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第二章

27.「嫌悪」*真奈

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 オレが居るとは思わなかったのか。
 相当驚いてて。オレと目を合わせたまま、硬直している。

 俊輔の親戚。梨花、だっけ。
 オレ、このカッコで、ここに居るのって、まずい、よね。

「……何してるの?」

 そう問いかけられて、何も答えられなかった。
 何してるも何も…… ここで寝てて、起きたとこ、なんて。言える訳もなく。

 でも言えないだけで、もう分かり切ってる状態、のような。
 
「何で俊の部屋に……ベッドに居るの……?」

 怪訝そうな顔で、恐らく思いつくままに質問を続ける梨花。
 何と言ったら良いのか全然分からず、けれど強い視線から逃れる事も出来なくて、ただ見つめ合う。

 眉を顰めたまま、瞳を揺らして、梨花はしばらく無言だった。
 多分、色々整理してたんだろうとは、思うのだけれど。
 
「……俊、あなたについて、何にもはっきり言わない。……あなた、何なの?」
「――――……」

 長い、息の詰まるような沈黙の後、梨花は、静かな、震えるような声で、言った。

「……あなたまさか、男のくせに――――……俊と……?」

 視線が痛くて、とても居たたまれない。
 俊輔が何も言ってないらしいのに、余計な事を言う訳にもいかず、そもそも何も言う言葉を持たず。
 オレは、俯いた。

「――――…… 嘘、でしょ……?」

 俯いたその行動を、梨花は、肯定と受け取ったようだった。
 分かったけれど、今更、肯定も否定も出来ずに口を噤む。

 一層瞳をきつくした梨花が、不意にオレの居るベッドに近づいてきて。

 次の瞬間。細い手が、オレの頬で音を立てた。

「……ッ」

 いくら女の子の力だと言っても、力任せに、上から振り下ろされた衝撃はかなり大きくて、一瞬目眩がする。

「っ……信じられない……! いますぐ出てって!!」
「――――……」

 出ていきたいのはこっちの方で。
 ……出ていって良いなら、即、出ていきたい。

 思ったけれど。梨花に向けられる、嫌悪の表情に、言葉が詰まって何も言えなかった。

 ちょうどその時、だった。

 コンコンと鳴り響いた、ノックの音。

「真奈さん?」

 返事を出来ないで居ると少しして、西条さんが「開けますよ?」と告げた。
 すると、梨花は唇を噛みしめて……それから、激しくオレを睨み付けた。

「……すぐにここから出てってよ――――……変態!!」

 それだけ言うと、長い髪を翻して――――……姿を消した。
 同時に、ドアがカチャリと開いた音がした。

「梨花さん? 何で中に……」
「西条さん、この人、Ωでもないわよね? 知ってるの? 俊が――……」

「――――……」

 西条さんが一瞬黙ったらしくて。
 次の瞬間。

「知ってるなら何で、止めないのよ!」

 叫ぶような声が聞こえて、走り去っていく足音。
 少しの静寂の後、静かにドアが閉まって、ゆっくりと、西条さんが歩いてくる足音がした。

「……失礼します」

 寝室に顔を覗かせた西条さんは、どうしたら良いのか分からずに西条さんを見つめているオレを見て、少し息を付いた。

「すみません。――――……鍵を掛けておくべきでしたね。勝手に部屋に入るとは、思いませんでした」

 その時、ふと、何かに気づいたようで、それを拾い上げた。

「……多分、若へのプレゼントですね。これを置きに来たんだと思います」
「――――……」
 
 勝手に部屋に入ったとか。そんなことが、問題じゃ、ない。
 オレは、小さく首を振った。

「……何か、言われましたか?」
「――――……」

 答えないオレに、西条さんは、少し息をついた。

「梨花さまは、若の事が本当にお好きなんです。……ですから、あまりお気になさらないで下さい」
「……」

 気にするなって、言われても。
 あんな激しい嫌悪の感情を、気にしないなんて、出来る訳もなく。

「部屋には鍵をかけます。梨花様がお帰りになるまではもう近寄らせません。若にもそうお伝えしておきますので」
「……はい」

 辛うじて、頷く。

「頬、大丈夫ですか?」

 心配そうに聞かれて、頷く。


「冷やすものと……食事も運んできますね」 

 そう言うと、西条さんは部屋を出ていった。

 静かになった、部屋で。
 先程の言葉が、激しく心の中に響く。

『――――……男のくせに』
『変態!』

 ――――……ズキ、と体の奥。胸の奥が、痛い。
 頬なんかよりも、心の方が、冷たくて、痛い。



 そう、だよな。Ωでもないのに。
 男に抱かれてる男なんか、そう言われたって、仕方ない。

 いくら性別関係なく結婚できる制度になってたって。そういう目で見る奴は居る。オレだって、何で、Ωでもないのに、こんなこと、って、ずっと思ってた。

 分かってた。
 ……そんなこと、ずっと分かってた。

 だけど、あまりに慣らされてて、この状況が、普通になりかけていた。


 そんなの。
 おかしいってことに、改めて気付かされて。

 息が――――…… 苦しい。
 

 変態呼ばわりされて、何の言葉も言い返せないような、こんな状況を強いられている自分と。
 そんな状況を強いてる俊輔の事を。



 ……ひどく、嫌悪する感情が。

 胸の中を支配した。

 

 

 

 

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