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1巻

1-3

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 翌日、私は熱があると嘘をつき、ズル休みをすることにした。
 私が学園にいないことで、アンナ嬢とルシ様は二人で会話をする機会が増え、気がゆるんでくるはず。そうすれば、何か決定的な瞬間を押さえることが出来るはずだ。てんとう虫型カメラ君に頑張ってもらっちゃうわよ。
 ちなみに、ルシ様には『うつすといけないので、見舞いは不要』と伝言済みである。
 仮病だけど、万が一バレたら困るので、ベッドで横になりながら手鏡をのぞくことにした。
 授業中はこれといった動きはないので、刺繍ししゅうをしたり読書をしたりして過ごす。
 授業の合間の休憩時間では、アンナ嬢が毎回ルシ様の席に行って会話をしていたが、何を話していたかまでは分からない。
 小説に没頭し過ぎて、昼休みに入ったことに気付かず、私は慌てて手鏡をのぞく。すると、アンナ嬢とルシ様が二人で廊下にいる姿が見え……すぐにパシャリと写真を撮った。
 今撮った写真とこれまでの写真があれば、もう不貞の証拠は十分じゃないかしら? 学園が終わる前に話をつけられるかもしれないと思い、急いでお兄様の部屋に向かう。
 バンッ! 勢い余って、大きな音を立てて扉を開けてしまった。
 私の暴挙にお兄様がペンを持ったまま固まる。私も恥ずかしさから固まってしまった。

「……申し訳ございません」
「いいよ。……それで? 熱を出して寝込んでいるはずの妹が何の用かな?」
「お兄様! これを見てくださいませ。完璧な不貞の証拠になりますわよね?」
「……は?」

 写真には、二人が抱き合って口付けをしているように見える光景が写っていた。実際にしているかしていないかはよく分からないけれど。

「よくやった。すぐ父上に話しに行く。おそらく父上は忙しいから、私が代理であちらのやしきに行くことになるだろう。奴が学園から帰ってくる前にさっさと婚約解消して来てあげるから、大人しく待っていなさい」
「ありがとうございます。お兄様大好き!」

 私はギュッとお兄様に抱き着き、感謝を伝える。

「可愛い妹のためだ。これくらいどうってことないさ」

 お兄様も私をギュッと抱き締め、頭を撫でると部屋から出ていった。
 これで、ルシ様との婚約解消は決まった。今まで婚約者として良好な関係を築いていたはずなのに、学園に入って早々にこんなことになるとは思わなかった。
 でも、結婚する前にルシ様がどういう人か分かって良かったと思う。あれでは、寄ってくる女性達をかわすことが出来ず、気付いたら関係を持っていたなんてことになりかねない。
 浮気するような男は願い下げだわ。
 しかし、私も無傷というわけにはいかない。こちらにも何か問題があったのではと、周囲に思われるはずだ。
 正直なところ、婚約解消したことで嫁ぐのが遅れるのであれば、結婚しないことも考えている。山奥に小屋を建てて薬を調合し、時々街に下りて薬を売って生計を立てるというのも良い。
 我が家にはどこかの家とつながりを持ちたいという野望もないし、家族は私に甘いから、良いよと言ってくれそうな気がする。
 お兄様がルシ様のやしきへ行っている間に、訓練をしていたラルフを呼び出す。

「今は仕事中じゃないから、ソファーに座って」
「……いや、お前、熱があるんじゃなかったのか?」

 ラルフは、二人でいる時はこんな風に砕けた口調で話す。

「ふふっ。熱ね? 熱はあった気がするのだけれど、なかったみたいなの」
「は?」
「それでね。ラルフに話しておかなければならないことがあって呼んだの」
「今日、学園を休んだのと関係あるのか?」
「えぇ。今、お兄様がルシ様のやしきへ向かっているわ」
「フェルが? 一体何を……」

