75 / 136
第三章
13.「取引」*真奈
しおりを挟む凌馬さんがふと気付いたように立ち上がって、机からペットボトルをもってきてくれた。
「水、飲めそうか?」
「……はい」
ゆっくりと体を起こすと、ペットボトルのキャップを開けて、渡してくれる。強そうで一見怖そうだけど、優しい人なんだろうなと思う。
水を飲んで、ふ、と息をついたら、凌馬さんもため息をついて、また横に座った。
「……何が、あったンだよ?」
「……」
「俊輔が真奈ちゃんに、そんな真似すんなんて、さ」
「……」
何が? ……拒否したことがそれにあてはまるのかな……。
「真奈ちゃんにそんな、傷つける程縛り上げるなんて、何かなきゃありえねえだろ」
「……もう、嫌だって……言って……」
「言って? そんで?」
そんで? と言われても。別に続きがある訳でもなく。
「……それだけです……けど……?」
続きがないとマズイのだろうか? そう思いながら答えると、凌馬さんは呆れたような表情を見せた。
「そんだけ? ……今更嫌って言われた位で、そんなキレたのか?」
そんだけって……そんなこと、オレに言われても。
確かに、あの時、元々苛々はしてたんだと思うけど……。
曖昧に頷くと、目の前の凌馬さんの顔が少し歪んだ。
「……にやってんだ、アイツ……」
大きなため息に、特に何も言えない。
「……そんで真奈ちゃんは、何で泣いてたの」
「……」
「痛いから泣いてるってな感じじゃないだろ?」
「……自分でも……良く分からないです」
首を傾げながら、何とかそう答えると。
「……ふうん……」
再び大きな息をついて、凌馬さんは前髪を掻き上げた。
「……さて。どうしようかな。……オレは、アイツの一応親友なんだよな」
「……」
「真奈ちゃんが逃げたなら本当なら真っ先に教えてやんなきゃいけないんだ、とは……思うんだけど……」
「……」
それも、凌馬さんの姿を見た時から覚悟していたことだったのだけれど。
俊輔を思い起こすと、唇を噛みしめていないと、震えてしまいそうで。
思わず俯いたオレの頭を撫でて、降り仰いだオレに苦笑いを浮かべた。
「……だけどなあ……こんな姿見ると、なんかそれも出来ねえ訳。さて。どうしたら良いかね?」
どうしたらいいかなんて言われても、逃げ出してきてしまった今となっても、自分がどうしたら良いのかすら分からない。
「……もう俊輔の側には居たくないか?」
「……」
微かに戸惑いながらも、小さく頷いたオレに、凌馬さんは困ったような顔をした。
「真奈ちゃんは俊輔と取引したんだよな?」
「……?」
「真奈ちゃんが俊輔のモノになるかわりに、アイツは誰かを助けたんだろ? オレは確かそう聞いたけど。違うのか?」
凌馬さんのその言葉に、しばし考えて、小さく頷いた。
確かにあの時、秀人のことを助けてくれて、多分オレのことも助けてくれた。……そのかわり、全部の生活捨てて俊輔のところに、なんて、そんな要求だった。確かに、取引と呼べるものだったかもしれない。
「……とはいってもな。こんな事する今のあいつんとこに真奈ちゃん返すの、可哀想だしな。そんで真奈ちゃんが死にでもしたら、オレ、一生後悔する気がするし……」
「え」
「いや、マジでな……」
冗談なのか本気なのか。苦笑いして見せた凌馬さんに、オレも思わず、ふ、と笑い返す。
すると、凌馬さんは途端に、嬉しそうに笑った。
「……笑うと、普通に可愛いよな」
よしよし、と撫でられて、思わず無言で凌馬さんを見上げた。
もしあの時、この人のとこに、オレが乗り込んでたら。
……今こんな風にはなっていないだろうなぁ、と思う。
思うけれど、それもまたそういう運命なんだろうかとすぐに諦めた。
そんなオレの目の前で、凌馬さんは腕を組んで座り直した。
「まあ取引って言っても、取引内容はどーせ後から告げられたんだろ?」
「……一応最初に……」
「俊輔、最初にちゃんと言ったのか?」
「……今の生活捨てて、オレのモノになるなら、て言われたので……」
「それ言われて、意味分かってたか?」
「……」
ぷるぷるぷる。小さく首を振ると、凌馬さんはポリポリと首の後ろを掻いて、首を竦めた。
「……なんっかどーも、無条件に俊輔に返すの、良心が痛むんだよな……」
「……」
オレの命って。
……今この人が握ってるんだよな、きっと。
戻されたら、やっぱり殺されるかな……。
ぼんやりとそんなことを考えていると、凌馬さんはふ、と気付いたように、オレを覗き込んだ。
「水はもういい?」
「はい。……ありがとうございます」
「ん。 ……ほんと、普通の良い子、だよな」
クスクス笑う凌馬さんは、ペットボトルを受け取って蓋をしめた。
「……いつからちゃんと食えてねえの?」
「え?」
「飯。食べれなくなってどの位だ?」
「……四日位ですけど、 でもそれまでもあんまり食欲はなかったんで……」
どれ位、だろ。
……そういえば、少し痩せたかな……?
