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◇約束の日
「触れたい」*玲央
しおりを挟む5限が終わって、すぐに約束の場所に来た。
優月はいなかった。
学内は広いし、最後のコマなので延びる授業もある。15分位は許容範囲。
駐車場に向かう人間が側を通る度に、そちらに視線を流す。
30分位経った所で、半分は諦めた。
……まあ……普通は来ないよな。
オレの噂は、学内でも有名だし。
男女問わず複数セフレが居て、本気になったら捨てられる、だっけか。
まあ、あながち、間違いじゃねえしな。
優月みたいなタイプが、そんな奴のセフレになります、なんて、わざわざ来る訳がない。
まあ。分かってはいたのだけれど。
途中からイヤホンをして、新曲を数回繰り返して聞きながら。
待っていたけれど。
……もうすぐ1時間、か。
何がどう起ころうと、こんなに遅れる訳はない。
来ない、と、選択したんだろうな。
――――……しょうがない。
……つか、オレ、よく1時間近く待ったな。
帰ろうかと、立ち上がった時。
こないだの黒猫が現れた。
ニャア、と甘えた声で鳴く。
「クロ」
……だったよな。そう思いながら呼ぶと、すぐに寄ってきた。
なんとなく抱き上げて、膝に乗せてもう一度ベンチに座った。
少しの間、撫でていたけれど。
「……腹減ってる?お前」
答える筈も無いけれどそう聞くと。
ちら、と見られた。 応えたみたいな気がして、よしよし、と頭を撫でた。
――――……あっちのコンビニだっけか。
「ちょっと待ってろよな」
ベンチにクロを置き、駐車場の奥に見えるコンビニに向かって、歩き出す。
店に入ると、店員が2人。
おばちゃん達、と優月が言ってたっけな……。
「……あの、すいません」
「はい?」
……なんて言えば良いんだ。
「あの……この近くにいる黒猫なんですけど」
「……クロの事?」
「――――……優月の事、知ってますか?」
言った瞬間、不思議そうだった2人の顔が、ぱ、と笑顔になった。
「優月くんのお友達?クロがどうしたの?」
「餌をあげるかを、ここで話してから買ってるとか言ってたんで」
「そうなのよ、優月くん、いつもクロを可愛がってくれて」
「良い子よねえ、優月くん。うちの店で人気なのよ~」
2人とも優月を知ってるみたいで、楽しそうに優月について話しだす。
つい、ふ、と笑ってしまう。
人気、ありそうだな。……まあ。可愛がられそうだもんな。
「今日は優月くん来てないから、クロには缶詰あげたわよ?」
「じゃあ何も食べさせない方がいいですか? 買いに来たんですけど」
「あとでキャットフードあげるけど……ちょっと待っててね」
少し待ってると、手に猫用のオヤツを持って戻ってきた。
「これくらいなら、あげても良いけど」
「じゃあ、それ下さい」
会計を済ませ、2人に軽く会釈して、店を出る。
……友達、か。
……まあもう、絡む事も無いと思うけど。
クロに食べさせたら、もう帰ろう。
……誰か呼び出して発散しちまうか、とも思ったけど。
――――……今日はもう、まっすぐ帰るか。
何となく、疲れた。
待ち合せの場所に近付いた瞬間――――……誰かの声が、聞こえた気がした。クロを置いたベンチの下に誰かが座っている。
「クロ、いつからここに居たの?」
クロ、と呼んでる――――……この声。
「……玲央、ここに居た?……って、分かんないよね」
言いながら、はあ、と、ため息をついてる。
そして。
「……バカだなー……オレ……」
どう聞いても、涙を含んだ、その声。
「――――……」
芝生に足を踏み入れて、座ってクロを撫でてる奴に近づいた。
「え……」
驚いたように、ぱっと振り返って見上げてきた、そいつは。
涙目を見開いて、固まった。
……ああ、そうだ。
この顔だ。
頭の中でぼんやりと薄れていた優月の顔が、目の前の顔と重なって。
ああ、優月だ、と、思った。
「優月……」
優月の前に、膝をついて座って、視線の高さを合わせた。
「れ、お……?」
「猫に会いに来た、とかじゃないよな?」
「……え?」
「今ここに居るって事は……オレに会いに来たって事で良いか?」
「……っ」
目の前の瞳から、ポロ、と涙が溢れた。
「なんで……ここにいるの、玲央……」
「……お前、待ってたから」
「……何で今……居なかったの?」
「――――……これ」
手に持ってた猫のおやつを優月に差し出す。
「……? クロの??」
おやつを持って、きょとん、としてる。
「……お前、もう来ないと思って、そん時こいつが来たから……何か食べさせて帰ろうと思って、コンビニ行ってた」
「……なにそれ」
泣いてるくせに、優月は、くす、と笑う。
なんだか、たまらなくなって。
優月の頬に触れて、その涙を指で拭った。
「……キスさせて?」
初めて会った時と同じ質問を、してみた。
あの時は、優月は意味が分からなかったみたいで。拒絶はしなかったけど、ものすごく驚いてた。
今度は――――……何て言うだろう。
そう思って、聞いた言葉に。
「……うん」
優月は、そう言って頷くと。
まっすぐに、オレを見つめた、
ああ、なんか――――……この、瞳だ。
まっすぐすぎて、逸らせない、この瞳。
……涙で、濡れてる。
――――……なんで泣いてんだ、今。
こんなに遅れてきたのは、優月なのに。
――――……遅れてきて、泣いてるって、何だかよく分かんねえけど。
……あとで聞く。
それよりも、今は。
……触れたい。
「――――……優月」
頬に手を掛けたその手を、首の後ろに滑らせる。
ぐい、と上向かせて、その唇に、キスした。
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