 フェルナンドお兄様とラルフは同い年で、私達とラルフは幼馴染おさななじみとして過ごしてきたので、ラルフはお兄様のことをフェルと愛称で呼んでいる。

「実は、ルシ様との婚約を解消することになったのよ。それで、お兄様がお父様の代わりにあちらにおもむき、手続きをしてくださっているの」
「はぁ……お前が何も言わないから、あいつのことを許しているのかと思っていた」
「許すなんて……出来ないわ。ただ、ルシ様が自分で気付き、態度を改めてくれればとは思っていたけれど、そんなことを言っていられる状況ではなくなったのよ」

 そう、もう決定的な不貞の証拠をつかんでしまったのだから……

「あいつ……やしきに戻ってお前との婚約が解消になったって知ったら、倒れるんじゃねーの? あんなやつだが、お前のこと大好きだっただろ」
「……好きだ、愛してる、なんて言葉を言っていれば良いわけではないのよ。行動が伴わなければ意味がないわ。婚約者をないがしろにしてるつもりはなくとも、そう思われるような行動を取っている時点で、彼は駄目なのよ」
「……そうか」
「明日も学園は休むわ。明後日からは通うけれど、ルシ様はもう私の婚約者ではないから、そのつもりで護衛の任に当たってほしいの」
「分かった。ルシアンからもしっかり護ってやるよ」
「えぇ、期待しているわ」
「そんじゃ、俺は戻る。また、明後日にな」

 ラルフが出て行き扉が閉まると、私は深く息を吐く。

「まぁ、学園に着いたら、ルシ様が突撃してくるのは目に見えているわね」


 こうして、無事に婚約は解消された。
 ルシ様は、やしきに戻り婚約解消のことを聞き、すぐに我が家に押しかけてきたらしい。
 だが門番達が通すわけもなく、長時間居座ったが、どうあっても私に会わせてもらえないと理解すると、渋々帰っていったそうだ。
 学園で会えるからと思ったのかもしれないが、今日も私は休んでいる。
 恐らく私とルシ様の婚約解消の話は、またたく間に学園中に広がっているだろう。
 さすがにもう、殿下ともアンナ嬢ともルシ様とも行動を共にすることは出来ない。残念なことに、学園に入ってからこの三人といつも行動していたため、他に友人を作れなかった……
 これからは、やしきの料理人にお願いしてランチを作ってもらって、中庭で食べようかしら。食堂に行けば、噂話に花を咲かせた令嬢達の視線がすごそうだから。
 そんなことを考えながら、庭の花壇に水をあげていると、お兄様がやしきの方から歩いてきた。

「どうしましたか?」
「メルが学園の様子を気にしていると思ってね。教えてあげようか」
「……何故、お兄様が学園の様子をご存知なのですか?」

 じとーっと見てしまう。

「まぁ、その辺は詳しく聞かないこと。学園の様子、知りたくないのかな?」
「知りたいですわ」
「じゃ、そこに腰掛けようか」

 二人で花壇の側にあるベンチに腰掛けた。このベンチは、よく水をあげに来る私が休憩出来るようにと設置されたもので、日除けの屋根も付いている。

「学園では、すでにメル達の婚約解消は知れ渡っているよ」
「予想通りですわね」
「今までのルシアンと聖女の行動を見てきている生徒達は、彼の過失による婚約解消だと思っているようだ。聖女殿も婚約者がいる男に色目を使い、婚約解消させた悪女と裏で言われているよ」

 お兄様……楽しそうね。まさか……

「そのアンナ嬢の噂ですが……まさかお兄様が?」
「いや、身から出たさびだね。私が何かをしたわけでもなく、自滅しただけだよ」
「なるほど……」
「ルシアンは、学園の門の前でメルが来るのを待っていたようだよ。メルに直接話して、婚約解消を撤回してほしいとお願いするつもりだったんじゃないかな」

 やっぱり……。昨日、ラルフに婚約解消の話をしておいて良かった。
 これで、ルシ様は私に近寄ることは出来ない。今更何も聞きたくないもの……

「そうですか……。明日、学園に行く時も待ち伏せされていそうですね」
「中途半端に相手するよりは、スルーした方が良いだろう」
「でも、同じクラスなので、授業が終わったらすぐ席まで来るんじゃ……」
「あぁ、そうだな。学園に説明して話を付けておいてあげるよ。メルの席を廊下側のドア横にしてもらおう。それなら授業が終われば、すぐラルフが側に付ける」
「さすがお兄様! ありがとうございます」
「せっかくの学園生活だ。楽しんでおいで」
「はい!」


