【キスの意味なんて、知らない】

悠里

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第2章 王様ゲーム

「最優先」*蓮

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 授業が終わって、クラス会までの空いた時間、樹と買い物に行く約束をしていた。その前にトイレに行って、樹の待ってる教室に戻ると。

 山田が、樹の隣に居て、くっつきそうな程に密着しているのが見えた。

 買い物が楽しみで弾んでいた心が、一瞬で不愉快になり。
 早足で戻り、ひっついている山田を引きはがす。

「距離近すぎねえ? 山田」

 視線でけん制。軽く睨みつけたような感じになると、山田はたじろいだ。


「お、おお、ごめん……ってなんでオレ、加瀬に謝ってんだ」

 苦笑いの山田に助けを求められて、樹が苦笑いを浮かべている。

「そんなひっついて、何話してたの?」

 機嫌の悪いままそう聞くと。
 何やら時間までカラオケに行こうという誘いだったらしく。

 即座に断ろうと思ったのだけれど、ふと、樹はどうしたいかが気になって、樹に視線を合わせた。


「樹、カラオケ行きたいの?」
「――――……」


 そこで止まって、すぐには、答えない。
 ……カラオケに行きたいのか?

 困ったみたいな顔をしている樹に。

「樹がカラオケ行きたいなら、良いけど」

 そう言ったら、樹が答える前に、「お、マジで?」と山田が乗り出してきた。
 
「だから今、樹に聞いてるから待って」

 オレが言うと、山田は一瞬止まって、苦笑いを浮かべた。

「お前って、ほんとに、横澤の事が最優先なんだな」

 一瞬で。
 変な事いうな。と、さらに気分が悪くなる。
 そんな事周りに言い振らされたら、樹が困るだろ。


「別に。……そんな事ねーから変な言い方すんなよ」

 そんな事は無い、を強調する為とはいえ、思い切り断言したら、樹が隣で、ぴたっと固まった。……ように、見えた。


 これだと、樹の事なんか優先するはずがない、位のセリフを言ってる事になるかな。いや、違うのだけど。 山田が変にこれを言いふらすと、面倒かなと思って――――……。後でこの事、樹と話さなきゃ。