答えると、一体何回目なんだか。また大きく息を付いて、椅子に座り直すと、凌馬さんはゆっくりと言葉を口にした。
「……真奈ちゃんが決めて良いぜ」
「え?」
「戻りたいか 戻りたくないか」
「……」
そんな聞かれ方をしたら、間違いなく戻りたいないと答える。
その筈なのに。
咄嗟に声が出なかった。
92
お気に入りに追加
1,287
あなたにおすすめの小説
R18禁BLゲームの主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成りました⁉
あおい夜
BL
昨日、自分の部屋で眠ったあと目を覚ましたらR18禁BLゲーム“極道は、非情で温かく”の主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成っていた!
弟は兄に溺愛されている為、嫉妬の対象に成るはずが?
三十路のΩ
鱒
BL
三十路でΩだと判明した伊織は、騎士団でも屈強な男。Ω的な要素は何一つ無かった。しかし、国の政策で直ぐにでも結婚相手を見つけなければならない。そこで名乗りを上げたのは上司の美形なα団長巴であった。しかし、伊織は断ってしまい
魔導書の守護者は悪役王子を護りたい
Shizukuru
BL
前世、面倒くさがりの姉に無理やり手伝わされて、はまってしまった……BL異世界ゲームアプリ。
召喚された神子(主人公)と協力して世界を護る。その為に必要なのは魔導書(グリモワール)。
この世界のチートアイテムだ。
魔導書との相性が魔法のレベルに影響するため、相性の良い魔導書を皆探し求める。
セラフィーレが僕の名前。メインキャラでも、モブでもない。事故に巻き込まれ、ぼろぼろの魔導書に転生した。
ストーリーで言えば、召喚された神子の秘密のアイテムになるはずだった。
ひょんな事から推しの第二王子が所有者になるとか何のご褒美!?
推しを守って、悪役になんてさせない。好きな人の役に立ちたい。ハッピーエンドにする為に絶対にあきらめない!
と、思っていたら……あれ?魔導書から抜けた身体が認識され始めた?
僕……皆に狙われてない?
悪役になるはずの第二王子×魔導書の守護者
※BLゲームの世界は、女性が少なめの世界です。
風俗店で働いていたら運命の番が来ちゃいました!
白井由紀
BL
【BL作品】(20時毎日投稿)
絶対に自分のものにしたい社長α×1度も行為をしたことない風俗店のΩ
アルファ専用風俗店で働くオメガの優。
働いているが1度も客と夜の行為をしたことが無い。そのため店長や従業員から使えない認定されていた。日々の従業員からのいじめで仕事を辞めようとしていた最中、客として来てしまった運命の番に溺愛されるが、身分差が大きいのと自分はアルファに不釣り合いだと番ことを諦めてしまう。
それでも、アルファは番たいらしい
なぜ、ここまでアルファは番たいのか……
★ハッピーエンド作品です
※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏
※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m
※フィクション作品です
※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです
※長編になるか短編になるかは未定です
愛され奴隷の幸福論
東雲
BL
両親の死により、伯父一家に当主の座を奪われ、妹と共に屋敷を追い出されてしまったダニエル。
伯爵家の跡継ぎとして、懸命に勉学に励み、やがて貴族学園を卒業する日を間近に迎えるも、妹を守る為にダニエルは借金を背負い、奴隷となってしまう──……
◇◇◇◇◇
*本編完結済みです*
筋肉男前が美形元同級生に性奴隷として買われて溺愛されるお話です(ざっくり)
無表情でツンツンしているけれど、内心は受けちゃん大好きで過保護溺愛する美形攻め×純粋培養された健気素直故に苦労もするけれど、皆から愛される筋肉男前受け。
体が大っきくて優しくて素直で真面目で健気で妹想いで男前だけど可愛いという受けちゃんを、不器用ながらもひたすらに愛して甘やかして溺愛する攻めくんという作者が大好きな作風となっております!
