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第四章

2.「うんしか言えない」*真奈

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「はー……」
 
 気持ち良い。
 ……熱がようやく下がって、やっとシャワーを許された。
 
 何日ぶりだろ。体を拭いたりはしたし、西条さんに、髪だけ洗ってもらったりはしてしまったんだけど。
 やっぱり、普通に浴びる熱いお湯が気持ち良い。
 さっぱりしてバスルームを出る。
  
「……」
 
 まだ昼間。さっき昼ご飯を少し食べた後に、医者が来てそこでシャワーを許されたのだけれど。
 こんな時間にシャワーを浴びて、ぼーっとしてるとか……変な感じ……。

 ソファに座って髪をタオルで拭きながら、ぼんやりと外を眺めた。
  
 ……オレ、ここに帰ってきて何日経ったのかな。
 最初の何日かは、熱と薬のせいでほとんど眠ってて、日にちの感覚がなくて、よく分からない。

 夜中に目が覚めると、いつも、俊輔に抱きしめられていた。
 少し動くとすぐに目覚めて、名を呼んでくる。返事をすると、額に触れられて熱を確認された。
 
 飲み物を渡してくれる以外特に何かする訳でもないし、オレも、何かしてもらいたいことがある訳でもない。

 だけど、ただひたすら、心配してくれているのは伝わってきて。
 ……今、大事にしてくれているらしいことは、嫌と言うほど、分かった。
 
 今までの俊輔が嘘みたいで。
 今の俊輔が、現実とは思えない位。

 あれからの俊輔は、穏やかだった。
 
 
『今日は熱、今まで程上がらねえな……?』

 昨日の夜目覚めた時、俊輔がそう言って、ほっとしたように息をついた。
  


「……調子……狂う、なぁ……」

 思わず、声に出てしまった。
 
 ……抱かれることもない。
 ひどいことを言われることもないし、嫌な想いをすることもない。
  
 どう接したらいいのかよく分からないまま日々を過ごしている感じで、逆に少し憂鬱になってきた。
 思わずため息を付いた時。
   

「……?」
 
 何かの音が聞こえた。 
 その音の鳴る方を探してたどり着くと、カウンターの上に置いてあったのは、スマホだった。
 
 俊輔のじゃない。色が違う。

 ……変えたのかな? 
 ……でも昨日見た時は、前のやつ使ってたよな……??

 迷っている間に一度切れた。何となくスマホを手に取ったまま立ちつくしていると、再び鳴り始める。
 
 
「……もしもし?」
『真奈?』
 
 聞き慣れた声。
 
「俊輔……?」
『そのスマホ、お前にやる。持ってろ』
「え?」
『やるから、持ってろ』
「……うん、分かった……」
『……具合は?』
「え?」
『熱は? 上がってねえか?』
「あ、……うん。 今、シャワー、浴びてきた」

『そうか。食いたいもん、何でも良いから食えよ。和義か、居なかったら連絡してこい』
「……うん」
 
『熱下がったからって無理すんなよ。食ったら寝てろよ』
「……うん」

『何かあったら、今出てた番号に電話しろよ』
「……うん」

『―――……じゃあな』
「うん…………あ」

 
 ありがと。

 言おうと思って声を出した時にはもう、通話が切れていて。
 しばし、そのスマホを眺めてしまう。

 途中から、うん、しか言えなくなったのは。

  
 やたら、俊輔の口調や言葉が優しすぎて。
 ……ついていけなかった、から。
 


 ……なんかもう。

 本当に、どうしたらいいか、分からない。 



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