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18.忙しいって
しおりを挟む一人ならあんな高い店で買い物しないかなーと思う。
なんか瑛士さんが来るものだから、なんとなく、美味しそうと思うものを、かなり高いけど、と思いながら買ってる感じ。
それにしても、不思議。
「瑛士さんて忙しいんじゃないんですか?」
「忙しいよ?」
「……」
んん? と思って、一瞬会話が止まったオレに、瑛士さんはふ、と微笑んだ。
「朝も夜もご飯食べに来るから、暇なんだと思ってる?」
「……うーん……まあちょっと?」
クスクス笑ってしまうと、瑛士さんは、ブンブン首を振ってる。
「ここに来るために、そのほかのことを超急いでんの。分かる?」
うーん、分かるような分からないような……。
ご飯をよそって、テーブルに並べていく。
「――瑛士さんて、きっと美味しいもの、たくさん食べてますよね?」
「まあ、そうかもね」
「オレの、この至って普通なごはんより美味しいもの、めちゃくちゃ食べてきてますよね?」
「うーん……」
あれ、即答しない。
「美味しいものは食べてきてるけど……ほっとする味って、なかなか無いと思わない?」
「――ほっとするんですか?」
「うん。ほっとする」
「……そうですか」
ほっとする味、か。なるほど。
全部よそい終えて、瑛士さんも運ぶのを手伝ってくれて、準備が出来てテーブルで向かい合う。
「いただきます」
瑛士さんがちゃんと手を合わせて、食べ始める。
「瑛士さん、いただきますとごちそうさま、手を合わせてくれますよね」
「――うち、ばあちゃんがそういうの厳しくてさ。子供の頃、わーはらへったーいただきまーす! とか言って食べ始めると、手を叩かれた。座り直し、挨拶しなおし、ちゃんと座って食べろ、みたいな。でも子供だから、そのたび忘れて、怒られてたけど。まあでも、だんだん、ちゃんとするようになったかな」
「おばあちゃん、一緒に住んでたんですか?」
「いや、一緒には住んでないよ。オレ、親の海外赴任とかにもついてってたし。ただ、母さんの体調がね、悪くなってからは、じいちゃんちに居た時もあって」
クスクス笑いながら、瑛士さんが「おいしい」と微笑む。
「凛太のこの味って、お母さん譲り?」
「そうですね。料理とか家事は母に習いました。体が弱くて、寝てることも多かったので、せめてご飯と洗濯と掃除が、オレに出来れば、なんとか生きていけると思って」
「料理が上手な人だったんだね」
「なんか、習いに行ったみたいですよ、父に言われて……? だったかな。そんなこと言ってたような。レシピノートがあって、まだ持ってます」
「そっか」
「まあでも、味付けとかは大分、自分の好きな感じに変えちゃってるかもしれないですけど、だしの取り方とかは守ってます。おいしいので」
「うん、めちゃくちゃ良い香りだよね。ほっとする」
「ほっとするほっとするって……瑛士さん、お疲れですか?」
「そうだねぇ。まあ疲れてはいるかも」
ふ、と微笑む瑛士さん。
「ちゃんと寝てくださいね? 睡眠だけは削っちゃだめですよ?」
――よく考えたら、オレ、もう夜しか働けないなあって思って、睡眠は削らずに効率よく仕事するために、あのお店に行こうかと思ったような。瑛士さんに会わなかったらオレ、今頃、どんなお仕事してたかなあ……?
よく考えたら、そういう経験もないのに、どーやって何をするつもりだったんだろう。
話、聞きに行かなくて良かった。追い出されたかもしれない……。
ふ、と思わず苦笑してしまうと、瑛士さんはオレを見て、ん? と首を傾げた。
「何笑ってんの?」
「んー……オレね、瑛士さんに会わなかったら、今頃どうしてたかなあって思って」
「――あの店、入ってた?」
瑛士さんがちょっと眉を顰めて聞いてくる。けど、なんか、もこもこいっぱい食べてはいる姿にちょっと笑ってしまいながら。
「今ふと思ったんですけど――特別、経験もないのに、オレ、あの店でどうやって働くつもりだったんだろうって思ったら、なんか、もしかして、店追い出されてたかなあとか……」
瑛士さんは、ん、とオレを見つめた。
「凛太は、そういう経験――全然ないの?」
「あ、はい。言わなかったでしたっけ?」
「うん、なんか言ってたけど。ちょっと掠るくらいのも、ないの?」
「掠る?」
「キス、ちょっとだけ、とか」
「キスちょっとだけって、どういう状況なんですか……?」
真顔で聞いてしまうと、瑛士さんは、ふ、と笑う。
「じゃあ、本気でファーストキスから始めるんだ」
瑛士さんはそう言ってオレを見つめて、「もうなんか、天然記念物なみに、大切にしたいねぇ」と微笑む。
「めちゃくちゃ素敵なとこで、ファーストキス、してほしいな」
なんだかキラキラしてる瑛士さんに、ぷぷ、と笑ってしまう。
「瑛士さんの初めては?」
「小一で隣の席の子に奪われた」
「うわー。可愛い……けど、大変ですね、モテモテで」
「まあ……そう、かな」
微妙な返事に、クスクス笑ってしまう。
「凛太、海で夕焼けバックに、とかがいい?」
「えー……考えられないですね。オレ、しないで生きてくかも?」
「それはちょっとだめかな。オレは、凛太に、恋して幸せになってほしいな」
「うーん……一応考えておきます」
クスクス笑いながら、みそ汁に口を付けた瑛士さんは。
「――おいしすぎる」
じんわり味わってる瑛士さんに、ふ、と笑ってしまったところに。
玄関が開いて、「瑛士さーん!! いますかー! って居るよね、この靴……おじゃましまーす」と楠さんの声。
数秒後入ってきた楠さん。
「ちょっと目を離すと消えてるんですから……! 十九時半に出発だと伝えましたよね?」
「もう本当すぐに、帰ろうと思ってたよ」
うーん……忙しいのは本当みたい。
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