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第四章
36.「本当にいやなこと」*真奈
しおりを挟む「――変な顔してるな?」
俊輔がオレを見て、少し考え風で、そんな風に言う。
「……変な顔って?」
「自分で分かってるんじゃねえの?」
俊輔は電気を消してオレに近づいてくると、ベッドの端に腰かけた。
「――――」
何も言わない俊輔に、オレも何も言えずにいると、「真奈」と呼ばれて、腕を取られた。そのまま、俊輔の腕の中に入って、ベッドに横になる。
しぱらく、黙ったまま。
「――――何考えてる?」
すぐ近くから、俊輔の静かな声がする。
「……なんか、よく分かんない」
「――――……」
しばらく、返事がないし。オレも言葉が出ないし。
……なにか言った方がいいかな。
でも……オレ、いつまでここにいる? とか聞くのも、変だよね。きっと分かんないだろうし。ていうか、俊輔が、オレのこと、居なくていいと思った時が、オレがここを出る時、なんだろうし。
そんなのきっと、俊輔にも、分かんないだろうから、聞いても無駄なんだろうなって、思うし。
――――なんかオレって、俊輔のところに来るまでは、思ってたこと、隠したり、言わなかったりすることは無かったような気がするんだけど。飲み込むことが増えて、それに慣れちゃってたなぁ。あんまよくない変化だと思うから……これは、直したいけど。
そう思いながらも黙っていたら、俊輔が、ふ、と笑ったような気がした。
「……?」
気のせい? 思わず顔を見上げると。
小さなルームランプの中で、俊輔がちょっと可笑しそうに笑ってる。
「同じだと思う」
「……え?」
「オレも色々よく分かんねぇから」
「――――……」
何が? と思ってると、動かされて、枕の上に仰向けにされたオレを、上から腕で囲った。
俊輔をただ、まっすぐ見上げる。
――――ほんとに、顔。整ってるなあ。こんな綺麗な顔した人、いるかな、と思ってしまうくらい。
……出会った当時は、整ってるからこそ余計に、死ぬほど怖かった。
なんかもう、この綺麗な冷めた瞳からは何も読み取れず、ほんとに何考えてるか全然分かんなかった。
……今も、何考えてるかは、分からないんだけど。
まっすぐ、俊輔の瞳を見つめ返していると。
俊輔は、ニヤ、と笑った。
「真奈」
「……うん」
「――――オレは、お前を無理矢理ここに連れてきただろ」
「え。……あ、うん……」
なんだかものすごく答えにくいながらも、頷くと俊輔が続けた。
「それでお前は逃げただろ」
「……うん」
「――――凌馬が逃がすと言っても、それでも、ギリギリ、ここに戻ることを選んで、帰ってきてくれたから」
帰ってきてくれた、という言い方が何だか、嬉しくて。
……ん、と頷くと。
「分かんねえこと、たくさんあるけど」
「……」
「……とりあえず少しずつ、クリアしてくつもりだから」
「……ん」
「何か嫌なことがあったら、言えよ」
「……うん」
嫌なこと。
多分俊輔が想定してる「オレが嫌がること」とは、かけ離れてるんだろうなと、なんとなく感じる。
今オレが考えてる、本当に嫌なことは、多分。
ここから追い出される日は、いつだろう、とか。
――そういうのだって、言ったら、俊輔は、何ていうかな。
かなりドキドキ。言ってみようかなと、一度、きゅ、と唇を噛みしめたら。多分何か勘違いしたみたいで。俊輔は、オレの上からずれて、隣に寝転がると、オレを引き寄せた。軽く、肩に手を置いて、「とりあえず、明日も早いから。寝ようぜ」と呟いた。
「明日も図書館でやるか?」
「……ぁ、うん。パソコン、持っていって打ち込んで、終わるものから終わらせてくるね」
「じゃあまた迎えに行く」
「……ありがと」
頷いて、そのまま瞳を閉じていると。
――――……ゆっくりと、眠気が襲ってくる。
……こんな風に近くに抱き寄せられて、毎日眠れちゃうのは。
やっぱりオレは、俊輔のことが怖くはないし、むしろ、なんか、安心してるってことだと思うのだけれど……それは、俊輔には、伝わってないのだと思う。
……言わないと。
そう思いながらも、思考がだんだん霞んでいって、何も、言えないまま、眠りに落ちていた。
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