公爵令嬢の辿る道

ヤマナ

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辿り至ったこの世界で

応報・蛇の末路

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「装弾数、最大五発。 再装填分を含めて十九発目の発砲時に暴発し、使用者の手指を破砕。 帰還次第、同型番の全点検及びメンテナンスを開発部に推奨したものの、技術者によれば異常は特に無しとの事により問題点の洗い出しが進行中でございます」

書庫とばかりにギッシリと本が詰め込まれ、そしてズラリと並んだ本棚に向かってその内の一冊を立ち読む男に跪き、執事服に身を包んで軽薄そうな笑みを浮かべる、モノクルを掛けた執事がそのように報告を述べた。
その知らせに対して男は、ただ「あ、そう」と気の無い返事を返して、手に持つ本を読みながら歩き出す。 執事もまた、それに追従を。
そして歩きながら、男は執事に目もくれずに、一つ言葉を放つ。

「今日はアレ……アレだ、何と言ったか、南方の国から献上された『ナントカ』だかいう茶が飲みたい」

「失礼ながら、南の国からと言う事であれば、あれは茶の類ではございません。 現地の木の実を擦り潰した粉を用いた『コーヒー』という飲み物にございますれば」

「やかましい。 余の所望するものを理解しているなら、無駄口を叩かずさっさと淹れろ」

舌打ちをし、四面を壁に囲まれた薄暗い執務室に辿り着くと、男は椅子に「ドカッ」と音を立てて腰を下ろす。
一方、執事はと言えば男の横柄な態度も意に介さず、相も変わらず軽薄な笑みを浮かべたままに「御意に」と短く返すと、さっさとコーヒーを一杯淹れて男へと差し出す。 その動きには一切の無駄も無く、ただそうあるだけの機械であるような身のこなしであった。
そうして男は執事の淹れたコーヒーに一つ口を付け、自身の書室から持ってきた本に少し目を走らせて、暫く。
男はようやく、自らの口の無聊の慰め程度の事でしかないものの、先の執事の言葉に対する返答をした。

「それで、アリステルの賊めらに扱わせたのだろ。 だったら、其奴らが阿呆に過ぎて壊しただけじゃないのか?」

「いえ、わたくしめがキッチリ躾けて、いえ指導致しましたとも。 適性があったのは賊らの頭領だか言う男のみではありましたが、それでも十分な戦力かと」

「それで、そいつは銃を暴発させて、結果的にお前がその男を始末したのだろう。 資材の無駄だ、猛省しろ」

「はい、申し訳なく」

男に言われ、白々しく執事は形ばかりの薄っぺらな謝罪を口に出す。
その様子には男も呆れ返って、もはやかける言葉さえ無いようであった。 そも、男にとってはこの執事の無礼にブレのない態度は常であるのだから、特段気にするような事でも無い。
それよりも、男には執事に対して他に尋ねる事があった。

「それで、お前はどうしてそんな事を余に報告する? 技術部の失敗であろうと兵士の実地試用時のやらかしであろうと、いつも問題があればお前の独断で処していただろう」

「はい。 わたくしめにその権限を与えていたき真に感謝しております。 おかげで、わたくしめも日頃の『抑え』が効くというもの」

「能書きはいいからさっさと話せ。 『報・連・相』は厳守であると、いつもお前も部下に対して躾しているだろうが」

「これは失礼を」

言いながらも、執事はやはり微塵も悪いと思っていない様子である。 
本来それは無礼な態度であるものの、もはや今さら気にする人間もいないので、男の望みのままに執事は此度の報告における『本題』へと話をシフトさせた。
そも、先のやり取りから感じられるように、この執事は結構な自由人である。 それも、組織の中間管理職的な位置にいながら、主人に対する態度も、敬意さえも、これっぽっちも感じさせない程に軽薄な態度で一貫している人間だ。
しかし、そのような人間であっても、同時にそんな態度が許される程に優秀な人材でもある。
実際に、執事には宮内の使用人の統率の他にも軍部に対してその主人の代行として管理する権利さえも与えられており、その全て、現状は円滑に回っている。 いや、正確には彼が回させていると言ったところか。
故にそのような執事が、わざわざ自らの愉しみである『趣味』を放り出してまで報告に来たという事は異例であるのだ。
報告をする、即ち、頼りに来る。 いや、もっと正確に言えば「面倒事を押し付けに来る」などとは。
そして実際、執事の話はそれは面倒なものであった。

