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◇初めての夜
「不思議」*玲央
しおりを挟む店員から品物の包みを受け取って、キッチンに置いた。
手を洗って、飲み物だけ冷蔵庫から用意する。
「優月、来いよ」
「あ、うん」
ソファで、膝を抱えて座ってた優月に声をかけると、すぐに近くにやってきた。
「中身出して、テーブルに並べて?」
「うん」
食器棚からグラスを取って、テーブルに置いた。
「すっごい美味しそう」
優月が嬉しそうに言って、並べていく。
「皿は、使うか?」
「ううん、取り皿みたいなのも入ってる……ていうか、お皿はあるの?」
「一通り生活できるような感じに揃ってるから、一応ある。水の他に何か飲みたいものあるか? 飲み物は色んなのが冷蔵庫に入ってるけど」
「お水でいい」
「んじゃ、座って」
「うん」
広いダイニングテーブル、優月が座った隣に座った。
普通なら向かい合わせで座るんだろうけど。何となく触れられる所に座りたくてそうしたら、優月がじっと見つめてくる。
「……隣?」
「ん」
「……あのさ、オレ、このまま食べていいの?」
「バスローブの事?」
「うん。なんか変な感じ……」
「優月が嫌じゃなければ」
「……んー。ま、いっか……うん。いただきまーす」
なにやら葛藤してたけど、割り切ったらしく。
手を合わせて、食べ始める優月。
「……なにこれ。すっごい美味しいー!」
「そか。良かった」
「玲央って、めちゃくちゃたくさん食べる人なの?」
「ん?」
「だって、結構すごい量だから」
まあ確かに。
一通りぽちぽちクリックしてたら、広げてみれば、すごい量。
「とりあえず適当に頼んだから、好きなもん食べて」
「うん。なんかね、すごい……高そうな味がする」
「高そうな味って?」
クスクス笑いながら聞くと、うーん、と考えた優月が言ったのは。
「なんか、薄味だけど、ふかーーーい、味」
「ああ……何か、分かる気はするけど……。今、何食べてそう言ってんの?」
「この揚げ出し豆腐みたいな料理……」
優月が指した料理を口に運ぶと。
「……こういうの好き?」
「うん、好き。美味しい」
「じゃあこっちも好きだと思う。口開けて」
別の料理を取って、優月の口に近付ける。
あーんと、素直に口を開ける優月に、ぷ、と笑いつつ、食べさせる。
もぐもぐ味わってるのを見てると、可愛く思えてしまう。
「どう?」
「美味しいー」
何これ、すっごい、美味しい。
ニコニコ笑顔で、もぐもぐ食べすすめてく優月に、ふ、と笑む。
素直に口開けて、もぐもぐ食べてるとか、ほんと……。
餌付け気分で、愛おしくなる。
……この感情は。一体……。
「あ、これも、めっちゃ美味しい」
また違うのを食べて、じーん、と味わってる優月。
「食べさせて」
「え」
「ん」
オレが口を開けると、優月は慌てて箸で持って、口にそっと入れてくる。
「――――……ん、うま」
言うと、目の前の優月は、かあっと、赤くなった。
――――……何で、赤くなるかな。
そう思ってると、優月が何だか一生懸命に、話し始めた。
「……っ人に食べさせるのって……」
「ん」
「……ていうか、玲央に食べさせるのって」
「……? ん?」
「……なんか恥ずかしい」
「は?」
何だそれ。
「……玲央の口、今、オレ」
「ん」
「……キス、ばっかりしてるから……まっすぐ見れないかも」
ぼぼぼぼぼ。
はい。真っ赤。
――――……何でわざわざ自分からそんな事言って、
そこで真っ赤になってんだ。
「……舌、触りたくなる?」
べ、と舌を出して見せると。
もう十分赤かったのに、ますます、赤面してく気がする。
「ち、がうんだけど……っ……」
「――――……」
狼狽え方が……可愛すぎる。
腕を引いて、キスして、舌で、優月の舌に触れる。
「……っ……」
少し大人しくなって瞳を伏せてた優月が、キスが離れると同時に、ゆっくり瞳を開けた。
「――――……お前、なんでキス初めてなの?」
「……何でって……」
「誰かと、付き合った事、全然無いの?」
「うん。無い」
「ふーん……あ、食べていいよ、食事」
言うと、うん、と素直に頷いて、少しオレから離れて、また食べ始めてる。
その姿を横目で見つつ。
……何でだろ。
別に、ルックス、悪くはないし、良い奴そうだし。
女に嫌われそうなとこ、ないのに。
「……何で、付き合ったことないんだ?」
「うーん……何かいつも仲良くなりすぎちゃって……付き合うとかにならないっていうか……」
ああ。成程。良いお友達になっちまう訳か。
そういう事なら、分かる気がする。
「……そんな、ものすごい納得しなくても……」
じと、と優月に睨まれ、ぷっと笑ってしまう。
「――――……キスも初めてって……なかなか、周りに居ないんだよな……」
