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四章 大好き
4−7 愛しくて残酷な夏にさよならを
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最後にぎゅっと抱きしめ体を離すとすぐにお父さんを呼んだ。
このままだと名残惜しくていつまで経っても離れられない。
「お父さーん」
「もういいのか?」
「うん。ありがとう」
お父さんに抱き上げられ、もう一度柊真の顔をしっかり見つめた。
きっとこれが最後になると思う。
今日、お祭りに来るのも気合いでなんとか持ち堪えられただけで、今みたいに、すぐ自分では歩くこともできなくなってしまう。
「あ、ハンカチ……洗って返すね」
「あー、別にそんなのいいけど。じゃ、次学校であったらだな。明日から田舎行くって言ってたよな」
これが最後になるなんて思ってない柊真は、当たり前のように「学校で」と言った。
ごめんね。ハンカチはちゃんと洗っておくから……お母さんに託すね。
「……うん。明日からおばあちゃん家だから、次会えるのは学校だね」
何度柊真に嘘をつかなければいけないのだろうと誤魔化しながら過ごしてきた日々ももう終わる。
嘘はこれが最後だよ。
「美月、早く元気になれよ?」
そう言って、くしゃくしゃと私の頭を撫でる柊真の手が心地よく大人しく頭を差し出した。
「さてと、あまり引き止めるのも悪いよな」
離れる手を思わず掴みそうになるが、グッと胸元で拳を握り我慢した。
「柊真くん、美月と仲良くしてくれてありがとうな」
「え? いや、こちらこそ、ありがとうございます?」
「ふふっ、それじゃ、柊真またね」
「あぁ、ちゃんと食べて、次会うときは太っとけよ?」
「えー、太るって言い方なんかやだな」
「今の美月には良い表現なんだよ。わかったな?」
「はーい」
お父さんに抱かれ公園を出ようとしたところで、この気持ちが欠けることなく全て届くようにと声を張り上げた。
「柊真! 大好き!」
私に手を振り見送っていた柊真が目を見開き固まったのを、滲む視界で見つめた。
「まじかよ……」と呟き口を手で塞ぎながら下を向いたが、すぐに顔を上げ「俺も好きだ!」と叫んでくれたのは本当に嬉しかった。
「美月、良かったな。柊真くん良い子じゃないか」
「でしょ? 自慢の彼氏なの。私の親の前なのに、あんなこと言える?」
「お父さんなら言えないなー。若いっていいな。青春だなって感じたよ」
「うん……青春だね。私の大事な大事な輝かしい青春だよ」
「お母さんの高校の頃より青春してるわよ」
「へへ、いいでしょ?……っ!」
「美月っ⁉︎」
楽しく話しながら車に向かっていたのに、急に体に痛みが走る。
一度痛み始めるとすぐには引いてくれない為、声にならない呻き声をもらしながらひたすらに耐えるしかなかった。
「すぐ病院に着くから大丈夫だからね」
そう言いながら車に乗り込み、横たわる私の額の脂汗を拭ってくれた。
痛みで意識がぼんやりとする中、柊真といる時じゃなくて良かったと思った。
次に目を覚ました時は、病室のベッドの上だった。
手には、いつも通り点滴が刺されている。点滴をするのはしんどいけど、これがなければ、痛みに耐えられないので仕方ないなと思いながら点滴を受けている。
「あら、目が覚めたのね。気分はどう? 痛みはない?」
「はい、少しぼんやりするけど、痛みはないです」
「そう。それなら良かった。先生呼んでくるから待っててね」
体が重く腕を上げるのも億劫で、ただ体をベッドに投げ捨ててるだけの状態にため息を吐く。
先生の診察を終え、今日から入院が決まった。
「美月、先生からアイスとかゼリー食べられるなら持ってきていいって言ってたから、何か買ってくるけど、何が食べたい?」
「んー……みかんとか桃系がいいかな」
「分かった。じゃ、ちょっと1階にあるコンビニ行ってくるわね」
「うん。ありがとう」
食欲なんてないから、本当はゼリーもアイスもいらない。
でも、お母さんがそうしたいんだろうなって思ったから、昔から好きだったみかんと桃をお願いした。
これが、私が最後にできる数少ない親孝行だと思ったから。
それからもお母さんは、「暑くない?」「体拭いてあげようか?」と言ったように、常に何かしていたいようだった。
きっと、これから起こる別れを考えたくなんだろうな。
……ごめんね。
窓の外を見上げると、太陽がジリジリと照り付け、うるさいほどに蝉が鳴いていた。
病室の涼しさとの違いに、ここで世界が区切られているように感じた。
それからも体の痛みを訴えるたびに薬の投与量が増えていき、薬の種類を変えることになった。
痛みに涙をポロポロと溢す私の頬を先生がそっとティッシュで拭うと「頑張りましたね。すぐ痛みをとりますからね」と言った。
あぁ、これでやっと痛みから解放される。
お母さん、約束守ってね。まだ、私に会いに来ちゃ駄目だからね。
最後の最後まで、泣かせてごめんね。
わがままに付き合ってくれて、ありがとう。お父さん、お母さん、大好きだよ。
香織、私の体調のこと気付いてたのに、言わなくてごめんね。あなたの笑顔が大好きだったの。
いつまでも、その笑顔を大事にしてね。
柊真……最後に素敵な思い出をくれてありがとう。そして、最後にあなたを傷つけて逝くことを許してほしい。
少しでもあなたの心の片隅に住まわせて欲しいって思った私の最後の我儘。
これからいろんな出会いが待っているよね。でも、私を忘れないで……覚えていて……
ぼんやりと意識が薄れていく中、心の中で呟く。
ーーみんな、大好きっ!
end.