「賊に銃を持たせたのは、計画の捕獲対象である『アリステルの神秘』を有するという少女の奪取と、あわよくば上位貴族か王族でも害せればと期待しての事。 さらに加えて、未だ試用実験中である兵器の試用記録を取るためにございました。 結果として成果は無く、被験者は始末致しましたが」

そこまでは、先までの報告と遜色無い事実確認である。 それに執事の話を聞いている男も、興味無さげに聞き流していた。
しかし、本題はここから。
そも前提としてこの執事、いや、この2人の属する国は、不安定不確定な乱数を嫌う風潮がある。 奇跡だの、偶然だの、不幸だの、幸運だの、恋だの愛だの永遠だの、実数と示せない虚数を嫌う、理屈の国。
現実主義の国の人間である。
故に、彼らに信仰する神などおらず、平穏とは積み重ねた研鑽と技術の果てにあるものであると確信するお国柄であるのだ。
しかし、此度の執事はそのようなお国柄の人間とは思えない、不可思議な現象を口にした。

「実は発砲の瞬間、賊の手元辺りに妙な緑の発光を視認致しました。 辺りは暗く、また光源や反射物も存在しない状況において、わたくしは間違いなく、緑の光を観測したのです」

その時の事を、執事はそのように語った。
誰もが見逃してしまうような小さな発光現象。 観測者はおろか、銃を突き付け、または突き付けられている当事者達でさえ認識出来ていたか怪しいような、そんな程度の異常な現象。 ほんの僅か、見逃してもおかしくない程に瞬で終わった事象を、執事だけは認識していた。
そして、その現象の観測までは間違いなく銃は機能していて、撃たれた2人を撃ち抜き、肉を裂いていたのだと、そう話した。
話としては、それだけの事である。
聞いてしまえば、本当にたかがその程度の話。
要は、話を筋道立てて簡潔に話せば、それまで問題無く撃てていた銃が、妙な発光現象以降の始めの一発で暴発してしまった。 それだけである。
正直、本来まともに取り合うような話ではないと思う。
何せ、その発光現象と銃の暴発とに何の因果関係も無いのだから。 それらが連続して起きたが故、偶然を異常として見ているだけとも言えるのだ。
それに、実際に執事の言うような発光現象が起きたという確証も無い。 
『何かの見間違え』
『観測不全』
現実的に筋道を立てて全てを説明しようとするならば、執事の話のおかしな点はその二言だけで処する事が可能であるのだ。
しかし、執事の前に立つ男は、それをしない。
執事に対して「もっと詳しく」と、手に持つ本を投げ捨て、飲み干したコーヒーのカップを乱雑に、ヒビ割れる強さで叩き付けるように置いて、興味津々に尋ねるのだ。
確かに、彼らの国は現実主義で理屈を尊ぶ。
しかし此度ばかりは、信じ難い、非現実的などとは易々と切り捨てない。
確かに、あまりにも馬鹿げた因果性の無い話など、本来であれば切り捨てよう。 しかし、今の彼らは『アリステルの神秘』を求めているのだ。
多少不思議な事があったとて、許容して然るべき。
まして、非現実的であるとしても、たった一回の観測で現象の全てを測れる訳でもなし。 試行回数を重ね、再現性の高さを測ってこそ全てを断じられるのだ。
だからこそ、男は全てを尋ねる。
実際に観測した執事の話を細部に至るまで、全て。
そうして、それまで積み重ねてきた彼らの知識と記録と事実の全てと統合し、推測し、仮説を立てる。 
そこまでいけば、後は検証するのみ。

「よし、すぐに今のお前の話をアリステルの偵察部隊に報せろ、次の潜り込みでは奴らの崇める神秘だかを重点的に調べるようにな」

「御意に」

「これまで何十年と耐えてきたのだ。 これからあと何年かかろうが、念入りに、そして確実に情報の全てを揃えろ。 確かな侵略のために敵の軍略を、上回り燃やし尽くし蹂躙し尽くすために敵の兵力を。 余の兵が勝つにはどれだけ必要か、どれだけ蓄えればよいかを数字に示せ。 幾らだって堪えよう、幾らだって蓄えよう。 全ては、絶対的な勝利のために!」

そう、帝国の皇帝は歌うように、滾るフラストレーションのままに宣言する。 いずれ手にする確実な勝利を想って。 
そしていずれ奪い取る、帝国の永遠の安寧のために不可欠な『神秘』とやらを思って。
全ては、帝国の勝利のために、と。
……ところで、そもそもこれは何が主軸の話であったのだったか。
ああ、裏切り者の蛇女。 
あれの、末路の話であったのだった。

