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4.キレイ
しおりを挟む――――……相変わらず、ほんまキレイやなぁ……。
立っているだけなのに。
そこだけまるで、絵から抜け出たみたいな。
中学ん時の葵はまだ可愛ぇ感じやったけど。
高校辺りから、よくキレイと言われるようになって。
……本人、まったく気に留めてなかった気がするけど。
というか、「キレイ」を嫌がっていたっけ。
「あのさ、オレさぁ……」
そんな事を考えていたオレに、葵は、小さく呟いた。
「……ん?」
葵をまっすぐ見つめると。
葵は、桜から視線を外して――――……オレを見て、ふ、と笑った。
「――――……お前と 桜、見たかったんだ」
言って笑った葵は、本当に、とてもキレイで――――……。
けれど。 何だか、そのまま消えてしまいそうな位、静かで。
立ち位置的に、背景に桜と月を背負っているからか。余計に儚く見えて。
「――――……ッ……」
オレは葵に歩み寄って。 肩に手をかけて、顔を覗き込んだ。
「……大和……?」
「何やねん……何かあったんやろ? 言うて?」
葵は一瞬黙って視線を外す。
「葵?」
「――――……」
葵は、はぁ、とため息をついて。そっとオレの腕を離させると、桜の木の下にすとん、と腰掛けた。
そして無言で、自分の隣をぽんぽんと叩いて、オレに座ることを促す。
「――――……」
やっぱり何かあったんやな、とますます心配になりながら。
オレは隣に腰掛けて。葵を見つめた。
「……引くなよ?」
しばらくしてから、葵から出た言葉はそれだった。
「……は?」
「今から言う事――――……引くなよな?」
「あたりまえやろ。……変な心配せんと、早よ言うて? めっちゃ気になんねん」
葵は、ふ、とため息を付いて、オレから視線を逸らした。
「……昨日さ……オレ、いきなりキスされてさ」
「――――……」
意外といったら良いのか――――……。
まったく考えていなかったその単語に、一瞬呆ける。
少しして、は、と気を取り直して。
「キス? ……誰にや?」
「……先輩、なんだけど……」
「……されたって、無理矢理って事なん? すごい女が居るんやな」
ちょっと呆れたオレに。
「……おとこ」
「…………は?」
葵は、膝を抱えて座っていたが、そこに顔を埋めてしまった。
「……男だよ」
「――――……」
しばらく何も言う言葉が思いつかない。
顔を隠したままの葵の腕を掴み、無理矢理自分の方へ向ける。
「……ッはあ??……アホやないか、お前!」
いきなり、そんな言葉が勝手に口をついて出た。
言った瞬間、葵は眉を寄せて、オレから少し顔を引いた。
「……っそんな言い方しなくてもいいじゃんかっ」
そんな風に言い返してくるが。全然収まらん。
「何で男にそんな事させたんや?」
「させたっていうか……いきなりで。……部活の先輩、免許取ってからずっとドライブに誘われててさ。横のってくれよって言うのを、さすがに一年断ってたからさ。じゃあ一度、って言って、ご飯食べて、車で送ってもらって、降りようとしてたとこでいきなりで……」
「………もー、アホか、油断しとるからいけないんやろ?」
オレの表情に、葵は眉を寄せて、むー、と唇を引き締めてる。
「ていうか、油断も何も……男の先輩相手に、何でオレが警戒しなきゃいけないんだよっ」
「オレは前から変な奴には気ぃつけやって言うとったやろ」
「……それ冗談じゃなかったのかよ?」
「冗談でんな事言う訳ないやろが」
「つか、そんなの冗談だと思うだろ、オレ、男なんだし」
ああ、もう。
――――……前からそうやった。
自分が、男女問わず、人を惹きつける位キレイとか全然分かってなくて。
遠回しに言っても、全然聞いてないし。
「……っ男でも、そんなキレイなんやし、危ないて言うてたやろ?」
オレがはっきりそう言い切った時。
葵が、え、と動きを止めた。
「……? 何や?」
「――――……キレイって……何。」
「――――……」
……あー。オレ。
キレイっていうのは。
初めて言うたかも……。
完全に、勢いで。
「――――……せ、やかて……キレイ、やろ。お前」
「……意味わかんない……」
「――――……」
「――――……」
二人で、しばらく、黙る。
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