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第三章

23.「もう少し」*真奈

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 オレが助手席の後ろに移動すると、俊輔も乗り込んでくる。

「和義、さっきの全部嘘だった。凌馬は、倒れてる真奈を見つけただけだって」 

 そう言った俊輔に、振り返った西条さんが、ほっとしたように笑んだ。
 
「真奈さん、具合は大丈夫ですか?」
「……西条さん……すみません」
 
 ものすごく恐縮して、謝罪の言葉を口にすると。
 
「私に謝る事はないですよ。ご無事で良かったです」
 
 穏やかな声で言って微笑んで見せてから、西条さんは前を向いてハンドルを握った。運転を始めたので、オレはそれ以上は話しかけられないまま、俯く。
  
「――――……」
 
 座り心地が良すぎるくらいの背もたれに、埋まっていたけれど。 
 車が走り出してすぐに、俊輔に腕を掴まれた。
  
「……?」
 
 そのまま背を付ける形に、引き寄せられる。ゆっくり横にさせられて、思わず俊輔を見上げた。
 
「……横になってた方が楽だろ……?」
 
 俊輔が言ったその後、信号で車を止めた西条さんがほんの少しだけ振り向いた。
  
「若、後ろに毛布があります」
「ああ」
 
 西条さんの声に返事をして、俊輔は腕を伸ばして毛布を手に取ると、オレの上にふわりと掛けた。
 
「……あり がと……」
 
 言った言葉に返事はなかったけど、そのまま、する、と頬に触れられた。
 
「……他の奴にヤラれたなんて凌馬が言うから……」
 
 それきり黙ってしまった俊輔に、何とも返事が出来ないまま、暖かい感覚にぼんやりしていると。
 
「……絶対、見つけだして始末してやるつもりだったんだけどな」
「……あの……冗談でも…… 怖いんだけど……」
 
 思わず言うと、俊輔は、オレを見下ろして、ふ、と笑った。
  
「別に冗談じゃねえけど」
「だから……怖いってば……」

 言うと、俊輔は、ふ、と笑んで。
 無事だったからしねえよ、と言った。

 ……無事じゃなかったら何したんだろう。
 …………よかった、オレ、無事で。なんて思ってしまった。


「…………」
 
 さっきは、謝ってくれたりして、ちょっとだけ殊勝な感じだったのに。
 いつものこんな感じかと思うと……なんか…………可笑しいって変かな。
 ……でも俊輔らしくて。ずっとあのままだと気持ち悪いし。
 

「そういやお前、逃げ出すのに、何の荷物も持ってねえのか?」
「――――……」
 
 うん、と頷くと、俊輔が少し呆れたような顔をした。

 だって、特別何も必要なかったし。そんな時間もなかったし。
 お金借りたから、もう全部買えばいいやと思ったし。
 ……まあそれに、あまり、細かいことまで考えていなかったし。
 
 ……あ、そうだ、お金のこと俊輔に……言っていいのかな。
 そう思った時、ちょうど俊輔も同じことを思ったみたいだった。
 
「梨花から金渡されたんだって?」
「……」

 ……聞いてたんだ。……てことは。
 ……どんな話になってるんだろう。俊輔は全部知ってるってことかな。
 まあ、でも、そっか、梨花以外に、オレがあそこから出れるはず、ないから、知ってるんだ。

 一人で納得してると。


「これに入ってるのか?」
 
 俊輔が近くに置いてた鞄を手に取る。

「うん。オレが家を出るならって、持たせてくれたんだけど……」

 少し体を起こして通帳等を取り出してから、俊輔に渡して良いものなのか悩んでいると。
 
「……これは預かる」
「……ぅん」
 
「あとで返しておく」
「……ん」

 頷きながらも、少しため息。
 
 これ、返したら――――…… 激怒するんじゃないかな……。
 なんか……さすが親戚……というのか。何か、少し似てる気がする……。
 



 そんな風に考えて、ふ、と短い息をついた時。
 
「梨花は、明日には家に帰らせる」
「……」
 
「気にするな」
 
 ……気にするなって言われても。
 あれだけ嫌がられて変態呼ばわりされて、しかも逃げたその日の内に舞い戻って……なんて、とても顔を合わせられない。というか、できればもう二度と会いたくないし、気にするなって……無理なんだけど……。
 
「……真奈、ちゃんと横になってろ」
「――――……」
 
 また少し引っ張り寄せられて、俊輔に寄りかかって座っているというよりは、ほとんど、膝枕されてるみたいな形になってしまった。
  
 
 こんなに立てなかったり、傷が痛かったり、とにかく具合が悪いのも。
 ……梨花のこと、だって。
 
 ……全部、この人が原因なのにな……。 
 
 俊輔の顔を見上げて、そんな風にも、思う。
 
 
 だけど。
 
 
 ……だけど。
 
 何だか、伝わってくる俊輔の体温が、暖かくて。
 横になったままの目に映る外の明かりを、ただぼんやりと、何となくあったかい気持ちで、眺めていた。
 
 すると、俊輔の手が、さらさらと、前髪を掻き上げて、そのまま頭を、すう、と撫でた。
 
 
 
「……熱高いし、寝てろ…… 着いたらベッドまで連れてく」
「……うん……」
 
 
 
 素直に頷いて、瞳を伏せた。
 
 
 ……今回の件でいっぱい色々なこと、思ったけど。
 今オレが、ここまできて、結局思ってるのは……。
 
 
 
 オレにとって、俊輔は――――……たくさん酷いことされてきたのに……でもやっぱり。
 単なる「極悪非道の鬼畜の変態」とかじゃなくて。
 
 憎んでも居ないし、大嫌いだとも、思えないでいる、ということと。
 

 
 俊輔は、オレのこと。少しは大事に思ってくれてるんじゃないか、ということ。
 ……こんな人が、あんな風に謝ってくれる、位には。 
 
 
  
 それから。もう少し、俊輔のことを知りたいなとか。
 ……もう少し、話せるようになるといいなとか、思ってるオレが、居るみたいって、こと、かな……。 
 
 
 
 そんなことを思いながら。
 いつの間にか、眠ってしまっていた。





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