 翌日は、予定通り学園へ向かった。
 コツンと馬車の窓を叩かれ、少し窓を開けるとラルフが声を掛ける。

「お嬢様、学園の門のところにルシアン様がいます」
「困った人ね。馬車を降りないわけにはいかないから、しっかりガードしてね」
かしこまりました」

 やっぱり待ち伏せしていたわね。
 馬車が停まり、いつもならすぐにラルフが扉を開けて手を差し伸べるけれど……外が騒がしい。
 ルシ様が私に会わせろとわめいているみたいだけど、ここで私が相手をすると、注目の的になってしまう。だから、ラルフが彼を押さえている間に校舎に入ることにした。
 静かに扉を開け、馬車を降りて、そろりと歩き出そうとしたところで、ルシ様に気付かれる。

「メルっ!」

 私は聞こえないふりをして、振り返ることなく歩き出す。未だにラルフに押さえられているルシ様は、私に叫び続ける。

「メルっ! 誤解なんだ! 待ってくれ!」

 門のところで大きな声を出していれば、目立つのは当然のこと。みんな興味津々で様子をうかがっている。そんな視線を無視し、廊下を歩いていると、殿下と出くわした。

「やぁ、ミズーリ伯爵令嬢、おはよう。もう体調は大丈夫なのかい?」
「はい。二日間ゆっくり出来ましたので、おかげ様で良くなりましたわ」
「それは良かった。門の方が騒がしかったようだが……ルシアンか?」
「はい……」
「全く見苦しい。私も君が休んだ日から、彼らとは昼食を共にしていないんだ」

 殿下はアンナ嬢の面倒を見ているから、てっきり一緒に過ごしているとばかり思っていた。

「そうなのですか?」
「アンナの世話は、学園に慣れるまでということでね。学園に入って三ヶ月経ったから、もう世話をする必要はない。後は自分でどうにかするべきだ」
「それなら仕方のないことですわね」
「それで、良ければ、ミズーリ伯爵令嬢とはまた昼食を共にしたいのだが」
「しかし、私は婚約解消したばかりですし、あまり私と関わりますと殿下も良く思われないかと」
「いや、ミズーリ伯爵令嬢を悪く言う者などいない。それに、婚約者がいない令息も多いんだ。ミズーリ伯爵令嬢は、彼らに狙われていると言っても良い」
「……?」

 殿下は何を言っているのだろう? 思わずキョトンとして首を傾げてしまう。

「あぁ、自覚がないのだな。ミズーリ伯爵令嬢は、とても美しい。妖精のようだと言われているよ」
「……家族が娘可愛さに言っている戯言ざれごとだと思っておりましたわ」
「ふっ、君の家族は『末の妖精姫を溺愛している』という噂だ」
「そんな……恥ずかしいですわ」
「とにかく、ミズーリ伯爵令嬢と一緒にいることで私がとやかく言われることはない。もしあるとすれば、令息達からの嫉妬かな」
「まぁ、お上手ですわ」
「冗談じゃないんだけどな。私のサロンであれば、ルシアンも入って来られないからゆっくり出来る。どうだろうか?」

 確かに……さっきの様子を見る限り、昼休みも私を探し回って、彼に昼食の邪魔をされそうだわ。

「では、お言葉に甘えてもよろしいですか?」
「もちろん。私が誘ったのだから、気兼ねせずに来てほしい」
「ありがとうございます」
「それで……良ければ、名前で呼ばせてもらえないだろうか? 以前はルシアンの手前、名前で呼ぶのは控えていたが、これからはメルティアナ嬢と呼んでも? 抵抗がなければ、私のことも名前で呼んでほしいが……」

