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◇出逢い

「おかしな感覚」*玲央

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 神月玲央こうづき れお 19才。法学部2年生。


 昨日、クラブに遊びに出かけて、夜中にセフレの家に行った。
 大学まで車で送られ、駐車場から歩き始めたのだけれど、あまり寝てないのでだるすぎて、道路の脇にあったベンチに腰かけた。見かけてはいたけれど、このベンチに座ったのは、初。
 いい天気で日差しが眩しいけれど、このベンチは良い感じに日陰で涼しい。


「……ねむ――――……」

 あくびを一つしたところで。
 後ろから、猫の鳴き声が聞こえた。振り返ると、黒い猫。

 寂しそうに見えて、話しかける。


「……なに。オマエも、ぼっち?――――…… おいで?」

 そう言うと素直に近づいてきた。


「……はは。可愛いな、オマエ」

 野良にしては慣れてんな……。
 そっと抱き上げる。


 ――――……抱きながら、咄嗟に自分が言った言葉に、正直、引いた。


 つか、何言ってんだオレ。

 オマエもって。
 ……オレも、そうってことか?


 ……自分の一言に気付いてしまって、心底、嫌になった。


 ――――……ただの事実として、この上なくモテる。

 中学から高校最初の頃まで何人かと付き合った。嫉妬と束縛と、そこからの喧嘩や修羅場が心底うざくなって、誰か1人と付き合うのは、もうやめにした。

 異様にモテるせいなのか、嫉妬の程度がひどすぎて。穏やかにつきあっていられる期間なんて、ほんのわずか。
 彼女以外と話さない、遊びに行かないなんて無理だし、それを疑われたら、キリがないし、あまり疑われたり泣かれると、信じさせてやらなきゃという気持ちも、消え失せる。

 もう、完全に、うんざり。

 昔はまだ「可愛いヤキモチ」と許せたものすら、どうせそれがすぐに「激しい嫉妬」になることを知ってるので、今はもう最初から、耐えられない。

 1人に絞って、疑われたり、束縛されたり、険悪になるのも無理。

 それくらいなら、自由に、遊びたい時に、遊びたい奴と遊ぶ。
 誰と何をしたって自由。相手も、初めからそういう関係だと納得していれば、問題も少ない。 

 お互い本気になったら終わりにするとの約束済みで、関係を始める。
 ――――……オレは、多分、セフレに本気にはならねえけど。


 色々経験してくるうちに、そんな関係が一番楽で、その形に落ち着いた。
 今は、かなり、楽。



 今は、お互い納得済みのセフレが複数いるし、一夜限りの相手と関係をもつこともある。

 何人か男にも手を出したのは、もともとそんなに抵抗がなかったのと、誘われることも多かったから。もしかしたら女よりは、嫉妬心が薄く、楽に付き合えるだろうかと、ちらっと思ったこともあったけれど、結局、男も女も、同じだった。

 男女ともセフレの関係が長くなると、たまに勘違いして、恋人になりたいと言い出す奴がいる。 そこには、束縛したいという想いが必ず入っていて、それゆえの「恋人」希望なので、もうその時点で無理。 

 最初の約束通り、すっぱりと断って、終わり。

 セフレが多いと聞くと、世間の奴らは、そういう目で見てくるけれど。
 それさえ全く気にしなければ、何の問題もない。

 彼女が居ても、浮気したり何股もかける奴も居る。
 最初から、楽しむことだけ共有する関係と断ってて、何が悪い。

 世間的に、どう噂されようと、別に大した問題でもない。

 見た目でも、人気バンドのヴォーカルってことでも。
 ……親が超金持ちってだけでも、勝手に人が寄ってくる。

 セフレでもいいと言ってくる相手は後を絶たないし、困る事は何もない。


 ――――……と、心底、思ってるのに。


 なんで、猫なんかに、お前もボッチなんて、言ったんだか。

 正直、少し、虚しい気がしてるのは分かってる。

 最初の頃は、まじめに付き合おうと思っていたし。
 自分に、そういう交際が普通にできないとは、思わなかった。

 でも、今度こそと思っても、毎度、見事なほどに同じ結末。

 今ではバンドも名前が売れて、人気が出てしまったので、余計。
 付き合う奴が、妬かないようになんてできる気がしないし、もう、試す気にも、ならない。

 今の関係は、自由で楽だし、いいとこどりみたいな感じもするし。
 この生活は、気に入ってる。

「――――……」

 抱き上げた猫を撫でると、ゴロゴロ喉を鳴らしてる。
 ふ、と微笑んだ瞬間。

 人の気配がして、振り返ると。
 そこには、1人の男が、ぽけっとした顔で立ってた。


「――――……誰。 なに、お前?」

 聞いても特に答えず、ぼーと見つめてくる。
 立ち上がって、何か用かと聞くと。

「なに、て…… あの……」

 そいつが声を出したら、抱いていた黒猫が顔を動かしてそいつを振り返った。「クロ」と呼ばれると、急に腕の中で動いて、ぴょんと飛び降りた。
 瞬間、その男は、嬉しそうに、ふわ、と笑った。
 寄って行って甘えてる黒猫を見ながら。

