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第一章

3.「分からない」*真奈

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「――――……」


 バスルームから出てきた俊輔が、しばらくして、冷蔵庫を閉めた音が微かに聞こえた。

 ……水、飲みたいな。
 喘ぎすぎて、声、枯れてるし。

 そんな風に思いながら、でもだるくて起きる気にならなくて目を閉じていると。
 少しして俊輔が部屋に入ってきて、ベッドに近づいてくる気配。

 なんとなく、そのまま寝たふりを決め込んでいると、ぎし、とベッドが軋んだ。

「――――……」

 不意に、唇が塞がれる。
 何かと思ったら。合わさった間から、水が流れ込んできた。

 ごく、と喉が引くついて。その水を、飲みこむ。
 唇が、離れていく中、ゆっくりと瞳を開けたら、俊輔と、目があった。

「……起きてたのか?」
「……今、起きた」

 辛うじて、そう答えたら、俊輔は持っていた水のペットボトルの蓋を閉めて、それをオレのすぐ横に放った。

「……ありがと」

 水、持ってきてくれたのか………たまに、こういう、なんとなく優しいのかなということをしてくるけど。
 ――――……ほんと謎で、気まぐれな感じで、正直、よく分からない。

 礼を言っても何も答えずに、俊輔はベッドの端に腰かけると、タオルで自分の髪を少し乱暴に拭いた。

 綺麗についた筋肉が、バスローブから見える。
 顔だけ見てると、全然そんな筋肉質な感じ、しないんだけど……。

 ……オレ、俊輔に力で敵う気、全然しないもんな。

 ただ何となく、ぼうっと見ていると、視線に気付いたらしい俊輔がふとオレに視線を向けた。


「――――……起きたなら、シャワー浴びてこいよ」

 命令口調に少しムッとしながらも、逆らう気力もなく小さく頷いた。

 ……今、だるいけど。

 正直、このままもう一度眠りたい、けど。
 確かに、相当ぐちゃぐちゃだったし、シャワー、浴びた方が良い。

 
「……うん」

 ……行ってこよ……。

 そう思って、ペットボトルの蓋を閉める。

 俊輔が帰ってくるまではちゃんと着ていたバスローブが、ベッドの下の方に見えたので、それを手に取った。
 腕を通そうとしたその時、俊輔の腕がそれを阻止した。

「……何?」
「裸で歩いて行けよ」

「――――……」

 訳の分からない、こんな要求を、俊輔はたまにする。

「……何でそんな事……」

 言いかけたけど、口を閉ざした。意味なんか、きっとない。

「早くしろよ」

 低いけれど、良く通る声。
 それが少し強い口調で言葉を吐き出す。

「――――……今更だろ。お前の裸なんか毎晩見てるんだし」
「――――……」

 シーツに押しつけていた手を、そこでぎゅっと握り締める。

 ――――……そういうの、何が楽しいのかな……。
 ていうか……なんか楽しい訳でもなさそうだけど。ほんとに良く分からない。
 
 男のオレに、まさかこんなようなことを望んでるとは、夢にも思わなかった。

 しかも、オメガならまだ、性的な意味で少しは分かる気もするけれど。
 オレはベータだし。

 何がしたいんだか、俊輔の行動の意味は全然分からない。


「お前よりオレのが、お前の体、知ってるだろ?」

 薄く笑いながら言った俊輔から目を逸らし、唇を噛んだままゆっくりと身体を動かした。
 ……これ以上は、聞いてる程に、反応する程に、ただこんな時が長く延びるだけ。

 逆らっても無駄な事はもうこれまでで十分、思い知らされていた。

 バスローブを離し、裸のまま、ベッドから降りる。

「……これで、いいの?」
「――――……あぁ」

 ほんと。意味わかんない。

 まあ、言われる通り、確かに裸は今更な気がする。

 ――――……でも、それよりも、こんな必要の無いことを、オレが嫌がると分かっていながら要求する俊輔と、その要求を聞かざるを得ない自分に対して、ため息が漏れそう。
 

「――――……」

 あとほんの数歩でこの部屋を抜けて隣の部屋に行ける。

「真奈」

 ギリギリのところで、後ろから俊輔に呼び止められた。
 案の定、というか、今度は何を言われるのかという憂鬱さに、うんざりしながら立ち止まった。

「……こっち、向けよ」
「――――……」

 ぐ、と息を止めて、そのまま振り返る。
 ベッドの端に腰掛けたまま、俊輔がまっすぐに見つめてくる。

 身体を見るというよりは、まっすぐに瞳を見つめてくる俊輔に、眉を潜めてしまう。


「――――……何……?」


 オレのその声に、はっと我に返ったような顔をした俊輔は、一瞬オレから目を逸らして、なんだか少しだけ、ふと笑った。そしてすぐさまベッドから立ち上がり、オレに向かって歩き出した。


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