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第三章

8.「後悔」3*俊輔

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「若」
 黙っていると、和義がオレを呼んだ。

「今後もあんな真似をなさるなら、もう好きにさせておくことはできません。若の為にも、真奈さんの為にも」
「……随分、あいつのこと気に入ってるんだな」

 バングルを手に弄びながら、和義を振り返る。

「……そう、ですね。嫌いだと言えば嘘になりますが」

 ふ、と笑う和義の表情は、和らぐ。本当に珍しいなと思う。
 一旦和義から視線を外して、手の中の二つのバングルを見つめる。

 それから、もう一度振り返った。 

「……和義」
「はい」

「……あんな真似、二度としない」

 静かに言ったオレを、和義はしばし見つめていた。
 まっすぐに見つめ返していると、しばらくして和義はまた、少しだけ笑った。

「分かりました。けれど、真奈さんに了解がとれなければ、若をお連れすることは出来ません」
「――――……」
「真奈さんの精神的なショックが大きすぎます。若はそれだけのことをなさったんです。お分かり頂けますね?」
「分かってる」

「それから……今のように、無理矢理で居させる状態も、どうにかできませんか」
「……どうにか?」

「関係をどうにかする努力は、出来ませんか」
「…………」

 言い返す言葉が見つからず、視線を落としたオレに、和義はため息を付いた。
 
「……久しぶりに見ますね」
「……何がだよ」

 不意に緩んだ和義の口調に、顔を上げる。

「そんな風に、端から見ても後悔でいっぱいの若を、ですよ。幼い頃は良く見ましたけど」

 ふ、と笑顔で言われて。
 向けた顔をまた逸らした。

「……ガキの頃とは違うだろ……」
「そうですね」
 
 くす、と笑う気配がして、その笑みを問う前に和義は歩き出して、目の前の窓を開けた。

「たまには、お一人で過ごすのも良いでしょう。……良い機会です。これからどうしたいのか、よく考えて下さい」

 そう言うと、和義は静かに出ていった。
 一瞬梨花の声がしたけれど、それを和義が遮ったのが聞こえた。

 それきり梨花の入ってくる気配もない。

「――――……」

 
 ため息を付いてバングルをテーブルに置き直すと、寝室に向かい、ベッドの端に腰掛けた。
 そのまま背中をベッドに預けて、瞳を伏せた。

 昨日はここで、あいつを、傷つけた。
 
 縛り付けた、手首の傷はどうなっているんだろう。
 乱暴に犯した所は…… 当然まだ痛むだろうな……。


「――――……」


 真奈を、ここに居させているのは、完全に、無理矢理だ。

 あいつには、何の非も、ない。
 元凶はあいつの馬鹿な友達で。

 ここに居させたのは、オレがアイツを汚したいと思ったのが最初で。
 あいつがここに大人しく居るのは、恐らく最初にオレが言った言葉。
 
『お前がオレのものになるなら、その願い、聞いてやる。そいつにも手は出させない』

 あの時は意味も分からなかったのかもしれないが、それでも、友達を守るためと、あの場で殴られたりされるよりはマシだと思ったのか、真奈が受け入れたのが始まりで。
 その後は、ただ、「お前はオレのモノ」という言葉で縛り付けて、ずっと過ごしてきた。

 一体いつまで、こんな事を続けられるのか。続けたい、のか。

 ……大体、飽きたら即、放り出す筈だったのに。
 こんなに長い時間一緒に過ごしても尚、放り出したいと思わないなんて。……むしろ、ずっとこのままの状態を、望むなんて、想定外にも程がある。


 そのまま、どこにも出る気もせず、ずっと考えて過ごした。

 和義が今日は真奈のところには連れて行かないと言ったからには譲らないだろうと思い、最初は諦めていたのだが、一日過ごす中でますます高まっていく感情。

 顔を、見たい。
 声を、聞きたい。
 
 昨日はあんなに、見たくなくて、聞きたくなくて。
 力ずくで塞いだのに。


 しばらくの間、ここにあった温もりが。
 ただ、無いだけ、なのに。

 
「……真奈……」


 自然と、口から零れた名前。
 それに気づき、唇を噛みしめてから、立ち上がった。

 和義が鍵を掛けていったようで、その鍵を外してドアを開ける。


「和義」

 声を上げて、和義を呼んだら、梨花が近くの客室から出てきた。

「梨花……」
「ひどいんだもん、西条さん、鍵掛けて、俊輔を一人にしろって、怖い顔するし」

「梨花、悪いが、お前に構ってる気分じゃないんだ。家に帰れ」
「――――……」
 
 梨花がひどく眉を寄せた。
 構わずに和義の部屋に向かおうとした時、梨花が、オレの前に立ちふさがった。
 
「何で?」
「何が?」

「何で、あんな人のことで、俊がそんなに……ッ」
「――――……」

「……ッあたしは…… 俊が好き……! どうして、全然あたしのこと、見てくれないのよ……!」
「梨花……」
「あたし……っ」
「若?」

 梨花が言いかけた途中で、和義が姿を現した。

「どうされましたか?」

 梨花に背を向けて、和義に向き直る。
 
「真奈は今、眠ってるのか」
「はい。点滴に睡眠薬が入ってますからよく眠られてますが?」

「案内しろ」
「……若」

 咎めるような視線を向けられる。

「絶対に起こしたりしない。 様子が見たいだけだ」
「……私は真奈さんと約束したのですが」

「様子を見たら起こさずに戻る。和義……頼む」

 ふ、と和義はオレを見つめた。まっすぐに見つめ返していると、和義は、小さくため息をついた。  

「……分かりました。絶対に起こさないで下さい。それから、その後は絶対にその部屋に入らないで下さい。よろしいですか?」

 和義に、悪い、と呟いた。
 その時、まだ後ろに居た梨花に気づく。

「梨花、取込中だ。話は今度聞く――――……家に帰ることを考えておけよ?」

 梨花にそう言って背を向けて、オレは、和義の後をついて歩き始めた。
 その時、梨花がどんな気分でいるかなんて、気に留めている余裕は、オレには無かった。


 

 
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