 確かに、友人としてはミズーリ伯爵令嬢という呼び方は距離がある気がする。でも、私が殿下のことを名前で呼ぶのは、まだ少し抵抗があるから……

「もちろんです。ただ……私は、今は殿下とお呼びしますね」
「ありがとう。メルティアナ嬢から名前を呼んでもらえる日を楽しみにしているよ」

 そんなことを話しながら教室に入ると、一斉に見つめられて居心地が悪くなるが、殿下がサッと私の前に立ち、視線をさえぎってくれた。視界に殿下の背中だけが入り、ホッとする。
 席に座ろうとしたところで、「メルティアナ様!」と大きな声で呼ばれた。
 礼儀作法……もう、これ以上注意するのはやめましょう。すでに数え切れないほど注意していますし。

「アンナ嬢、おはようございます」
「あっ、おはよう。あのっ、ルシアン様と婚約解消したって聞いたの! それでっ」

 言い募ろうとするアンナ嬢に、殿下が厳しい口調で言う。

「アンナ、このような場所で話す内容ではない」
「私はただっ――」
「それ以上何も言うな。ここで話すことではないと言ったはずだ。何度も言わせるな」

 殿下の厳しい言葉に、青褪あおざめてうつむくアンナ嬢。

「……はい」

 アンナ嬢は静かに席に戻っていく。ルシ様は、先生が教室に入るタイミングでラルフが連れてきたので、私の側に来ることも出来ずに授業が始まった。
 だが、授業が終わると、すぐにルシ様は席を立った。そして、アンナ嬢もこちらに来ようとしているのが視界に入り、うんざりする。
 このままスルーし続けても、休み時間の度にこちらに来そうだわ。仕方ないわね……

「メルっ! 話がしたいんだっ!」

 私の前に出ようとするラルフを、手を上げて制止する。

「マイガル伯爵令息、聖女様、ここではゆっくりお話しすることは出来ませんので、昼食時でよろしいでしょうか? それと、私達はもう婚約者ではないのですから、ミズーリ伯爵令嬢とお呼びください」

 ルシ様――マイガル伯爵令息は、ショックを受けた顔をして「そんな……」とつぶやいた。
 近くで話を聞いていたアンナ嬢――聖女様も、「聖女様なんて他人行儀な言い方……」とショックを受けている。
 殿下に相談もせずに二人を昼食に誘ってしまったので、すぐに殿下のもとへ向かう。

「殿下、お話よろしいでしょうか?」
「あぁ、大丈夫だよ。どうかしたのか?」
「このままでは、マイガル伯爵令息と聖女様が休憩時間ごとに私の席に押しかけて来そうだったので、お昼にお話しすることにしたのです。殿下に相談もなく決めてしまい、申し訳ありません」
「なるほど。いや、私は別に構わない。確かに一度メルティアナ嬢からはっきりと言った方が良いのかもしれないな」
「……はい」

 殿下にそう言ってもらえて良かった。本当に私の問題に巻き込んでしまい申し訳ないわ……

「それで、聖女様ともこれ以上友人として付き合うことは出来ないので、婚約解消に至った証拠写真を見せて納得していただこうと思うのです」
「二人の不貞の証拠というやつかな」
「はい」
「メルティアナ嬢は大丈夫なのか? そんな写真をまた目にするなど……」

 私が傷付かないか心配してくれているのね。殿下は本当に優しい方だわ。

「私は大丈夫です。証拠写真を用意したのは私ですし、二人が休日に宝石店デートしていたのも、この目で見ておりますので」
「まさか、実際に二人に遭遇していたとは……」

 殿下も驚くわよね。私もまさか目撃することになるとは思わなかったもの……

「遭遇と言いましても、私はお忍びで街に下りていましたので、二人には気付かれておりませんわ」
「なるほど。では、いつも通り四人でサロンで昼食を取ろう。私は口を出さず静観するよ」
「ありがとうございます」

 これで彼と関係を切り、さっぱりした気持ちで学園生活を送りたい。
 聖女様も私の婚約者に手を出しておいて、私と友達でいたいというのは調子が良過ぎる。当然、受け入れることは出来ない。
 殿下が聖女様のお世話をする期間も終わったことだし、平民のいるクラスに移動するのが良いと思う。
 昼休みになり、私は無言のままサロンへ向かった。サロンに入った途端、マイガル伯爵令息に手をつかまれ、引き寄せられそうになる。しかし、ラルフが私とマイガル伯爵令息の間に体を滑り込ませ、彼の手をつかんだ。

