな啓介を見て、んー、と首を傾げる。

「頭痛いとかも、ねえの?」
「うーん…… なんか、頭の隅っこの方が、少し痛い……? でも、気にならん位」
「ふーん。……まあでも、無理しないで寝てて。オレ今日昼までで帰ってくるからさ。昼何食べたい? 昼と……あと夜と、ついでに明日の朝も」

「――――……泊ってくれるん?」

「え。……つか当たり前じゃん」
「――――……当たり前なん?」

「だって、何でもない時しょっちゅう泊ってんのに、お前具合悪い時帰るとか、全然意味わかんなくねえ? 来るに決まってんじゃん」

 ……変な奴。

 パンを頬張りながらそう言ったら、啓介は。
 何だか、急に、ものすごく嬉しそうな顔で笑った。

 え。
 ――――……ドキ。とする。

 ドキ、とした心臓が、そのまま、ド、ド、とうるさい。

「雅己のそういうとこ、好き」
「……そういうとこ……?」

「わからん? ――――……そういうとこ……」

 うん。……分かんねえ。
 

「……まあ、そういうとこも好き、ていう。ほんの一部なんやけどな」

 くす、と笑って、目を細められて。
 何言ってるのか良く分からないのだけど、オレの心臓が、うるさいのは、分かる。


 なんで、そういう顔、すんだろ。
 ――――……視線がまっすぐすぎて。何か居たたまれない。

 ほんと。
 ……何なんだ、もう。

 落ち着かないまま。
 昼と夕飯に食べたい物を色々聞きながら、食事を終えて食器を片付けた。

「ベッドに持ってって、ちゃんと水も飲んでろよな?」

 ペットボトルの水を啓介用にテーブルに置いてから、鞄を持って玄関へ。
 見送りに来た啓介を振り返る。 


「啓介、家の鍵借りてって良い? 寝てたら起こすのやだし。チャイム鳴らさず勝手に入るから」

 そう言ったら。啓介が一瞬黙った。

「? 何?」
「ちょっと待っとって?」
「?」

 啓介がいつも鍵を置いてる、玄関の棚のトレーには鍵があるのに。
 それを渡してもらおうと思って言ったのに、啓介がまた部屋の中に消えてしまった。少しして、戻ってきた啓介は。

「……雅己、これ、持ってて」
「……?」

「合鍵。 もともと渡そうと思っとったから。それ、やるわ」
「――――……」

「これから先、いつ来てもええし、勝手に入って好きにしてええし」
「――――……」

 ……なんて言っていいか、分からない。
 ちょっと鍵を借りてくだけのはずが、こんな話になるとは、思わなかった。


「――――……」

 黙ったままのオレに、啓介は、ぷ、と笑って。
 鍵を手の平に乗せたままのオレの手を掴んで握らせたと思ったら。そのまま、ぎゅ、と抱き締めてきた。


「雅己がええなら――――……いつ越してきても、ええよ」
「……なんで、オレが引っ越すんだ、よ」

「だって雅己んとこ、違約金とか無くていつ越しても自由て言うてたやん。ここのが広いし、大学にも近いし。とりあえず一緒に住むなら、こっちやろ?」

「……つか、もう時間やばいし――……とりあえず、オレ行ってくる」

 もう、何て言っていいか分からなくて、逃げで言った言葉に、啓介は笑顔で、すぐ頷いた。
 
「ん。気を付けてな」

 ちゅ、頬にキスされて。
 気恥ずかしくて、頷くだけで答えて、玄関を出た。


 ……何でキスするかな。
 ――――……何で鍵なんて、渡すかな。


 で、何で、オレは――――…… 顔が、熱いんだ。
 自分の反応が、さっぱり、分かんない。



「――――……」


 電車に乗って、スマホを開く。


「ちゃんと、寝てろよ」
 啓介に、そう、入れた。

 そしたら、すぐに、「帰ってくんの、待ってる」と返ってきた。


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