上 下
42 / 825
◇2人の関係

「別れ際に」*優月

しおりを挟む


 中学、高校ともに、美術部だった。
 体育も頑張りはしたけど、そんな必死、という程はやらなかった。

 ――――……こんなに必死で走ったの、いつぶりだろう。
 ……という位の勢いで、いつもの、クロと会うこの場所まで、逃げてきてしまった。

 ……オレ、こんなに早く、走れるんだ。
 という事実に驚いた。

 けれど、走り慣れていない心臓は、もはやバクバクで、息がおさまらない。……ヤバい。

 ……落ち着け、オレ。

 ていうか……何で、玲央ってば、追いかけてくるんだろ。

 いっぱいいっぱいすぎて、
 超、猛ダッシュで、逃げてしまった。

 玲央から、全力で逃げたくなんかなかったのに、
 ……追いかけてくるから、つい……。

 ベンチに座って、太ももに肘をついて、頭を抱えてしまう。
 はー。辛い……。

 癒しのクロは居ないし……。
 息は苦しいし……。玲央から逃げちゃったし…………。


 はあ、と息を整えようとした、その瞬間。


「優月」

 名を呼ばれるとともに、手首を掴まれて、その拍子に、その声の人をまっすぐ見上げてしまう。

「れお……」
「――――……っ……お前、何、その全力の脱走……」

 オレの手をとったまま、はあ、と息をつく玲央。


「……つか――――……お前、何で逃げンの」
「……っ」

 少し眉が寄って。カッコ良すぎる視線。
 強い瞳で、見つめられて。


 ――――……胸がドキドキして、痛すぎる。
 顔が熱くて。


 でも、玲央から、視線が、逸らせない。



「優月……?」


 至近距離の、その口から、優しく、名前が呼ばれて。頬に触れられる。


 ……よかった。
 夢じゃなかったんだ、玲央との色々な、こと……。
 

 じっと見つめたまま、動けずにいると。
 玲央は、ふ、と笑った。 


「逃げたくせに――――……なんでそんな、見ンの?」
「……嫌で……逃げたんじゃ……ない、から……」

「――――……」


 ぐい、と首の後ろを押さえられて、引き寄せられる。


「――――……っ……」

 唇が、重なって。
 自然と開いてしまった唇の間から、玲央の舌が入ってきた。
 ゆっくり絡めとられる。


 昨日から――――……散々キスされて……。
 キスが気持ちいい事に結びついちゃってて。

 ゾクゾクが、体の奥から、呼び起こされそうになる。


「……っ……っ……ふ……」

 声が漏れた時。
 玲央が、オレから少し、唇を離した。


「――――……何で、逃げた?」

 頬に触れられて、親指で、すり、と唇をなぞられる。


「……っ……なんか恥ずかしくて……」
「んな事だろうと思ったけど……も、逃げンなよ」

 ちゅ、と唇を押しつけられて、キスされる。

「――――……オレ、こんな風に人追いかけたの、初めてかも」

 くす、と笑って玲央が言う。


「……ごめんね?」
「別に。謝れって言ってるんじゃない」


「あ……玲央、食事は?」
「ん? ああ……今はいい。3限が休みだから、そこで食うから」

 そう言って、玲央は、オレを見下ろした。

「……優月、今日予定は?」
「4限までで、そこから絵の先生のとこに行く」
「絵?」
「うん。オレ、絵、描くの好きで」
「習ってんの?」
「うん」

「……何時まで?」
「分かんない。先生次第ていうか、キリのいいとこまで……」

「ふーん……」

 それきり、玲央、黙ってる。
 その時、3限の予鈴が鳴った。


「あ。……行かないと」
「ああ」

「また、ね?」
「今度会った時は逃げんなよ」

 そんな言葉にぐ、と詰まると。玲央は笑って、それから、ちゅ、と、キスしてきた。
 かあっと、赤くなる。


「何で、この位のキスで、また赤くなンだよ?」

 玲央が苦笑い。


「なんか、別れ際にするとか……恥ずかしいなって思って」
「――――……」

 別れを惜しんでるみたいだなって、そう思ったら、自然と、顔に熱が集まってしまっただけで。別に玲央は軽くしただけだと分かってるんだけど。

 確かに、こんな触れただけのキスで赤くなるとか、今更って言われても仕方ない、か……と思いながら。
 

「……行くね」


 玲央から離れて歩き出す。

「優月」
「?」

「――――……絵、終わったら、電話して」
「え。でも……遅いかも……」
「別にいい」

 ――――……今日、電話していいんだ。
 なんて思ったら。すごく嬉しくなってしまう。


「うん、分かった」


 バイバイ、と手を振って、なんだかウキウキと3限の教室に向かった。







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

イケメン王子四兄弟に捕まって、女にされました。

天災
BL
 イケメン王子四兄弟に捕まりました。  僕は、女にされました。

浮気な彼氏

月夜の晩に
BL
同棲する年下彼氏が別の女に気持ちが行ってるみたい…。それでも健気に奮闘する受け。なのに攻めが裏切って…?

浮気されてもそばにいたいと頑張ったけど限界でした

雨宮里玖
BL
大学の飲み会から帰宅したら、ルームシェアしている恋人の遠堂の部屋から聞こえる艶かしい声。これは浮気だと思ったが、遠堂に捨てられるまでは一緒にいたいと紀平はその行為に目をつぶる——。 遠堂(21)大学生。紀平と同級生。幼馴染。 紀平(20)大学生。 宮内(21)紀平の大学の同級生。 環 (22)遠堂のバイト先の友人。

こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件

神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。 僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。 だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。 子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。   ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。 指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。 あれから10年近く。 ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。 だけど想いを隠すのは苦しくて――。 こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。 なのにどうして――。 『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』 えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

処理中です...