「トリプルSの極上アルファと契約結婚、なぜか猫可愛がりされる話」
悠里
BL
Ωの凛太。オレには夢がある。その為に勉強しなきゃ。お金が必要。でもムカつく父のお金はできるだけ使いたくない。そういう店もありだろうか。父の金を使うより、どんな方法だろうと自分で稼いだ方がマシ、と悩んでいたΩ凛太の前に、何やらめちゃくちゃイケメンなαが現れた。
凛太は自らを欠陥と呼ぶレベルで、Ωの要素がない。ヒートたまにあるけど、不定期だし、三日こもればなんとかなる。αのフェロモンも感じない。
なんだろこの人と思っていたら、何やら話している間に、変な話になってきた。
契約結婚? 期間三年。その間は好きに勉強していい。その後も、生活の面倒は見る。デメリットは、戸籍にバツイチがつくこと。え、全然いいかも。お願いします!
トリプルエスランク、紫の瞳を持つスーパーαのエリートの瑛士さんの、超高級マンション。最上階の隣の部屋を貰う。もし番になりたい人が居たら一緒に暮らしてもいいよとか言ってくる。良いです、勉強したいんで! 恋とか分からないしと断る。たまに一緒にパーティーに出たり、表に夫夫アピールはするけど、それ以外は絡む必要もない。はずだったのに、なぜか瑛士さんは、オレの部屋を訪ねてくる。そんな豪華でもない普通のご飯を一緒に食べるようになる。勉強してる横で、瑛士さんも仕事してる。「何でここに居るんですか?」「さあ……居心地よくない?」「まあいいですけど」そんな日々が続く。ある時、久しぶりにヒート。三日間こもるんで来ないでください。この期間だけは一応Ωなんで、と言ったオレに、一緒に居る、と、意味の分からない瑛士さん。一応抑制剤はお互い打つけど、さすがにヒートは、無理。出てってと言ったら、一人でそんな辛そうにさせてたくない、という。もうヒートも相まって、血が上って、頭、良く分からなくなる。まあ二人とも、微かな理性で頑張って、本番まではいかなかったんだけど。――ヒートを乗り越えてから、瑛士さん、なんかやたら、距離が近い。何なのその目。そんな風に見つめるの、なんかよくないと思いますけど。というと、おかしそうに笑われる。そんな時、瑛士さんのツテで、参加した講義の先生と話す機会があり、薬を作る話で盛り上がる。先生のところで、Ωの対応や被験をするようになる。夢に少しずつ近づくような。けれどそんな中、今まである抑制剤の治験の闇やΩたちへの許されない行為を耳にする。少しずつ証拠をそろえていくと、それを良く思わない連中が居て――。瑛士さんは、契約結婚をしてでも身辺に煩わしいことをなくしたかったはずなのに、なぜかオレに関わってくる。仕事も忙しいのに、時間を見つけては、側に居る。なんだか初の感覚。とオレ、勉強しなきゃいけないんだけど! という、オレがαに翻弄されまくる話です。ぜひ読んでねー✨
第12回BL大賞にエントリーしています。
応援頂けたら嬉しいです…✨
エリートアルファの旦那様は孤独なオメガを手放さない
小鳥遊ゆう
BL
両親を亡くした楓を施設から救ってくれたのは大企業の御曹司・桔梗だった。
出会った時からいつまでも優しい桔梗の事を好きになってしまった楓だが報われない恋だと諦めている。
「せめて僕がαだったら……Ωだったら……。もう少しあなたに近づけたでしょうか」
「使用人としてでいいからここに居たい……」
楓の十八の誕生日の夜、前から体調の悪かった楓の部屋を桔梗が訪れるとそこには発情(ヒート)を起こした楓の姿が。
「やはり君は、私の運命だ」そう呟く桔梗。
スパダリ御曹司αの桔梗×βからΩに変わってしまった天涯孤独の楓が紡ぐ身分差恋愛です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる