上 下
27 / 33
四章 大好き

4−7 愛しくて残酷な夏にさよならを

しおりを挟む
 最後にぎゅっと抱きしめ体を離すとすぐにお父さんを呼んだ。
 このままだと名残惜しくていつまで経っても離れられない。

 「お父さーん」

 「もういいのか?」

 「うん。ありがとう」

 お父さんに抱き上げられ、もう一度柊真の顔をしっかり見つめた。
 きっとこれが最後になると思う。
 今日、お祭りに来るのも気合いでなんとか持ち堪えられただけで、今みたいに、すぐ自分では歩くこともできなくなってしまう。

 「あ、ハンカチ……洗って返すね」

 「あー、別にそんなのいいけど。じゃ、次学校であったらだな。明日から田舎行くって言ってたよな」

 これが最後になるなんて思ってない柊真は、当たり前のように「学校で」と言った。
 ごめんね。ハンカチはちゃんと洗っておくから……お母さんに託すね。

 「……うん。明日からおばあちゃん家だから、次会えるのは学校だね」

 何度柊真に嘘をつかなければいけないのだろうと誤魔化しながら過ごしてきた日々ももう終わる。
 嘘はこれが最後だよ。

 「美月、早く元気になれよ?」

 そう言って、くしゃくしゃと私の頭を撫でる柊真の手が心地よく大人しく頭を差し出した。
 
 「さてと、あまり引き止めるのも悪いよな」

 離れる手を思わず掴みそうになるが、グッと胸元で拳を握り我慢した。

 「柊真くん、美月と仲良くしてくれてありがとうな」

 「え? いや、こちらこそ、ありがとうございます?」

 「ふふっ、それじゃ、柊真またね」

 「あぁ、ちゃんと食べて、次会うときは太っとけよ?」

 「えー、太るって言い方なんかやだな」

 「今の美月には良い表現なんだよ。わかったな?」

 「はーい」

 お父さんに抱かれ公園を出ようとしたところで、この気持ちが欠けることなく全て届くようにと声を張り上げた。
 
 「柊真! 大好き!」

 私に手を振り見送っていた柊真が目を見開き固まったのを、滲む視界で見つめた。
 「まじかよ……」と呟き口を手で塞ぎながら下を向いたが、すぐに顔を上げ「俺も好きだ!」と叫んでくれたのは本当に嬉しかった。

 「美月、良かったな。柊真くん良い子じゃないか」

 「でしょ? 自慢の彼氏なの。私の親の前なのに、あんなこと言える?」

 「お父さんなら言えないなー。若いっていいな。青春だなって感じたよ」

 「うん……青春だね。私の大事な大事な輝かしい青春だよ」

 「お母さんの高校の頃より青春してるわよ」

 「へへ、いいでしょ?……っ!」

 「美月っ⁉︎」

 楽しく話しながら車に向かっていたのに、急に体に痛みが走る。
 一度痛み始めるとすぐには引いてくれない為、声にならない呻き声をもらしながらひたすらに耐えるしかなかった。

 「すぐ病院に着くから大丈夫だからね」

 そう言いながら車に乗り込み、横たわる私の額の脂汗を拭ってくれた。
 痛みで意識がぼんやりとする中、柊真といる時じゃなくて良かったと思った。

 次に目を覚ました時は、病室のベッドの上だった。
 手には、いつも通り点滴が刺されている。点滴をするのはしんどいけど、これがなければ、痛みに耐えられないので仕方ないなと思いながら点滴を受けている。

 「あら、目が覚めたのね。気分はどう? 痛みはない?」

 「はい、少しぼんやりするけど、痛みはないです」

 「そう。それなら良かった。先生呼んでくるから待っててね」

 体が重く腕を上げるのも億劫で、ただ体をベッドに投げ捨ててるだけの状態にため息を吐く。
 先生の診察を終え、今日から入院が決まった。

 「美月、先生からアイスとかゼリー食べられるなら持ってきていいって言ってたから、何か買ってくるけど、何が食べたい?」

 「んー……みかんとか桃系がいいかな」

 「分かった。じゃ、ちょっと1階にあるコンビニ行ってくるわね」

 「うん。ありがとう」

 食欲なんてないから、本当はゼリーもアイスもいらない。
 でも、お母さんがそうしたいんだろうなって思ったから、昔から好きだったみかんと桃をお願いした。
 これが、私が最後にできる数少ない親孝行だと思ったから。

 それからもお母さんは、「暑くない?」「体拭いてあげようか?」と言ったように、常に何かしていたいようだった。
 きっと、これから起こる別れを考えたくなんだろうな。
 ……ごめんね。

 窓の外を見上げると、太陽がジリジリと照り付け、うるさいほどに蝉が鳴いていた。
 病室の涼しさとの違いに、ここで世界が区切られているように感じた。

 それからも体の痛みを訴えるたびに薬の投与量が増えていき、薬の種類を変えることになった。

 痛みに涙をポロポロと溢す私の頬を先生がそっとティッシュで拭うと「頑張りましたね。すぐ痛みをとりますからね」と言った。
 あぁ、これでやっと痛みから解放される。
 
 お母さん、約束守ってね。まだ、私に会いに来ちゃ駄目だからね。
 最後の最後まで、泣かせてごめんね。
 わがままに付き合ってくれて、ありがとう。お父さん、お母さん、大好きだよ。

 香織、私の体調のこと気付いてたのに、言わなくてごめんね。あなたの笑顔が大好きだったの。
 いつまでも、その笑顔を大事にしてね。

 柊真……最後に素敵な思い出をくれてありがとう。そして、最後にあなたを傷つけて逝くことを許してほしい。
 少しでもあなたの心の片隅に住まわせて欲しいって思った私の最後の我儘。
 これからいろんな出会いが待っているよね。でも、私を忘れないで……覚えていて……

 ぼんやりと意識が薄れていく中、心の中で呟く。

 ーーみんな、大好きっ!

 end.
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】余韻を味わう りんご飴

Ria★発売中『簡単に聖女に魅了〜』
青春
キミと過ごした日々を噛み締めながら味わった祭りの後のりんご飴。 初恋を忘れられず、再会を果たした彼には彼女が出来ていた。 キミへのこの想いは何処へ行くのかな・・・ 一章 再会 二章 絡まる想い 三章 新しい経験 四章 行き着く先は ファンタジーしか書いて来なかったので、このジャンルは中々書くのが難しかったですが、少女漫画をイメージしてみました♪ 楽しんでいただけると嬉しいです♪ ※完結まで執筆済み(予約投稿) ※多視点多め。 ※ちょっと男の子へのヘイトが心配かもしれない。 ※10万文字以上を長編と思っているので、この作品は短編扱いにしています。

2番目の1番【完】

綾崎オトイ
恋愛
結婚して3年目。 騎士である彼は王女様の護衛騎士で、王女様のことを何よりも誰よりも大事にしていて支えていてお護りしている。 それこそが彼の誇りで彼の幸せで、だから、私は彼の1番にはなれない。 王女様には私は勝てない。 結婚3年目の夫に祝われない誕生日に起こった事件で限界がきてしまった彼女と、彼女の存在と献身が当たり前になってしまっていたバカ真面目で忠誠心の厚い騎士の不器用な想いの話。 ※ざまぁ要素は皆無です。旦那様最低、と思われる方いるかもですがそのまま結ばれますので苦手な方はお戻りいただけると嬉しいです 自己満全開の作品で個人の趣味を詰め込んで殴り書きしているため、地雷多めです。苦手な方はそっとお戻りください。 批判・中傷等、作者の執筆意欲削られそうなものは遠慮なく削除させていただきます…

