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◇出逢い

「離れたくない」*優月

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「……オレはもっと触りたいんだけど」

 すり、と頬から首に、触れられる。
 もう、いっぱいいっぱいすぎて、何も言葉が出てこない。

 
 心臓が、バクバク音を立ててる。
 耳まで熱くなって。

 何も考えられずに、頷いてしまいそう。


 でも、心は、ちょっと待て、と自分を止めている。


 噂、絶対本当だろうなー……。
 ……こんなところで、たまたま会った、オレなんかを、誘う位だし。

 ……セフレが、男女問わずいっぱい居て。
 束縛するのもされるのも嫌いだって。
 本気で好きになったら、重いからって拒否られるって聞いた気がする。
 
 オレ……多分、この人と、これ以上居たら。
 好きに、なってしまう気が、する。

 こんな強烈な感覚、初めてすぎて、よく分かんないけど……
 束縛とかよく分かんないけど、好きになったら重くて終わりとかだと、いつかきっと絶対当てはまる……。

 慣れてなくて本気になってしまいそうな、オレみたいな奴はきっと、こんな人とそんな事は始めない方が、良い。

 跳ね上がってる鼓動とは、正反対の遠い場所に居る冷静な自分は、そう、判断してる。


「……オレそもそも、男……」

「全然問題ないけど」

「オレ……無理だと……思う」

 何でだか、ものすごく小さく言ったオレを、何秒か見つめた後。
 彼は、オレに触れていた手を、そっと離した。


「――――…無理なら仕方ないな」


 その瞬間。
 ズキ、と、胸が、痛んだ。


 触れてた手が、離れて。
 唇から笑みが、消えて。
 一瞬、寂しげに、見えてしまって。

「――――……っ……」

 ぎゅ、と胸が締め付けられるみたいに、痛んだ。


「キスしてごめんな。忘れて」
「――――……っ……」

 
 ……寂しそう、なんて、
 気のせいかも、しれない。

 ……そもそも軽く誘ったオレに断られたからって、寂しいなんて思わなそうだし。だから、きっと、完全に、オレの気のせい、だ。
 それくらい、分かってる。

 でも……
 不意に、さっきの呟きも、その横顔に重なって。


 その瞬間、色んな噂とか、警戒とか、そういうのが全部掻き消えて。
 一瞬で、唐突に自分の中を占めたのは――――……。



「――――……待っ、て……」



 咄嗟に、彼の、手を掴んでしまった。




「――――……なに?」

 手を振りほどきはせずに、オレに掴まれたまま、彼は、振り返って。
 そして、まっすぐ見つめてくる。

 一度、逸らされた瞳が、また自分をとらえてくれた瞬間。

 ズキ、なのか、ドキ、なのか。
 痛みなのか、弾んだのか。
 分からないけれど、大きく動いた心臓が、早い鼓動を、刻む。


「……オレ」
「―――……?」


「オレ、あんたと……一緒に――――……居たい、かも……」
「……は?」


 言ってしまってから、本当にどうしよう、と思った。

 何でオレ、こんな人の、側に、居たいんだろ。

 しかも、寝れるかって聞かれてるのに、そばに居たいって、
 オレ、いったい、何言ってるんだろうと、自分でも、思うんだけど。


 でも――――……
 もし、良いと言ってくれるなら。
 寝ても、良いから。

 一緒に、居てみたい。


 このまま、離れたくない、と、思ってしまった。


 目の前の綺麗な瞳が、少し大きく見開かれて。


「……なに? 一緒に居たいって」
「――――……わかん、ない」

「……キスが、良かった?とか?」

 小さく、首を振る。
 違う。キスはむしろびっくりした分、マイナスだし……。
 超びっくりした、だけだし。 良かったとか……分かんないし。


「ていうか、忘れてって……そんな簡単に、忘れられないし……」
「――――……?」

「キス、忘れろって、言われても、無理……」
「……良くて??」

 不思議そうな顔に、ぐ、と言葉に詰まり。
 もう、だから、良くてとかじゃなくて……。

「だって……キス、初めて、だった、し」
「え」
「――――……」

 ……うう。そんな、びっくりしなくても……。
 と思う位。彼は、目を見開いて、じっと見つめてくる。


「……ファーストキスだったのか?」
「……うん」

「え、ほんとに?」

 驚いたような顔で、さらに確認されて、恥ずかしくなる。
 赤くなったオレを見て、「マジか……」と呟いて。


「――――……んーと。……それで?」
「……え?」

「……一緒に居たいっていうのは、なに?」
「――――……」


 なんて答えれば、良いんだろう。
 困っていると。


「……ていうかお前、ほんとにキス初めてだったの?」
「……うん」

 さすがにちょっとまずかったなーと、たぶん、思ってるんだろうな。
 少し困ったような、顔をしてる。

 少し、おかしくなってしまって。
 くす、と笑ってしまった。

「――――……? なに?」
「ちょっと、悪かったと、思ってる……?」
「――――……ん、まあ……」

 軽く握った手を、口に当てて、んー……と何かを考えてる。


