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◇希生さんちへ
「弟みたいな」*side野矢蒼 5
しおりを挟む良い湯。
――――バスタブの縁に寄りかかって、ふ、と息をついた。
そういえばさっきのビリヤード。
……優月が出て行ったのにも気づかなかったっけ。
久しぶりとは言っても、なんだかんだいって結構自信あったのだけれど、玲央がいい感じで迫ってくると、やっぱり負けるのは少し面白くなくて、思わず真剣にやってしまった。
たかがゲームなのに。……年下なのに。
優月が居なくなってるのに気づいたのはオレの方が先で、玲央が気づくには結構な時間がかかった。それだけかなり真剣にやってたんだとは思うが。
不意に、ふと優月が居た方を見た玲央が、きょとん、とした不思議そうな顔で、オレを見てくるから、思わず笑ってしまって。
「優月は結構前から居ないよ。全然気づいてなかったよな?」
そう聞くと。玲央は苦笑いを浮かべて、頷いた。
「集中しすぎてたかも。蒼さんは気づいたんですか?」
「オレも出て行った時は気づかなかった」
「――――悪いことしたかもですね」
困ったような苦笑いを見せてそう言う玲央に、オレは少しだけ肩を竦めてみせた。
「大丈夫だろ、優月だから」
「……まあ、そうですね。二人とも頑張れーとかニコニコしながら出ていったんだろうなって気がします」
「だよな」
玲央の言ってる優月の様が容易に思い浮かんで、ふ、と笑ってしまう。
「ちょっと休憩、するか?」
「はい」
玲央が素直に頷いたので、部屋の隅の椅子にお互い腰かけた。
すぐ優月のところに行くとは、言わないところを見ると、優月は大丈夫だと思ってるんだろうな。……絶対大丈夫だと思うが。思わず微笑んでしまうと。
「オレ、すごい集中してたんで、本気で疲れたかもです」
玲央はそんな風に言って、オレを見て笑う。
「真剣だったよなー。結構うまい方だろ、玲央。そこらへんの奴には負けないんじゃないのか?」
「周りの奴には勝ってましたけど。……つか、蒼さん、うますぎです」
眉を顰めて言われて、オレは肩を竦めて苦笑い。
「オレまで、優月が出てくの気づかなかったしな。玲央につられて真剣にやってたよ」
「……なんとなく、蒼さんには勝ちたいので」
そんなセリフに、ぱっと返しが浮かばない。
そもそも、どんな意味だろうか。
「んー。玲央は、オレに負けたくない?」
「そう、ですね。それは思います」
「――――負けず嫌いだから?」
「……まあそれもありますけど」
ふ、と玲央が苦笑い。
「……蒼さんにも優月にも、恋愛感情がないことは分かってるんですけど」
「そうだな」
「だから、そういう意味で嫉妬するとか、そういうのは、ないんですけど」
「けど?」
玲央の返答を楽しみに思いながら、先を促すと、玲央は、んー、と少し考えてる。
「でも、優月は蒼さんをすごく頼りにしてると思うので……」
もう一度、少し視線を逸らして、考え込んでる。
「……なんか、やっぱりちょっと勝ちたいです」
そんな風に言って可笑しそうに笑う玲央に、ふーん、と笑い返すと。玲央が考えながら続ける。
「蒼さんは、昔から優月を見てきた人だし、付き合いの長さは勝てないし。大人で働いてて、人気な芸術家、とか来ると……なかなか今のオレじゃ勝てないかなと思うんですよ」
「――――……へー?」
「だからゲームくらいは……って、ただビリヤードに勝ったからって何なんだって思うオレも、実はいるんですけど……」
そんな風に言って苦笑して、自分の言ってることを考えてる風の玲央に、オレは、まあ……おかしくてしょうがない。
嫉妬してないなんて言ってるけど。
付き合いの長さは勝てないとか、頼りにされてるオレに勝ちたいとか。
……青いなあ。
青春。て感じ。 可愛いよなぁ、こいつも。
ちょっとだけ手を抜いて負けてやってもいいけど。
と思っていると。
「あ、でも、手を抜かれて勝つとか、オレ、絶対嫌いなんで」
「――――……」
「それくらいなら、負けた方がいいんで。さっきまでとおんなじように、超真剣にやってくださいね」
「へーへー」
……なんというか。
玲央の友達もだし、希生さんもだし。
玲央が変わったとか、言うけれど。
――――……根本のまっすぐなところは、
もともとなんじゃないだろうかと、たまに感じる。
人にはうまく言えないが。
こういうまっすぐな、こういう部分が。
まっすぐな優月が、惹かれたとこなんじゃねえのかな。
……なんて思いながら、再開して、言われた通り、手を抜かなかった。
超僅差。
あっぶねーとちょっと思った。
手を抜かずに負けたとか。
しかもこんな年下の、経験値絶対オレのが上なのに。
とか思う時点で――――。
「は。……オレもまだ、負けず嫌いか……」
ふ、と笑みが浮かんだ。
◇ ◇ ◇ ◇
(2024/4/23)
私は蒼くんを書くのが好きです……。
最初から好きだったな…笑
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