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一章 初恋

---奏視点①---

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 営業の仕事をしている父さんの転勤により、引越しが決まった。

 夏に、転勤とのことだったが、俺が受験生ということもあり、引越しが決まっているなら早く転校させた方が良いだろうということになり、父を残して母と妹と三人で先に新居に引っ越してきた。

 「奏は、行きたい高校は決まったの?」

 「あー、通学が楽な方がいいから一番近いここかな」

 「うわっ、学区一偏差値が高い学校だね」

 「だな……」

 「でも、奏は頭いいから、心配いらなそうだね」

 「まぁ、どうなるか分からないけど、とりあえず受かるように頑張ってみるよ」

 「そうね。ほら、花音。一緒にお兄ちゃんの応援しましょうね」

 小学三年生の花音はなんのことやらという感じで首を捻っていた。

 「ん? お兄ちゃん、頑張って?」

 「おう、頑張るな。よし、学校行くまでに髪やってやるから、おいで」

 「わーい! 今日は三つ編みがいいー!」

 「はいはい、お兄ちゃんに任せとけ」

 「花音、良かったわね。大好きなお兄ちゃんに髪やってもらって」

 「うんっ!」

 花音の癖のない黒髪に櫛を通していく。
 幼稚園の頃から俺が髪をやってあげているから、流石に慣れたもので、三つ編みくらいであれば、ささっとやってあげられる。
 我が妹ながら、綺麗な黒髪にぱっちりと大きな瞳。これは、将来美人になりそうだなと思う。
 変な男に引っかからないといいけど……って流石に心配するには早すぎるか。

 引っ越して二週間過ぎた頃、母さんが1匹の子犬を連れて帰ってきた。

 「これ……どうしたの?」

 「ご近所さんのところで、3ヶ月前に生まれたらしいんだけど、引取先を探してるって言ってたから……貰ってきちゃった」

 「え……」

 「みてみて、可愛いでしょ? もう一目みちゃったら連れて帰らない選択肢なんてなかったの」

 「全く……っていうか、ここペット可だったの?」

 「そうなのよー。花音が犬猫飼いたいって言ってたでしょ? いつか飼うかもしれないし……と思って、念の為ペット可の物件を探したのよね」

 「あー、なるほど。で、犬種はなんなの? 俺、犬詳しくないから分からないんだけど」

 「この子は、ミニチュアピンシャーっていう犬種なのよ。名前何にしようかしら? 男の子なんだけど……あ、奏に格好良い名前付けてもらおうかしら」

 「え? 俺? なんで……」

 「いいからいいから」

 急に格好良い名前って言われても……
 何がいいか。

 「あっ、獅子丸にしよう」

 「獅子丸?」

 「いや、ちょうど今テレビでライオンが映ってたから……強くて格好良いだろ? 男の子なら強い名前がいいかなと思って」

 ちょっと、安直すぎたか?
 でも、すぐ格好良い名前なんて思い浮かばないし……

 「ははっ、なるほどね。良いんじゃない? 獅子丸格好良いじゃない。よしっ、今日から君は獅子丸だぞー」

 「よろしくな、獅子丸」

 「くぅん?」

 「まっ、そのうち自分の名前ってわかるようになるだろ」

 そんなわけで、急に家族が一匹増えたわけだが、なんだかんだ俺が一番面倒をみている。
 まぁ、散歩は勉強の息抜きにもなってるからちょうどいいと思ってる。
 日中は母さんが面倒をみているが、なぜか一番俺に懐いていて、ソファーで横になってると、腹の上に乗ってきて遊んでアピールをしてきたりと、中々に可愛いやつだ。

 「母さん、今日は大きめの公園に連れて行こうと思うんだけど」

 「そうね。広いところで遊ばせるのも楽しそうね。あっ、そうだ。このキーホルダー可愛くてみんなの分買っちゃったの。あなたのはこのネイビーね」

 そういうと、母さんは俺のバッグに勝手にキーホルダーを取り付けた。
 何をつけたんだと、手に取ってみると、肉球と骨のチャームがついたキーホルダーだった。
 なるほど。ペットを飼ってる人は欲しがりそうだ。
 獅子丸の名前も入ってるし……まぁ、鞄につけるくらいいいだろ。

 「じゃ、行ってきます」

 「はーい、行ってらっしゃい。気をつけてね」

 母さんに見送られながら、獅子丸を抱えて公園を目指す。
 獅子丸はまだ外の世界に慣れていないから、車を怖がる傾向にある為、俺が抱いて公園まで連れて行くようにしている。

 「よしっ、獅子丸新しい公園だぞ」

 そっと、入り口で下ろしてやると、座り込んで動かなくなってしまった。
 新しい場所は怖いのか? もう少し様子を見てみよう。そのうち慣れるかもしれない。

 そう思っていると、女の子が大きな犬を連れてこちらに歩いてくるのが見えた。
 彼女が獅子丸に気付き足を止めると、ゆっくりとこちらを向く。

 茶色い柔らかそうなポニーテールがふわりと風に靡く。
 少し堀の深い顔立ちはハーフのように見えた。

 ……可愛いな。いや、可愛いというよりは美人かな。
 いや、両方か?

 背……高いな。俺と同じくらいか。
 俺の方が高いと思いたい。いや、俺は成長期だ。これからもっと伸びる。
 ……牛乳の量増やすか?

 女の子と何を話せばいいのか分からず、獅子丸を抱いて帰ろうかと思っていると、急にキーホルダーの話になり驚いた。
 でも、話のきっかけを作ってくれたおかげで、その後は普通に会話ができた。

 まさか、俺が女の子を名前で呼ぶことになるとは思わなかったけど、嫌じゃなかった。
 しつこい女は嫌いだけど……彼女の明るく積極的なところは不思議と好ましく感じた。
 顔か……可愛かったからなのか……
 俺はなんて浅い男なんだ……

 家に帰ると、母さんがめざとく話しかけてきた。

 「あらー、なんかご機嫌ね? 可愛い子でもいたのかな?」

 「なっ……」

 なんで分かるんだよ! まじで……

 「え? まさか図星? 冗談のつもりで言ったんだけど……やだぁ、奏も青春してるのね」

 「何言ってんだよ」

 「次会う時は、お母さんのお手製クッキー持っていってね。かわい子ちゃんに食べて欲しいな」

 「う……、まぁ、母さんのクッキーはお世辞抜きで美味いからな。持っていくよ……」

 「嘘でしょ。次会う約束してるの⁉︎」

 くそっ、カマかけられたのか。
 
 「茉莉絵の飼ってる犬が、獅子丸と遊んでくれて……」

 「茉莉絵ちゃんっていうのね。やだー、会ったばかりなのに、名前で呼んでるなんて進展しすぎじゃないー」

 「進展って……名前で呼んだだけでそんな……後は週末に獅子丸とクッキーを遊ばせるだけで……」
 
 「恋愛のれの字もなかった奏が、女の子を名前で呼ぶなんて……お母さん嬉しいわ。奏にも春がっ!」

 「いやいや、春も何もないからなっ! 勘違いするなよ! 茉莉絵とはまだ何もないからなっ!」

 「ね」

 「はぁ……」

 だめだ。何をいっても墓穴を掘っていく。
 余計な勘ぐりをされないように、ダンマリを決め込もうと思い、獅子丸を抱いて部屋へと戻っていった。
 



 

 

 
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