「お嬢様に気安く触らないでいただきたい」
「……っ」

 相当強くつかまれたようで、マイガル伯爵令息は顔を歪めて手を離した。

「お嬢様、大丈夫ですか?」

 ラルフは、そっと私の手に触れると、傷付いていないか確認する。

「そんなに強くつかまれていないから大丈夫よ」
「それなら良かったです。マイガル伯爵令息は、お嬢様から距離をお取りください。本来であれば、昼食を一緒に取ることなど出来なかったのですよ。これはお嬢様のご慈悲です。お忘れなきよう」
「……分かっているよ」

 静まり返った陰鬱いんうつな雰囲気の中、突然場違いな声が響く。

「もー、ラルフさんもルシアン様も、二人ともどうしたの? 喧嘩けんかしちゃった?」
「さぁ、いつまでも立っていないで、ソファーに腰掛けてくれ」

 サロンに入ってきた殿下は聖女様の言葉を受け流し、全員に座るようにうながす。

「食事をする時間がなくなってしまいますので、はしたないですが、食べながらお話しさせていただきますね」

 私がそう言うと、ラルフが後ろからさっとバスケットを差し出す。料理人にお願いして作ってもらったフルーツサンドと、ラルフ用に用意したカツサンド。どちらも美味おいしそう。

「メルティアナ様が、ランチを持ってきてるの初めて見た! 美味おいしそうでいいなー」
「今日は中庭で食べようと思って、やしきの料理人に作ってもらいましたの」
「ピクニックみたいで楽しそう! 今度みんなで中庭で食べようよ」

 聖女様は、これからも私達と一緒に過ごすつもりなのかしら。相変わらず空気が読めないのね。もう一緒に過ごすことなんてないのに……

「それは、少し難しいですわね。もう聖女様ともマイガル伯爵令息とも昼食を共にすることはありませんので」
「え? なんで? それに何で聖女様なんて呼ぶの? マイガル伯爵令息ってルシアン様のこと? どうしてそんな言い方するの? 婚約解消したって聞いたけど、お友達ではいられるでしょう?」

 ……本気でそう思っているの? 円満に婚約が解消されたと思っているのかしら。

「私とマイガル伯爵令息の婚約が解消に至った理由はご存知ですか?」
「ううん。ただ婚約が解消になったとしか……」
「解消した理由はこれです」

 私がテーブルの上にバサリと証拠の写真を広げると、マイガル伯爵令息は青褪あおざめて「違う!」と声を荒らげる。

「メル! 本当に違うんだ。アンナ嬢とは何でもないんだ。この写真では、不貞を犯しているように見えるかもしれないが、本当に……」
「でも、二人が宝石店に入っていくのをこの目で見ましたわ」
「あ、あれはっ、偶然街で出会って、宝石店に行くところだと話したら、アンナ嬢が宝石店に行ったことがないから行ってみたいって。連れていくくらい構わないかなと……」

 マイガル伯爵令息は誤解だと弁解しつつも、申し訳なさそうに眉を下げ、徐々に声が小さくなっていく。

「それで、仲良く二人で私の髪飾りを選んだのですね。他の女性に選ばせた髪飾りを、婚約者にプレゼントする人がこの世にいるということを勉強させていただきましたわ」
「一緒に選んだというか……二つ候補を絞って、どちらが良いか悩んでいたら、アンナ嬢がこちらの方がメルに似合うと言うから……」
「そうですか……。それでは、婚約者以外の女性に髪飾りをプレゼントしたことは?」
「せっかく店に来たのに何も買わないのは可哀想だと思って、小振りの髪飾りを買ってあげただけだよ。メルの髪飾りと比べれば大した物じゃない」

 マイガル伯爵令息は本当に何もわかっていないのね……
 優しい人なんだとは思う。でも、その優しさが愚かな行動につながることを、彼は知らないのだ。

「大したものじゃない……そういう問題ではないのですよ。客観的に見て、婚約者以外の女性と休みの日に宝石店デートをして、髪飾りをプレゼントしたという事実が問題なのです。そこにあなたの考えは必要ありません」
「そんな……」
「そして、こちらの写真が決め手となりました。学園の廊下という人目に付く場所での抱擁。マイガル伯爵令息がかがみ、彼女に口付けをしているように見える写真です」

