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◇初めての夜
「気になる」*玲央
しおりを挟む2人でバスルームを出る。後ろをついてきた優月は、またリビングに入ると、立ち止まった。
「飲み物もってくるけど。どした?」
「なんか、広すぎて……、どこに座ってたらいい?」
「とりあえずソファに座ったら」
ふ、と笑いながらそう言うと、ゆっくりソファに近付いて、座ってる。
「……なんか、下、履いてないの、変」
そんな事を言って、少しもぞもぞしながら座り直してる。
ぷ。……可愛い。
「ん、水」
ペットボトルの水を入れたコップに氷を浮かべて、優月に渡す。
「ありがと」
ふわ、と笑う優月。
なんだろうこの。……ほんわかした雰囲気。
特別可愛いとか。特別綺麗とか、そんなんでは、ないと思うんだけど。
至って普通で、全然目立たない感じ。
でも――――……まっさらで、綺麗。
もとは悪くない。
瞳や唇も可愛いし。
細めの体は、均整がとれてるというか。腰、細くて、抱き締めてしまいたいし。
服とか髪形とか、色々いじれば、結構良くなるかも。
バスローブから見える、首筋と鎖骨が、……結構、エロイ気もするし。
そのうえに、無邪気な顔が乗っかってるのがなんだか……可愛いし。
――――……つか、オレ、今日こいつに何回、可愛いって思ってるんだ。
「……優月、お腹空いた?」
「……あー……言われてみれば……空いたかも……」
「言われてみればって?」
……変な回答。
「玲央といたら……なんかそっちに神経がいってなかったっていうか……」
「――――……」
何気ない言葉で、何となく人の言葉奪ってる事には気づかず、こくこくと水を飲んでいる。
ぷ、と笑ってしまう。
「ん?」
きょとん、と見られて、何でもない、と、首を振りながら。
「……下に入ってるレストランに頼めばすぐ来るから頼もうか?」
そう言ったら、んー、と首を傾げて。
「なんか食材あるなら作るよ……?」
「……食材、ここ、一切ない」
なぜならここで料理なんか一切しないから。
ここ、連れ込んでやるだけか、あとはバンドの奴らと夜を通して作業する時の部屋、みたいなとこだし。
「和食、中華、イタリアン、オレはなんでもいいけど」
「じゃ和食がいい」
「適当に頼んでいい?」
「うん」
メニューを見ながら、スマホで注文を頼む。
「20分でくる」
言いながら、優月の隣に腰かける。
「お前料理すんの?」
「うん。……小4の時に双子の弟と妹が生まれてさ。母さんが大変そうだったから、料理はそこら辺からやり始めた」
「へえ……」
双子の弟と妹。
面倒見、よさそ……。
「玲央は全然料理しない?」
「いや。するよ。――――……習ってたし」
「え、そうなの?」
「うち、一通りなんでもやらされるから。習い事多すぎて、小さい頃はすげえ過密なスケジュールだった」
「……なにそれ、例えば?」
「バイオリンとかピアノだろ。料理と……空手、合気道、剣道とか。そろばん、水泳と英語。と何だっけな。ダンスとか乗馬もやったし、茶道もやらされたし」
「うわー……」
「ギターはやりたくて習ったけど。まあもう一通り。どうしても嫌でやめたもの含めたらもっとあるな。変な右脳教室みたいなのも行ったし……」
「すごいね。そんなに習えるものなの?時間的に無理そう……」
「まあ全部がかぶってやってた訳じゃないから。家に教えにきたりもあったから通わないのも多かったけど」
「んー、玲央、戦う感じの、多いね?」
「ああ、護身用な……。親が金持ちだとそこそこ危険も想定されるから」
「そうなんだ……今まで、あった?」
「ん?」
「……危険なこと、あった?」
「送迎兼ボディーガードみたいのも居たし、無かった」
「そっか。良かった」
ふ、と笑って、優月が見つめてくる。
「そんないっぱい習って、できるようになるものなの?」
「良い先生選んでるらしいから、なんとなくできるようにはなるけど…… つか、囲碁将棋も、完全にじーちゃんの趣味で習わされた。オレとやりたいからってさ」
言うと、優月はクスクス笑いだした。
「その話はなんか可愛いね」
「……は?」
……可愛いっつわれた。
なんだか、納得いかない。
「オレもちっちゃい頃、おじいちゃんと将棋はやったなー。囲碁はよく分かんないまま終わっちゃったけど」
……でも、なんだか、優月が楽しそうにしてんのは、
ちょっと、イイ、気がする。
「――――……」
連れ込んだ誰かと、こんな風に話す事がほとんどない。
色々話して聞いて、情がうつるのも、執着されるのも、嫌だから。
家に着いて、シャワー、ベット、コトが済んだら帰ってく、てのが常。泊まらせる事も殆ど無い。他人が居ると、眠りが浅くなって疲れる。
我ながら最低だなと思わなくもないけれど、もともとそれで納得した上で関係を持つから、特に文句を言われる事もない。
夜中まで遊んでセフレの家になだれ込み、気付いたら朝だった、という事はあるけれど、それも、余程疲れてる時くらい。
そういえばこないだの金曜、優月と会ったのは、セフレ宅から車で送られた時だった。疲れていて、ベンチで休憩した所で猫と優月に会ったっけ……。
とにかく、普段はあまり話はしないのだけれど。
……でもなんだか。
やっぱり、聞きたい。
「――――……優月は? 何か習ってたか?」
こいつは、どうやって生きてきたんだろう。
こんな素直な感じで生きてくるの、どんなふうに生きれくれば。
やっぱり、オレは、優月に興味がある。らしい。
「んー……ピアノは中2まで習ってた。習字と絵とそろばんとプールかな。いっぺんには習ってないよ。ピアノと習字とか。ピアノとそろばん、とかって感じ」
「オレもいっぺんには習ってねえよ。何個かかけもちして、級とか段とかとったらやめるとか。ある程度弾けるようになったら終わりとか」
「それでもすっごく大変そうだけど」
「まあ。すげえ忙しかったから、何回かキレたけどな……」
「キレたんだね」
「脱走した」
あは、と優月が可笑しそうに笑う。
「じゃあ、優月、ピアノ弾けんの?」
「うん。まあ、普通には」
「連弾したことある?」
「え、玲央、できる?」
「できる。つーか、最後の方、それの練習ばっかしてた」
「オレも。小6でやめようかなーて時に先生が連弾、楽しいよって教えてくれて。それで中2まで続けたの」
嬉しそうに笑う優月に、ちょっとワクワクする。
「譜面、オレんちのどっかにあるから探しとく」
「うん」
と。そこで、はっと気づく。
探してどーすんの、オレ。
……こいつと、ピアノ、弾きたいのか?
………ほんと、何、楽しく話してんだろうか。
「なんかさぁ……?」
「……ん?」
「玲央のその見た目で、ピアノとかバイオリン弾くのって、反則……」
「反則?」
「カッコ良すぎて、ずるい気がする」
「………」
自分で言って、なにやら納得して、うんうん頷いてる。
そんなまっすぐな瞳で、何言ってんだか。
「茶道はちょっと意外で笑っちゃうけど――――……ダンスとかはすごく似合いそ……?」
首から顎にかかった手に、優月が上向く。
話の途中で開いてる唇にキスして、舌を絡め取った。
「……っ……ん……っ?」
ひく、と喉が引きつって。
ぎゅ、と目が伏せられた。
「ん、ふ……っ……」
幼い位の笑顔が――――……また急に、トロン、とした表情に、変わる。
……なんか、これ。もとからエロイ奴のそれより。
……たまんねー、かも。
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