このままだと名残惜しくていつまで経っても離れられない。
「お父さーん」
「もういいのか?」
「うん。ありがとう」
お父さんに抱き上げられ、もう一度柊真の顔をしっかり見つめた。
きっとこれが最後になると思う。
今日、お祭りに来るのも気合いでなんとか持ち堪えられただけで、今みたいに、すぐ自分では歩くこともできなくなってしまう。
「あ、ハンカチ……洗って返すね」
「あー、別にそんなのいいけど。じゃ、次学校であったらだな。明日から田舎行くって言ってたよな」
これが最後になるなんて思ってない柊真は、当たり前のように「学校で」と言った。
ごめんね。ハンカチはちゃんと洗っておくから……お母さんに託すね。
「……うん。明日からおばあちゃん家だから、次会えるのは学校だね」
何度柊真に嘘をつかなければいけないのだろうと誤魔化しながら過ごしてきた日々ももう終わる。
嘘はこれが最後だよ。
「美月、早く元気になれよ?」
そう言って、くしゃくしゃと私の頭を撫でる柊真の手が心地よく大人しく頭を差し出した。
「さてと、あまり引き止めるのも悪いよな」
離れる手を思わず掴みそうになるが、グッと胸元で拳を握り我慢した。
「柊真くん、美月と仲良くしてくれてありがとうな」
「え? いや、こちらこそ、ありがとうございます?」
「ふふっ、それじゃ、柊真またね」
「あぁ、ちゃんと食べて、次会うときは太っとけよ?」
「えー、太るって言い方なんかやだな」
「今の美月には良い表現なんだよ。わかったな?」
「はーい」
お父さんに抱かれ公園を出ようとしたところで、この気持ちが欠けることなく全て届くようにと声を張り上げた。
「柊真! 大好き!」
私に手を振り見送っていた柊真が目を見開き固まったのを、滲む視界で見つめた。
「まじかよ……」と呟き口を手で塞ぎながら下を向いたが、すぐに顔を上げ「俺も好きだ!」と叫んでくれたのは本当に嬉しかった。
「美月、良かったな。柊真くん良い子じゃないか」
「でしょ? 自慢の彼氏なの。私の親の前なのに、あんなこと言える?」
「お父さんなら言えないなー。若いっていいな。青春だなって感じたよ」
「うん……青春だね。私の大事な大事な輝かしい青春だよ」
「お母さんの高校の頃より青春してるわよ」
「へへ、いいでしょ?……っ!」
「美月っ⁉︎」
楽しく話しながら車に向かっていたのに、急に体に痛みが走る。
一度痛み始めるとすぐには引いてくれない為、声にならない呻き声をもらしながらひたすらに耐えるしかなかった。
「すぐ病院に着くから大丈夫だからね」
そう言いながら車に乗り込み、横たわる私の額の脂汗を拭ってくれた。
痛みで意識がぼんやりとする中、柊真といる時じゃなくて良かったと思った。
次に目を覚ました時は、病室のベッドの上だった。
手には、いつも通り点滴が刺されている。点滴をするのはしんどいけど、これがなければ、痛みに耐えられないので仕方ないなと思いながら点滴を受けている。
「あら、目が覚めたのね。気分はどう? 痛みはない?」
「はい、少しぼんやりするけど、痛みはないです」
「そう。それなら良かった。先生呼んでくるから待っててね」
体が重く腕を上げるのも億劫で、ただ体をベッドに投げ捨ててるだけの状態にため息を吐く。
先生の診察を終え、今日から入院が決まった。
「美月、先生からアイスとかゼリー食べられるなら持ってきていいって言ってたから、何か買ってくるけど、何が食べたい?」
「んー……みかんとか桃系がいいかな」
「分かった。じゃ、ちょっと1階にあるコンビニ行ってくるわね」
「うん。ありがとう」
食欲なんてないから、本当はゼリーもアイスもいらない。
でも、お母さんがそうしたいんだろうなって思ったから、昔から好きだったみかんと桃をお願いした。
これが、私が最後にできる数少ない親孝行だと思ったから。
それからもお母さんは、「暑くない?」「体拭いてあげようか?」と言ったように、常に何かしていたいようだった。
きっと、これから起こる別れを考えたくなんだろうな。
……ごめんね。
窓の外を見上げると、太陽がジリジリと照り付け、うるさいほどに蝉が鳴いていた。
病室の涼しさとの違いに、ここで世界が区切られているように感じた。
それからも体の痛みを訴えるたびに薬の投与量が増えていき、薬の種類を変えることになった。
痛みに涙をポロポロと溢す私の頬を先生がそっとティッシュで拭うと「頑張りましたね。すぐ痛みをとりますからね」と言った。
あぁ、これでやっと痛みから解放される。
お母さん、約束守ってね。まだ、私に会いに来ちゃ駄目だからね。
最後の最後まで、泣かせてごめんね。
わがままに付き合ってくれて、ありがとう。お父さん、お母さん、大好きだよ。
香織、私の体調のこと気付いてたのに、言わなくてごめんね。あなたの笑顔が大好きだったの。
いつまでも、その笑顔を大事にしてね。
柊真……最後に素敵な思い出をくれてありがとう。そして、最後にあなたを傷つけて逝くことを許してほしい。
少しでもあなたの心の片隅に住まわせて欲しいって思った私の最後の我儘。
これからいろんな出会いが待っているよね。でも、私を忘れないで……覚えていて……
ぼんやりと意識が薄れていく中、心の中で呟く。
ーーみんな、大好きっ!
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