上 下
69 / 103
五章

レンと街へ④

しおりを挟む
 「朝から歩き通しですし、午後はのんびりボートでもと思っているのですが、如何ですか?」

 「いいわね。赤く色付いた木々を眺めながら、のんびり過ごすのも素敵よね」

 「良かったです。それでは、ボート乗り場までは、少し距離がありますので、馬車で向かいましょう」

 「えぇ。そうしましょう」

 レンにエスコートされ、馬車に2人で乗り込む。
 斜め前に座ったレンは、マジックバッグ から一つのラッピングされた箱を取り出した。

 「メルティアナ。こちらを」

 「私に?何かしら」

 リボンを解き、蓋を開けると、中には白いファーで出来たミトンが、ワインレッドのリボンが装飾されていて可愛らしかった。

 「その・・・この時期にボートに乗るのは、冷えますので、良ければそちらを着けて頂ければと思います。丁度、今日のお召し物と合うと思いますので・・・」

 確かに、今日の服装とマッチしているわ。
 でも・・・これってレンの色よね。
 このミトンをプレゼントする意図は・・・?
 私の気にし過ぎかしら。

 「ありがとう。とても嬉しいわ。大事に使わせて貰うわね」

 ミトンに手を通すと、滑らかな手触りで心地良い。
 冷えた手が徐々に温かくなっていくのを感じる。

 「今日は、私がレンに色々して貰ってばかりで、私がレンにお礼が全然出来ていないわね。今日は、レンに日頃の感謝をしようと思っていたのに」

 「メルティアナが気にする事は何もありませんよ。今日一日、メルティアナの時間を頂けて、とても嬉しかったです。平民である私が、伯爵令嬢である貴方の名を呼び、同じ時間を過ごしていると言うことが、どれ程貴重な事か、メルティアナには、きっと分からないでしょう。でも、それでいいのです。それが、貴族と平民との違いです」

 「そんな・・・レンと私の関係を平民だから、貴族だからと考えた事はないわ。貴方は、私の影なのだと・・・」

 「そうですね。私は、メルティアナ、貴方の影です。今日の外出は、影としては、行き過ぎた行動なのです。私が、主人であるメルティアナの時間を貰うなど・・・」

 「そんな固く考えなくてもいいわ。私の時間なんて、幾らでもレンに割けるわ。今の私は、伯爵令嬢と言うよりも、1人でひっそりと森で暮らすただの人だもの。時間は幾らでもあるのよ?」

 「・・・・・・今は、そうですね。ですが、それは、いつまでも続かない。だからこそ、今日は、私にとって、とても大事で、貴重な時間なのです。メルティアナは、それに付き合ってくださった。それだけでいいのです」

 「レン・・・」

 「さぁ、そろそろ着きそうですね。この話は終わりにしましょう」

 「そうね・・・」

 この時間は、いつまでも続かない・・・。
 お兄様から1年と期限は付けられているけれど、今後の事を相談しなければと思いつつも、言い出せずにいる。
 お兄様と離れて寂しくないわけではないけれど、今の生活を捨てたくない。
 薬師として仕事もしているし、お友達も出来た。
 森の家の周囲にもリス達や子うさぎちゃんたちもいるし・・・。

 馬車の扉を開けると、目の前には、澄み切った青空と赤やオレンジに色付いた木々がとても美しかった。
 風に吹かれて、葉が舞うのも風情があって良い。

 冷たい風が、先ほどまでの少し沈んだ気持ちを、洗い流してくれるようで、頭がすっきりとしてくる。

 「さぁ、メルティアナ」

 手を差し出すレンに、手を重ねる。
 馬車を降りて、ボート乗り場に着き、レンが手続きをしている間に、ボートを眺める。

 ボートは2種類あり、普通の手漕ぎボートと、装飾がされ、ボートを漕いでくれる人も付き、ボートの上で、お茶が出来るように、テーブルなどがセットされている。
 
 恐らく、私達が乗るボートは、テーブル付きね。

 「メルティアナ、お待たせしました。どうぞこちらへ」

 予想通りのボートに乗り込み腰を掛ける。
 
 「冷えますので、こちらをお使い下さい」

 レンから、ブランケットを受け取り、膝にかける。
 ミトンといい、ブランケットといい、気が利きすぎてるわね。

 「ありがとう。今日ボートに行くと予定していたから、ブランケットやミトンを用意してくれていたのよね?」

 「はい。この時期ですと、風が冷たいので、メルティアナが風邪をひかれては大変ですので」

 「本当に、用意周到で、凄いわね」

 「これくらい、当たり前のことです。トーリでも同じ様に、準備をしたでしょう。我々は、そういうものだと思ってください。メルティアナの為に、行動するのが、我々の勤めです」

 「でも・・・レンは、今はプライベートなのでしょう?」
 
 「それは・・・癖の様なものだと思ってください。メルティアナの為に行動することが、既に癖の様になっておりますので、自然とそうなってしまうのです」

 「なんて言えばいいか、分からないわね・・・」

 「メルティアナは、何も考えなくていいのです。さぁ、ボートが出ます。景色を楽しみながら、お茶を楽しみましょう」

 そういうと、レンは、ティーセットを取り出し、手慣れた様子で、お茶を注ぐ。
 お互いに言葉はなくとも、景色を眺めながら、お茶を飲み、のんびり過ごすことが出来た。

 ボートの後は、レンが家の前まで送ってくれ、そこで、花屋で購入した、黒バラと花瓶をセットで、プレゼントした。

 「これ、レンがしてくれた事に、見合ってないお礼になっちゃうけれど・・・」

 「いいえ。見合ってないなど、そんなことはありません。この花を見る度に、今日の楽しかった時間を思い出すことが出来ます。それに・・・メルティアナも、同じものを持っていますし、これ以上の贈り物はありませんよ」

 「レンが、そう言ってくれるなら、良かったわ」

 「それでは、冷えますので、もう家にお入り下さい」

 「今日は、ありがとう。お休みなさい」

 レンが、一歩、私に近づき、手を掬い上げると、指先に軽く口付けを落とし・・・

 「お休みなさい。メルティアナ」
 
 と、妖艶に微笑んだ。

 今までとは、違う印象に、ドキリとしながらも、なんとか家の中に入ることが出来た。
 
 「あれは、何かしら・・・」

 今まで、護衛や影に対して、異性として意識したことは無かったけれど・・・。
 急に、レンが男の人に見えた気がした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

【完結】復讐は計画的に~不貞の子を身籠った彼女と殿下の子を身籠った私

紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
公爵令嬢であるミリアは、スイッチ国王太子であるウィリアムズ殿下と婚約していた。 10年に及ぶ王太子妃教育も終え、学園卒業と同時に結婚予定であったが、卒業パーティーで婚約破棄を言い渡されてしまう。 婚約者の彼の隣にいたのは、同じ公爵令嬢であるマーガレット様。 その場で、マーガレット様との婚約と、マーガレット様が懐妊したことが公表される。 それだけでも驚くミリアだったが、追い討ちをかけるように不貞の疑いまでかけられてしまいーーーー? 【作者よりみなさまへ】 *誤字脱字多数あるかと思います。 *初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ *ゆるふわ設定です

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。