 マイガル伯爵令息は写真を見た瞬間、目を見開き、「なんだこれは……」とつぶやいた。そしてすぐに私の方を向き、言い募る。

「これは、アンナ嬢が転びそうになったから支えてあげただけで……この口付けしているように見える写真だって、私の制服のボタンに彼女の髪が絡まってしまったから解いていただけで、何もないよ。私にはメルだけなんだ。メルだけを愛してるんだよ……」
「マイガル伯爵令息。先程も言ったように、あなたがどう思っていようとそのように見えてしまう行動を取ったことが問題なのです。この写真を見れば、十人中十人が私と同じ見解を示すでしょう。誤解だなんだと言ったところで、信じてもらえるとお思いですか?」
「そんな……本当のことなのに。どうしてこんなことに……」

 マイガル伯爵令息は、握った手をひたいに当ててうつむく。
 殿下と聖女様は、テーブルの上に並べられた写真を見つめながら、静かに私達の会話を聞いていた。


 これで、聖女様にもどういう経緯で婚約解消になったのか分かったでしょう。

「そういうことですので、婚約解消の原因となった聖女様とはもう友人ではいられません」
「えっ、でもでも、ルシアン様も言っていたよね? 誤解だよ? 私達浮気したわけじゃないのに……」
「何を言っても無駄です。真実がどうであれ、私も周りの者達も二人が不貞を犯したと思っているということが重要なのです。それに、聖女様は授業で刺繍ししゅうしたハンカチをあげたり、タオルを差し入れたりしていたでしょう? 本来であれば、それは婚約者である私の役目だったのに。何度も言いましたよね? 婚約者のいる男性に無闇に近寄らず触れ合わないと」

 私は手を頬に添え、コテンと小首を傾げて、困った子ねという仕草をする。

「婚約者がいたって、私達お友達だから別にいいじゃない」
「先程もマイガル伯爵令息に言いましたが、あなたがどう思い、何を考えているかなんて関係ないのですよ? あなたの行動が周囲にどう映るのかが全てなのですから。マイガル伯爵令息は婚約者をないがしろにし、聖女様を婚約者のように扱っている。聖女様に至っては、友人の婚約者に手を出す悪女と言われておりますわね」
「……っ。そんな、私はメルをないがしろになんてっ」
「私だって、メルティアナ様からルシアン様を奪おうなんて思ったことないよ!」

 マイガル伯爵令息も聖女様も、必死になって言い訳しているけれど……

「そうですか。それでしたら、お二人共行動に気をつけた方がよろしかったですわね。私達は常に誰にどう思われるか気にしなければなりませんわ。貴族なのですから。これで分かっていただけましたか? 私は今後お二人と関わりを持つつもりはありません。二度と話しかけないでいただきたいのです」

 これが私の本心。でも、実際に話しかけられたら、体面もあるので挨拶あいさつくらいは返すことになると思うけれど……

「……」

 マイガル伯爵令息は、もううつむくことしか出来ないようだ。

「でも、だって、私……メルティアナ様しかお友達いないのに」
「もう学園に入学して三ヶ月が経ちましたわ。殿下も聖女様の世話係を降りたと聞きました。聖女様は平民出身ですし、高位貴族のいるクラスでは友人を作るのは難しいでしょう。下位貴族のクラスには平民の特待生もおりますし、そちらのクラスに移ってはいかがかしら?」
「えっ、殿下やルシアン様とクラスが離れちゃうのはイヤ! それに……」

 チラッと私の後ろにいるラルフに視線を向ける聖女様。

「えっと、ラルフさんとも会えなくなるのは嫌かな」

 つまり、私とは会えなくなっても構わないが、彼らとは離れたくないと?
 あまりの言葉に、私は何も言えなくなる。

「メルティアナ嬢の言うことはもっともだな。アンナはもう高位貴族のクラスにいる理由がない。私から学園長に話を通しておく。明日からは、下位貴族の校舎に行くように」
「そんなっ、あんまりです!」


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