 とりあえず、カラオケに行くなら行くで仕方ないし、行かないなら早く2人で買い物に行きたい。


「樹、カラオケ行きたいの?」
「う、ん。蓮に任せるよ。どっちがいい? 買い物今度でいいならカラオケいこって山田が言ってるけど……」

 再度聞いたら、なんだか歯切れは悪いけれど、そう言った。

 どっちなんだろう。
 カラオケに行きたいのか、行きたくないのか。
 
 山田に気を使ってるのか、オレに気を使ってるのか。

 ――――……なんか、はっきりしない。
 とりあえず、語尾は、「山田が言ってるけど」だから……。

 ……何か断りにくい誘われ方でもしたんだろうか。
 オレに、断ってほしい……って事かな、これは。

 気づくと、樹は、オレの後ろに居る山田を見て、なんだか微妙な顔をしているし。


「――――……山田、今日は買い物行ってくる。カラオケまた今度な」

 山田を振り返ってそう伝えると。

「え゛え゛え゛ー」

 と騒ぎだすが。

「後で飲み屋で会おうぜ。 樹、行こ」

 樹の手首を掴んで、少し引いて立ち上がらせて、歩き始める。

 樹が後ろで、山田に挨拶をしてる。

 教室を出た所で、オレは、樹の手を離した。
 少し後ろに居る樹を振り返って、見つめる。

「蓮……?」
「樹はカラオケ行きたかった?」

 もう一度そう聞くと。

「別にオレ、カラオケ好きじゃないし。でも、蓮のは聞いてみたいな。うまそう、歌」

 そんなことを言って、微笑んでる。

 なんだかその笑顔に、毒気を抜かれて。
 なんだかさっきの自分の態度が、あんまりだった気がしてきて。

 つい立ち止まる。
 え、と樹も立ち止まり、振り返ってくる。


「蓮?」
「――――……ごめんな?」

「え??」

 は、とため息をついて、一言謝って。
 すると樹が、なんだかホッとしたように、ふわ、と笑った。


 ゆっくり歩き出したオレの隣に並んで、「何が、ごめんなの?」」と樹が聞いてくる。

「教室戻ったら、すっげー山田が距離近いし、なんかムカついて」
「……へ?」

「しかもその後一緒にカラオケとか言うし」
「――――……」

「一緒に食器見に行くの楽しみにしてたからさぁ……」
「……蓮」

 思うまま素直に全部伝えると、樹は、クスクス笑いだした。

 すっかりいつもの雰囲気だけれど。
 あともうひとつ。気になっていたこと。


「……横澤最優先、とか言われた時も、そんな事ねえって言ってごめんな。なんか変な風に噂されても、樹が嫌かなと思ってつい……」
「――――……」

 それを言うと、樹は少しの沈黙の後。


「少しだけ、やだった」
「え?」

「オレの事なんか全然優先してねーしって感じで……少しだけど」
「――――……」

 少しだけ。少しだけと。
 二回も強調するって事は――――……相当嫌だったんだろうな……。

 樹の頭にポンと手をのせて、くしゃと、柔らかい髪の毛を撫でる。

 
「……オレ、すっげー優先してると思うけど」
「――――……」

「知ってるだろ」
「……んー……うん」

「知ってて?」
「……うん」


「最優先は事実だけど、だからって、山田に認める必要ないと思ってさ」


 樹が知っててくれれば、良い。


 そういうと樹は、ぷ、と笑って。
 分かってくれたかな。と思った瞬間。

 トイレから戻った時の、山田との距離感に、また心が少し波立つ。


「つーか樹、あんな近寄られたら、避けろよな」
「あーだって、あれ、ちょっと内緒話だったから……」

「……内緒話って何だよ」
「……んー、ちょっとね、大きな声で言えない事だったんだよ。だから、避けるのもおかしいし」

 ……内緒話って何。
 無言のプレッシャーをかけてると、樹は苦笑い。


「内緒話……全然大したことじゃないよ…?」
「うん」

「蓮の事なんだよ?」
「オレの事? 何?」

「――――……オレから聞いたの、言わないでよ?」
「ん」

 すごく言いにくそうに。樹が話し始める。

「蓮の事気になる女子が居て、カラオケ一緒に行きたかったんだって。それで山田が頼まれたっていう話をコソコソしてたの」
「……何だ、そんな事か」

 ……ほんと、そんな事、か。

 ――――……ああ。それで、はっきりカラオケも断れず。

 樹はあんな感じで、オレに任せたのか……と、
 さっきのはっきりしない会話の理由を、ものすごく納得する。

「それが誰かは聞いてないから、ここまでね?」

 別にどうでもいいし。
 そう思って頷いていると。



「蓮、ほんと、過保護な母親みたい」

 なんて樹が言い出した。


 過保護?

 距離が近いとかそういうのが?
 内緒話、許せない、とかが…?

 過保護は、否めないけど。
「母親」扱いは、なんだか違う気がする。


「……母親じゃないし」

 そう言うと、樹は、困ったみたいな顔で、見上げてきた。


「母親じゃなかったら、その心配とか……距離近いとか、何なの?」

「母親っていうか――――……」
「いうか?」

 ――――……母親の気分なんか、全くない。
 山田との距離が近い事や、内緒話とかに感じるのは、これは明らかに母親とかじゃなくて。

 ――――……嫉妬のような、感情だとしか、思えないし。


 けれどそれは、言えず。


「……よくわかんねえけど、オレはお前の母親のつもりはないし」
「そっか……。じゃお父さん?」
「……違う。よく分かんねえけど」


 あくまで保護者か。
 む、としながら、それも否定した。


 分かってる。オレ、お前に構いすぎてる。
 でも、どうしようもない。

 本気で嫌がられない限り、構い倒してしまいそう。
 樹は今のとこ、構うのを嫌がってそうには見えないけど……。



 でもこれ、構ってると、保護者としてしか見られないのか?
 それはちょっと嫌だな。


 複雑に思いながら、でももう普通の表情で、隣で微笑んでる樹を見ると、ま、いいかと思ってしまう。


 電車に乗って、目当ての店へと向かいながら。
 二人で過ごすのが楽しくて。

 やっぱりカラオケ断って良かった。なんて思ってしまった。




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