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五章

平凡な幸せ【完】

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 パーティーの後は、家に帰る準備の為、ドレスからワンピースに着替えて、叔母様達から頂いた結婚祝いをレンと確認した。
 私が、もうドレスは必要ないからと、商家のお嬢様風のデザインのワンピースや靴や帽子など、これでもかと贈られた。
 それでも、「ドレス1着分にもならないわ」と叔母様はご不満気味だった。

 「メル、いらっしゃい」

 叔母様に呼ばれて行くと、一つのプレゼントボックスを渡された。
 これだけ別に分けてあるということは、何か特別なプレゼントなのかしらと不思議に思っていると、叔母様が耳打ちする。

 「これは、初夜用の夜着よ。今夜はこれを着るのよ。分かったわね?」

 「えっ!?しょ・・・!?」

 予想外のプレゼントに、驚きに大きな声が出そうになり、急いで口に両手を当てて言葉を飲み込む。
 言われたことを、頭の中で繰り返し、徐々に顔に熱が集まるのがわかる。
 きっと、私の顔は今真っ赤になっているに違いない。
 周りに気付かれないように、皆に背を向けて、少し俯き、顔を隠す。

 「大丈夫よ。痛いのは最初だけ。夫に身を任せれば大丈夫よ。あまり気構えない様にね」

 「は、はい。・・・頑張りますわ」

 今夜が初夜ということは、ちゃんと分かっていたし、心構えをしていた筈なのに、初夜用の夜着を渡され、恥ずかしさと緊張で箱を持つ手に力が入る。

 勿論、レンとちゃんと夫婦になれると思うと嬉しい気持ちが大きい。それでも少しの不安や怖さはどうしてもあるのが事実だ。

 それからは、今夜の事で、頭が一杯になり、どの様に過ごしていたのか覚えていない。
 気付いた時には、森の家に戻ってきて、レンとソファーで寛いでいた。

 「メルティアナ?疲れちゃったかな?」

 私のいつもと違う様子に、レンが心配そうに顔を覗き込み、指で頬をひと撫でする。

 「あ、ごめんなさい。ちょっと考え事を・・・」

 「叔母様からのプレゼントを貰った後から様子が変だったけど、それが原因かな?」

 レン・・・気付いていたのね。
 この際、叔母様から貰ったプレゼントを見せてみるのも・・・。

 「あの、驚かないで欲しいのだけれど・・・。叔母様が今夜着るようにと・・・」

 そう言いながら、ゆっくりと箱を開ける。
 夜着が綺麗に畳まれて入れてある為、パッと見た感じでは、白い夜着かな程度にしか分からない。

 「夜着を貰ったのかな?」

 「その・・・持ち上げて広げて見てくれるかしら?」

 言われた通りに、レンは箱から夜着を取り出し、全体像がわかる様になったと思ったら、レンが固まった。
 私も驚いたもの。レンも衝撃的だったわよね。

 「レン・・・?」

 私が声を掛けると、レンはハッと意識を取り戻し、静かに夜着を箱の中に戻し、下を向き、口を手で覆う。
 下を向いているので、表情は読み取れなかったけれど、真っ赤に染まった耳を見て、恥ずかしがっているのだと気付く。

 「これね。叔母様が言うには、初夜用の夜着なのですって。こんなに丈が短くて透けている夜着なんて初めてで、私も動揺してしまったの。そして、今夜の事を考えて・・・その、少し怖くなってしまって・・・。あっ、勿論、嫌というわけではないのよ。ただ、初めての事だし、少し不安というか・・・」

 私があの時から思っていたことを口にすると、レンは、バッと顔を上げ、私の両手を握る。
 顔はまだ赤いままだったが、真面目な顔で私を見つめる。

 「メルティアナが心配する気持ちも、怖いと思う気持ちも分かる。どうしても女性の方に体の負担を強いることになるから・・・。実践は初めてだけど、座学はこれでもかと言うほど、学んだから。本が擦り切れる程、しっかり読み込んだから、出来るだけ痛くない様にするから、安心して欲しい」

 真顔で、そんなことを言うレンに、嬉しいやら恥ずかしいやら、様々な感情が溢れ出てくるが、結局のところ、嬉しいと言うことだ。

 「私の為にありがとう」

 このあとは、お互いに湯浴みをし、先に寝室で待っていたレンが、先ほどの夜着を着た私を見て、「ちょっと待って」と、背を向けて深呼吸をした。大丈夫かしらと思っていると、レンが、私のところまで凄い勢いで歩いてきて、横抱きにして、ゆっくりとベッドで下ろした。

 横になった私の横で、ベッドに腰を掛けるレンは、私の頬に手を添え、親指で頬を撫でる。
 その瞳には、確かに熱が感じられ、今からされることに、心臓が煩いぐらいに音を立てる。

 「本当に綺麗だ。それでいて、とても・・・はぁ。この夜着は不味い。理性が吹っ飛びそうだ。・・・出来るだけ優しくするから、俺を受け入れてくれるか?」

 普段、冷静なレンが、私で心乱され、余裕がない様を見るのは、とても嬉しく愛しさが込み上げる。
 さっきまでは、不安や恐怖があったはずなのに、今はレンになら何をされても構わないと思ってしまう。

 「レン、愛してるわ。私をあなたのものにして欲しい」

 そういうと、レンは、ゆっくりと顔を近づけ、「愛してる。もう離してあげられない」と囁き、口付けを落とした。

 それから私達は甘いひと時を過ごし、翌日は、2人とも日が高くなる頃になってやっとベッドから出る事が出来た。

 ◇ ◇ ◇
 
 私達の結婚生活は、平凡ながらも、幸せに過ごせている。

 初夜で長男を授かり、その後も次男が生まれ、末っ子に女の子が生まれて、3人の子宝に恵まれた。
 
 結婚をせず独身を貫いたお兄様の願いと長男の意思を尊重して、長男が10歳の頃に、お兄様の養子として迎え入れられ、次期当主としての教育が始まった。

 長男もお兄様に良く懐き、尊敬していたので、お兄様の元で過ごすことは、あの子にとっても意味あるものなのだろう。
 10歳で親離れとは、少し寂しくもあるけれど、邸には、今までも良く顔を出していたので、これからも長男とは顔を合わせることになるので、そこまでの寂しさは感じていない。

 末っ子は、リコリスがお気に入りで、私も欲しい!と良く駄々を捏ねている。
 リコリスは上げられないので、近々、アランさんにお願いして、リコリスのお友達を造って貰う予定だ。
 
 晴れ渡った空を見上げる。

 「お母様。空の上から見ていますか?私は、今とても幸せです。唯一の心残りは、お母様に子供達を抱いて貰う事が出来なかった事位ですわ」

 感傷に浸り、涙が滲みそうになったところで、レンが私の名を呼ぶ。

 「メルティアナ。焼き菓子を作ってみたんだけど、味見してくれないか」

 「えぇ、勿論。今行くわね」

 素敵な旦那様と子供達、そして、私の心を癒してくれたリコリスや森の動物達。
 平凡だけど、何物にも変え難い生活。

 「レン。私と結婚してくれて、ありがとう」

 私の言葉に、扉に手をかけていたレンは、驚いた様に、振り返る。

 「急にどうした?むしろ、それを言うのは俺の方だよ。俺と結婚してくれて、子供達を産んでくれて、ありがとう。愛してるよ」

 「私も愛してるわ」

 五章 end.
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