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15.けたちがい
しおりを挟む「あの……とにかく、譲渡はやめてもらっていいですか? 結婚してるように見せるっていうのは分かるので、使わせてもらおうとは、思うんですけど」
そう言うと、瑛士さん、「あ」と声を出した。オレをじっと見つめてから、「あ、そういうことか」とほっとしたように言う。
「契約が、無理なんじゃなくて、この部屋をあげるのが嫌ってこと?」
「? はい。そうですけど」
「――驚いた。やっぱり無理って言われたのかと思った。ちょっと真っ白になっちゃったよ」
クスクス笑って瑛士さんが、オレを見つめる。
「そんなに嫌なら、譲渡はしないけど……でも、そのかわりに、何か、したいな」
「んー……でも」
「でも?」
「ここに住ませてもらえて、バイトしないで勉強できるだけで十分です」
はっきりそう言うと、瑛士さんは、くす、と笑った。
「いいこと思いついた。――君の学費。オレが出すよ。結婚するんだから、不自然じゃないでしょ?」
「ええ……いいんですか……? 医学部の学費、高いですけど」
「大丈夫。ここの値段に比べたら全然だし。そしたら、お父さんに世話にならなくて、すむんじゃない?」
ええ……いいのかな。
うーん……。
「基本、無理を言ってるのはオレだから」
瑛士さんがにっこり笑う。
「じゃあそっちも、もうちょっとゆっくり考えさせてもらって……とりあえず、有村さんに、譲渡の契約しないって、伝えてもらえませんか?」
「えー……ほんとにいいの? 契約終わった時、オレが買い取れば、君にまとまった額を渡せると思ったし。万一、三年以内にオレに突然何かあっても、それを誰かに売ってくれたらいいなと思ったんだけど……」
困ったなぁ、と瑛士さん。いや、困るのオレだから。
……いくらなんだろう、ここ。
金銭感覚が、多分、オレとは、全然違うのだと思う。
父も、違うと思ってたけど。――桁違いなんだ、きっと。
なんかそわそわしてしまう。
あんな風に、Ω専門のあやしいお店で、いくらかを稼ごうとしてたオレも居て。実際、働いてる人も、きっと居て。……こんな部屋を、使わずに持ってて、簡単に譲渡とかしちゃえる人も。
世の中って、ほんと――平等じゃないなぁ……。
「じゃあ……もうすこし、他でなにか、考えるね」
「はい」
うんうんと力いっぱい頷くと、瑛士さんは、苦笑い。
「――怖いって、思っちゃった?」
「……あぁ、えーと。怖い……もしかしたらちょっと言い方違いますけど……でも、オレが持つにはちょっと、重すぎるかなっていう……」
「そっか……」
「瑛士さんには、いつもの世界で、もしかしたら、大したことないことなのかも、知れないんですけど」
そうだよね、だって、さっき、楠さんと有村さんも、マンションの譲渡について、何も言わなかった。
……てことは、とりあえず三人にとって、そこまで、騒ぐほどのないこと……なんだよね。きっと。
「あの……契約はしますけど。住まわせてもらいますし。勉強する環境だけありがたく受け取ります。父のお金、あまり使わずに返せそうなのも――すごく嬉しいです」
「――……ん」
瑛士さんは、微笑んで、オレを見下ろす。
「なので、なるべくちゃんと、奥さんのふり、がんばるので。よろしくお願いします」
「うん。――よろしく」
くす、と笑って、瑛士さんは、右手を差し出した。
オレよりも随分大きな手に、ぎゅ、と握られて。
――視線を合わせて、笑い合った。
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