「お前の猫……じゃねえよな?」
 そう聞いたら。

「あ、うん。違うけど。たまにエサあげにきてて」

 そう言った。
 ――――……野良に、適当にエサをあげるのがどうなんだろうと咄嗟に思って。……別に関係ないから言わなくてもよかったのに。つい。


「――――……下手にエサとかはあげないほうが良いんじゃねえの」

 そんな風に言ってしまった。え?と振り仰がれて。さらに続けた。


「お前があげに来なくなったとき、困るのはそいつだろ」

 そう言ったら、そいつは、ぽけ、とした顔でオレを見つめて。
 それから、ふわ、と笑った。

 話を聞くと、黒猫を半分飼ってるようなコンビニのおばちゃん達と仲良くエサの話までしてから、わざわざここに餌をあげに来てるらしい。

 ……変な奴。

 そう、思って、立ち去ろうと思ったのだけれど。


「でも、そんな事、普通考えないと思う――――……優しいんだね」

 なんて言われて。
 ものすごく、まっすぐな言葉と視線に、珍しく一瞬、言葉が出なかった。


 関係のある奴に何かしてやったりすると、「玲央優しい」なんて抱き付かれたりする。「優しい」なんて割とよく言われて、聞きなれてる。

 ……のだけれど。なんだか、少し、違う。


 猫がエサを食べ終わったら。

「美味しかった?」

 明るい声で、楽しそうに言って。
 ふわふわと猫を撫でながら、すごく幸せそうに笑ってる。


 なんだか
 ものすごく――――……。

 一言でいうなら、おかしな気分になった。



 最初に見た時は、何の思いも興味も感じない、普通の男だったのに。



 至って普通の、素朴な感じの、何なら地味な、男で。

 全然好みのタイプでもなんでもなかったのに。





 ふわ、と笑った顔と

 猫に話しかける瞳と声、に。



 何かが、よぎった、としか言えない。





「なあ、ちょっと立って」

「え?」



 立たせて、目の前に来た、顔。

 位置的に、すごくキスしやすい位置。



「え、なに?」



 びっくりした、きょとん、とした顔を見ていたら。

 ――――…ますます、思った。



 キスしたら――――…どうなるんだろ。

 無邪気な顔、乱したら。どんな顔になるんだ?





 そう思ったら。

 思わず、言っていた。





「……キスさせて?」





 言うと、そいつは「え?」と、きょとんとして。

 少し待ったけど、拒絶はない。





「良い? 拒否らないなら、するけど」

「え、 え? なに――――……」





 顎に触れて、少しだけ上向かせて。

 ――――…触れるだけのキスをした。





 目を開けたまま。おとなしくキスされて。

 そのまま、じっと、見つめてくる。





「――――……なに……?」

「なにって……キス」



 そう返したら、真っ赤になって。けれど視線はそらさずに、ただただ、オレをまっすぐに見つめてくる。





 拒否られたら、やめよう。

 そう思ったのだけれど。拒否られる訳でもなく。ただ、じっと、見上げてくる瞳。



 一度、キスしたら。

 ……もっと、したくなって。



 自分でも不思議に思いながら。

 心の望むまま、唇に指で触れた。





「――――……口、少し開けれる?」

「……っ」





 触れそうな位近くで囁くと、すぐに、口を薄く開いてくれた。



 そんな、真っ赤な顔して――――……でも開けるんだ。

 ……面白ぇな。



 ふ、と笑ってしまう。そのまま、唇を重ねて。少し、舌を入れてみる。

 さっきキスした時から見開きっぱなしだった瞳が、ぎゅっとつむった。



 喘ぐ、というよりは――――……息がうまくできなくて、息を吸おうとして声が漏れる、みたいな。そんな反応に、キス、慣れてないのかなと思って。



「――――……抵抗、しねえの?」



 少し離して、聞いてみる。

 それでも、オレをじっと見上げて、抵抗は、しない。



 少しそのまま待って、それから、もう一度、キスした。

 了承なのだと判断して、深く、唇を重ねる。



 舌を絡め取ると。



「……っん……」



 しがみつくみたいにオレの服を握り締めてた手が、ぴくん、と震えた。



 ふ、と気付いて、少し目を開けて、様子を見ると。



「……っん……っ……ふ、っ……」



 上気した頬に、睫毛に涙が滲んでて。気持ちよさそうに、少し声が漏れる。

 はぁ、と、息を求めて少し離された唇に、顎を捕らえて、更に舌を捻じ込んだ。





「――――……ん、んん……っ」





 なんか――――……

 こいつ……





「…………ふ……っ……」





 ゆっくり、唇を、離すと。

 涙目のまま、呆然と、見上げてくる。





 ――――…何だかまた。 妙な感覚が、沸き起こる。



 なんだか、よく分からない。

 なんだこれ。





 自分の中の、よく分からない感情に、自然と、眉が寄る。





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