「……お前、名前、なに?」
「……優月ゆづき。優しいに月って書く」
「優月、か。――――……オレ、玲央でいいよ」
「れお…」

 そうだ、「神月 玲央こうづき れお」だ。聞いたら思い出した。
 でも、口にするのは初めて。


「……なあ、優月」
「……?」

 じ、と見つめられる。
 ――――……優月、と、呼びかけられたことが。
 なんか、嬉しくなってる。


「――――……もっかい、キスする?」
「……?」

「……ファーストキス。ちゃんとやりなおす?」
「――――……」


 ――――……ちゃんと、キス……。
 
 じ、と玲央の顔を見つめてしまう。


 やりなおすって――――……。
 ……やりなおすなんて、できないけど。

 そんな、やりなおしてくれようと、するんだ。

 ふ、と思わず笑ってしまう。


「……別に、いい。やり直さなくて」
「ん?」
「……やじゃなかったから、殴んなかったし」
「――――……嫌だったら、殴ったの?」
「……当たり前じゃん」

 言ったら、玲央は、面白そうに笑った。

「――――……じゃ、やり直さなくていっか」
「うん……でも」
「……でも?」

「……玲央とキスは……したい気がする」
「――――……ふうん?」


 ニヤ、と笑った玲央の、悪戯っぽい表情に。
 ほんとになんで、こんなにドキドキするんだろう。

 男にドキドキなんて……今までは、欠片も感じたこと、なかったのに。


「……オレとしたいの、キスだけ?」
「――――……」


 だから本当に。
 なんて、答えれば、良いんだろう。



 と、その時。
 聞きなれない着信音がして、目の前の玲央が画面を見て、少しためらってから、電話に出た。


「もしもし――――……ああ、つか、もう着いてんだけど……ちょっと途中で……分かった、今から行くって」

 それだけ言うと、電話を切った。


「バンド仲間から呼び出し。練習だから、行かねえと……」
「あ……うん」


「……優月。キスしても、いい?」

 ぐい、と引き寄せられて。

 返事が出来ないまま数秒見つめあって。
 やっとのことで、うん、と頷いた瞬間。

 唇が、重なって。
 何度か、角度を変えられて、より深く重なってから。
 
 舌が、入ってきた。


「……っ……っ……」

 舌を絡め取られて、熱くなる。

「……っん、ぁ……」

 上顎をなぞられて、ぞく、として、声が漏れる。
 
 さっきしたキスと同じ。熱くて、激しくて。
 でも、優しい、キス。

「……っん、ん……」

 少しだけ離れて、ふ、と息をついた唇にまた、キスされる。

 ……好き、だなぁ、この、キス。
 ――――……他の人としたこと、ないけど。


 玲央のキスは……すごく、好きだと思ってしまう。
 ヤバい、なあ……。

 こんなに気持ちいいものなら。
 ずーっと、してたい、かも……。

 ゆっくり解かれて。瞳を、開けたら。
 最後にもう一度、押し付けられるように、唇が重ねられた。

「優月……」
「……?」

「月曜何限まで?」
「……えと……5限……」

「……オレと寝てみる気になったら、月曜の5限の後ここに来て。初めてなんだから、考えて決めろよ。それで無理なら来なくていいけど――――……」
「――――……」


「……優月」

 まっすぐ、見つめられて。
 名を呼ばれて。頬に触れられた。


「来いよな。そしたら、すっげえ優しくしてやるから」

 そんな台詞に、耳まで熱くなる。

 玲央は、ふ、と優しく笑って。
 ちゅ、と頬にキスして、優月を離した。


「じゃな」


 言って。
 嵐みたいなその人は、去っていった。


「――――……」


 姿が消えてから。
 力が入りっぱなしだった体が一気に脱力した。


 ぷしゅ。
 ――――……全身から空気が抜けていった気がする。


 フワフワ浮いてるみたいな気がする足でなんとかベンチまで歩いて、腰かけて。そのまま、頭を抱え込んだ。


 何だったんだ。――――……何だったんだ、この数分。

 ……ていうか。


 今の全部、玲央が言ったんじゃなければ。玲央がしたんじゃなければ。
 オレが、玲央を受け入れてなければ。

 もう……
 ……完全、変な人だっつーの……。

 玲央じゃなかったら……キスだって、しちゃだめだし。
 出会ってすぐ、キスとか……絶対、無いよね……。

 ていうか、たとえ玲央だって、だめだと思うけど……。

 でも多分……オレが、少しも、拒否らなかったから、
 ――――……続けたんだと、思う、けど……。


 玲央の世界では――――……あんなのが、当たり前なのかな。




「クロ、どっかいっちゃったな……」

 いつからいなくなっちゃったんだろ。
 それすらも気づかなかった。


 玲央のことしか、見ていられなかった。


 オレ、どうしたらいいんだろう――――……。
 ……関わらない方がいいって、分かってはいるんだけど。



 時計を見ると、12時半。
 ――――……まだ、智也と美咲、学食に居るはず。


 幼馴染たちの顔が、ぱ、と浮かんで、早足で、歩き出した。


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