ハッピークリスマス !  非公開にしていましたが再upしました。           2024.12.1

設樂理沙
青春
中学生の頃からずっと一緒だったよね。大切に思っていた人との楽しい日々が この先もずっと続いていけぱいいのに……。 ――――――――――――――――――――――― |松村絢《まつむらあや》 ---大企業勤務 25歳 |堂本海(どうもとかい)  ---商社勤務 25歳 (留年してしまい就職は一年遅れ) 中学の同級生 |渡部佳代子《わたなべかよこ》----絢と海との共通の友達 25歳 |石橋祐二《いしばしゆうじ》---絢の会社での先輩 30歳 |大隈可南子《おおくまかなこ》----海の同期 24歳 海LOVE?     ――― 2024.12.1 再々公開 ―――― 💍 イラストはOBAKERON様 有償画像

青春リフレクション

羽月咲羅
青春
16歳までしか生きられない――。 命の期限がある一条蒼月は未来も希望もなく、生きることを諦め、死ぬことを受け入れるしかできずにいた。 そんなある日、一人の少女に出会う。 彼女はいつも当たり前のように側にいて、次第に蒼月の心にも変化が現れる。 でも、その出会いは偶然じゃなく、必然だった…!? 胸きゅんありの切ない恋愛作品、の予定です!

小虎|僕を愛して身代わりになってくれた彼が、霊能者になるなんて!!

宇美
青春
友情と不思議とノスタルジーと…… ♪.:*:’゜☆.:*:’゜♪.:*:’゜☆.:*:・’゜♪.:*:・’゜☆.:*:・’゜♪.:*:・’゜ 東京で暮らすスグルには、故郷に忘れられない幼馴染がいた。 いつも自分を犠牲にして助けてくれた彼に、僕は何もしてあげられなかった。 優しく切ないブロマンス。 ♪.:*:’゜☆.:*:’゜♪.:*:’゜☆.:*:・’゜♪.:*:・’゜☆.:*:・’゜♪.:*:・’゜ 昭和末期から平成初期の日本の田舎町を舞台とした、ノスタルジックな男の子の友情物語です。 あやかしも出てきます。 約10万字。文庫本一冊ぐらいの長さです。 下記のキーワードに一つでもピンときた方は、ぜひぜひお読みください(^▽^)/  幼馴染/青春/友情と愛情/ブロマンス/あやかし/神社/不思議な物語/美少年/泣ける/切ない/昭和末期/平成初期/ノスタルジー/郷愁

【完結】愛していないと王子が言った

miniko
恋愛
王子の婚約者であるリリアナは、大好きな彼が「リリアナの事など愛していない」と言っているのを、偶然立ち聞きしてしまう。 「こんな気持ちになるならば、恋など知りたくはなかったのに・・・」 ショックを受けたリリアナは、王子と距離を置こうとするのだが、なかなか上手くいかず・・・。 ※合わない場合はそっ閉じお願いします。 ※感想欄、ネタバレ有りの振り分けをしていないので、本編未読の方は自己責任で閲覧お願いします。

【完結】愛犬との散歩は、恋の予感

Ria★発売中『簡単に聖女に魅了〜』
青春
愛犬を通じて好きな人と交流をしていくお話です。 中学三年生の大事な受験の時期に初恋を知って、お互いに勉強を励まし合いながら、恋をしていくお話です。 胸きゅんする……かな? 中高生向けの為、難しいお話ではなく、初々しい感じを目指してみました♪ _________________ 「私、親が二人とも身長高いんだよね。だから、もしかしたら・・・身長超しちゃうかも」 「はっ、俺だって成長期だっての。自分だけ伸びると思ってんじゃねーよ」 _________________ 一章 初恋 二章 嫉妬 三章 逢瀬 四章 結実 _________________ ファンタジーしか書いて来なかったので、このジャンルは中々書くのが難しかったですが、少女漫画をイメージしてみました♪ 楽しんでいただけると嬉しいです♪ ※完結まで執筆済み(予約投稿) ※10万文字以上を長編と思っているので、この作品は短編扱いにしています。 ※長くなりそうだったので、ちょいちょいエピソードを割愛しています。

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

処理中です...