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第三章

15.「憎んでは」*真奈

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「……憎んでは……ない……です」
 
 オレの口にしたその言葉に、凌馬さんは意外そうに、へえ、と呟いた。
 
「良いのか? ……逃がしてやるって言ってんだぜ?」
「……」 

 答えられずに居ると、凌馬さんは少し笑んだ。
 
「……俊輔は……怖い、ですけど……」

 不意にあの夜の事を思い出した瞬間、辛くて、思わず眉を顰めてしまったけれど。その後、小さく首を横に振った。
 
 俊輔の事は、怖い。それは、嘘じゃない。
 怖くないなんて、ある訳がない。
 
 だけど。……憎んでいるか、嫌いか、と聞かれて。
 即答出来ない時点で、オレは……。
  
「憎んでは……ないと、思います」
  
 自分の言葉に、自分でも戸惑いながら。
 けれど、やっぱりそうとしか思えないので、まっすぐに伝えた。
 すると、凌馬さんはニヤリと笑うと……オレを良い子良い子と、撫でてきた。
 
「じゃあ……分かった。 オレこれから、嘘付いてくる」
「……うそ?」
 不思議に思って、立ち上がった凌馬さんを見上げると、ふ、と少し楽し気に笑った。
 
「その嘘で、俊輔が心配して飛んできたら、とりあえず今回は帰ってやれよ。あの屋敷出たいなら、ちゃんと俊輔に認めて貰ってからでねえと、真奈ちゃんこの先どうすんだよって話だろ? まさかずっと見つからないように逃げ隠れる訳にもいかねえもんな」
「……」
「心配して飛んで来ねえんなら、オレが責任もって俊輔を止めてやるよ。大体あいつは、ほんとなら男を囲ってるなんてマズイ立場なんだからよ。和義さんに頼んででも、止める術はあると思うんだよな……」

「あの……嘘って……何ですか?」
 凌馬さんを見上げると、今度はとても楽しそうに、ニヤリと笑った。
 
「それは任せろよ」
「……はい」
 
 その笑みには、かなり俊輔に似たものを感じて。
 とんでもない嘘を付きそうな気がして戸惑うのだけれど、今この人以外に頼れる人もなく。 
 仕方なく、頷いた。
  
「オッケー。んじゃ、電話してくるわ」
 
 ……凌馬さんが消えて数十秒。
 ソファに横になって、あれこれ考えていたオレはなんだか急に怖くなってきて、起き上がった。
 
 どんな嘘つくのか知らないけど。
 たとえ、怒ってなくて心配して来たとしたって……。
 あんな鬼みたいな俊輔に会ったまま逃げてきた後だと。……やっぱり、次に会う時が死ぬ時な気がする……。

 たとえ、本当に一生逃げる人生になったとしても、逃げた方が良かったんじゃ。何なら海外で暮らすとか。
 何だか思考は支離滅裂なものになっていく。

 それが分かって、一旦、首をぶるぶると小刻みに振って、思考を止めた。
 
「――――……」 
 
 ……ああ、やっぱ、すっっっっごい、怖いな……。
 ……ていうか、怖くない奴なんか居るのかな。
 あんな類の痛みと怖い思いして、その相手を怖いと思わない奴なんて、居ないよね。

 どうしよう。
 今ならまだ間に合うかな。凌馬さんに言って、逃がしてもらう……?
 
 実際に俊輔と会うのかと思ったら、嫌なドキドキで苦しくなってきた。
 掛かっていた毛布を剥いで、床に足を着いた瞬間。ドアが開いて凌馬さんが入ってきた。

「あ」
 凌馬さんの姿を認めた瞬間。がく、と膝から力が抜けて崩れそうになって。
 
「オイオイ、何してんの」
 駆け寄るように側に来て支えてくれた凌馬さんの腕にすっかりはまってしまった。
 
「……立てねえ?」
「す……すみません……」
「いーけどよ。トイレか?」
「……」

 ぷる、と首を振ると、「じゃあ寝てな」とばかりに、もう一度ソファに寝かされた。
 
 ……歩けないって、何なのオレ。
 生まれて初めての、ここまでヒドイ体調の時に、何でオレ、逃げ出してきたんだっけ……。
 って、ああ……そっか。
 梨花が、逃がしてやるって……まあ、追い出された、というのが正しいのか……。

 ……せめてもう少し回復してからにすれば良かったよなぁ……
 そしたら、あんな所で倒れることも、凌馬さんに捕まることも……。
 
 ……捕まる、ていうのは正しくないか。
 ……これで俊輔に……もしも、普通に会えるなら……。
 凌馬さんに会えたことを、良かったと思えるかもしれない。
 
 一生、自分は逃げた、と思いながら生きていく。
 そんな人生を送らなくて済んだと、思えるかも。
 
 

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