「そりゃ玲央の周りには居ないだろうけど……世の中には、普通にいると思うけどな」
眉を寄せて、心なしか膨らんだ優月の顔に、また笑ってしまうと。
「……笑いすぎ、玲央」
言いながら、オレを見た優月は。
そのまま、じ、と見つめてくる。
「ん?」
「――――……」
少し見つめあった後。
優月は、急ににっこり笑った。
「……でもなんか、玲央が笑ってんのは、嬉しいかも」
そんな風に言って、更ににっこり笑ってから。
また前を向いて、料理を食べてる。
「――――……」
なんとなく、伸ばした手は。
優月の髪の毛をくしゃ、と撫でる。
「……うまい?」
「うん。全部、美味しいよ」
「……そっか」
「うん」
嬉しそうに食べてるので、邪魔はせずに。
だた何だか可愛くて。髪を撫でてると。
「玲央も食べなよ。冷めちゃうよ?」
と見つめられて。
なんだか苦笑いが浮かびつつ。
優月との空間が、楽しく思えて。
不思議に思う。
「なあ、優月」
「うん?」
「お前って、どんな奴?」
「え。……どんな奴って??」
「全然しらねえから」
「――――……」
「いまんとこ、名前と、教育学部2年ってのと、双子の弟妹がいるって事しか知らない」
しばらくじー、とオレを見つめて。
優月はクスクス笑いだした。
「そんな事言ったら、オレも名前と学年と、法学部と…バンドしてて、習い事めっちゃやってたって事くらいしか」
「学部言ったっけ?」
「オレの幼馴染が、同じ学部だって聞いたから」
「誰?」
「村澤 智也。知ってる?」
村澤……。
どっかで聞いたような。
「……去年のゼミで名前聞いたよーな…… 顔出てこねえけど」
「そっか……」
「幼馴染が大学に居るんだな」
「うん。2人居るよ」
「優月って、大学からだよな?」
「うん」
「お前の幼馴染は? 大学から?」
「そう。超偶然なんだけどね。第一志望だったり、第二志望だったりしたんだけど、でも結局一緒になってさ」
「ふーん……」
幼馴染、か。村澤。見れば分かるかな。
「高校離れてたし、今またよく一緒に居て、楽しいよ。玲央は幼稚園からあの学校?」
「そう」
「そうなんだね。……ね、玲央、オレもう、おなかいっぱいかも」
優月が、持っていた箸を置いた。
「美味しかった。ごちそうさま」
「ああ」
「玲央は? まだ食べる?」
「もう良い」
「じゃとりあえず蓋しめとく?」
立ち上がった優月が、テーブルの上を片付けてる。
伸びてくる手首に目が留まる。
肌、白い、な、優月。
そんな事を思っていると、触れたくなってくる。
「――――……」
オレも立ち上がって、グラスを流しに置く。
「――――…もう、いいよ。 優月」
優月の手を掴むと。
優月が、じっと、見上げてくる。
「続き、しよ?」
オレが言うと、優月は何度か瞬きをしてから。
「……あのさ」
じっとオレを見つめながら、ゆっくり、話し出す。
「オレさ」
「うん」
「……ほんとに、オレ、初めてなんだけど」
「分かってるけど」
「――――……うまく、できないと思うんだけど……」
「知ってるけど。ていうか、別にうまくとか求めてねえよ」
「……いいの? 玲央」
「――――……つかお前こそ、こないだまで名前も知らなかった奴に、色々されていいの? 男、無理って、最初言ってたよな……?」
クスクス笑って、そんな事を聞きながらも。
嫌だと言われても困るけど。なんて思う。
一度俯いて、優月が、もう一度見上げてきた。
「……玲央が、言ったんだよ」
「……ん?」
「……こういうの、は……感覚だって……」
「――――……」
「……無理な奴とは、どんなに会っても無理だって……」
「ああ……言ったな」
「――――……オレ……玲央には、触ってほしいって……思ったから」
――――……は。
何だそれ。……可愛い。
全部初めてだったくせに。
……オレには、触ってほしいって。
「……さっき遅れて、ごめんね。……やめた方が、いいのかなと思って……1回駅の方まで行って友達と居たんだけど……」
「――――……」
「――――……やっぱり……会いたく、なっちゃって、急いで戻った」
まっすぐな瞳。
嘘とか、つけなそうな。
――――……まっすぐすぎだな……。
……オレが、こいつの、何に惹かれてるんだか。
よく分かんねえけど。
「……オレ、普通なら5分で帰ってる。1時間なんて絶対待たねえけど」
「――――……」
「お前来たから、待ってて良かったし。……だから、遅れたのはもういい」
優月の頬に触れる。
「ベッドいこ?」
すぐにふっと赤くなった頬に、ちゅ、と口づける。
頷いた優月を確認して。
手を引いて、寝室に、向かった。
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