「そうだ。 お前が連れ帰ってきたあの女、あれとはまだ話せるのか? もしそうなら、お愉しみは中断して情報を絞り出せ」

「はあ。 あれなら、今朝方壊れたので廃棄致しました。 今頃、清掃係が処理し終えて部屋の後片付けに勤しんでいる事かと」

執事の連れ帰った女。
執事がアリステルに潜伏している間ずっと、主人として付き人の身分で仕えていた、アリステルの貴族の中から抱き込んだ、侯爵家の娘。
野心深く、前任が消えてようやく日の目を見たと歓喜していた、あの御令嬢。
その末路は、子供が零したジュースを片付けるような、しょうもないもの。 一つの生命が消えたのに、弔われないどころか大きな話題とさえもならない、憐れなものとなった。
そして、そんな憐れな女の話を聞かされた皇帝もまた、ただ「あ、そう」と、気にも留めなかったのであった。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


オルトリン侯爵邸の一室、旅行鞄にギュウギュウに着替えや道中で換金の出来る宝石類を詰め込んで、地味目な無地の浅葱色をしたワンピースを着て大きな硝子の伊達メガネをした令嬢が1人、遠出の準備を進めていた。

「お嬢様、馬車の準備が整いました」

「そう。 此方も荷物の整理が終わったところだからちょうどいいわ、すぐに出ましょう」

「御意に」

一週間前、このオルトリン侯爵家の義娘であるラミアが行方不明になったと、モノクルをした軽薄な笑みの執事が伝えた。 要は、帝国側で始末したと、そういう報せである。
彼は以前よりラミアに仕え、そしてそれ以前はアーシアにも仕えていた執事。 
そしてその実態は、オルトリン侯爵家がアリステル王国を裏切り帝国へと寝返る売国奴と化した際に帝国側から送られてきた間者の1人である。 加えて、帝国の人間がアリステル王国内での諜報をするための基盤となり、そしてその協力者であるオルトリン侯爵家に帝国側の意向を報せるメッセンジャーでもある。
帝国側の計画の遂行のために、彼の本業である執事としてオルトリン侯爵家の令嬢に仕え、その家の特色からコロコロと変わるオルトリン令嬢の全てに仕えて、周囲に悟られる事無くアリステル王国の中に紛れていたのだ。 
最初のアーシアは牢獄で死に、二番目のラミアは『玩具』となってゴミ箱に。
そして次は、オルトリン令嬢の補欠であった三番目である。

「しかしお嬢様、御身を隠さなければならないとはいえ、どちらに身を寄せるおつもりなのでしょう?」

補欠の三番目であった、現オルトリン令嬢に執事はそう問うた。
現状、オルトリン侯爵家のアリステルにおける立場はまるで無い。 信用も無く、家そのものが売国奴であるという嫌疑をかけられている。
まさに事実であるのだが、しかしそれでは帝国としては非常に困る。
せっかくの寄生先が無くなっては、これまでのように暗躍する事は出来なくなる。 そうなれば、計画に支障が出る可能性が高いのだ。
故にこそ執事としては先ず、目の前を歩く令嬢が帝国にとって使える存在であり、仮とは言えども彼が仕えるに足る存在かどうかは確認して然る事。
もっとも、この質問は最終確認であり、内定は殆ど確定しているのだが。

「そうねぇ……ああ、そうだわ。 これから、ちょっとした旅行でも楽しみましょうか。 ほら、アリステルの端から端まで他所の領地を見て回るのよ。 きっと楽しくて、有意義な旅行となるわ」

無邪気にそう答える令嬢に、執事は満足気に頷いた。
各地の情報とは、実に良い。
戦争を仕掛ける際、攻め易い地を知っておく事は重要だ。 故にこそ、旅行という名目でゆっくりとアリステルの各地を彼自身が見て回る事は、帝国にとって有意義な情報となるだろう。
故に、この時を以て、執事は令嬢を仕えるに足る存在と認めた。
……しかし、それと同時に末恐ろしくも思う。
これから去るオルトリン侯爵邸の一室で見た光景は、とうに『それ』を見慣れた彼とて戦慄するものであった。
一週間前にオルトリン侯爵邸を訪れた彼は、アーシアの死をオルトリン侯爵に伝えに来た。 しかし、彼を出迎えたのはオルトリン令嬢予備の最後に残った1人の令嬢。 
そして、何より彼が目を見張ったのは、身に付けた衣服の鮮やかな赤色であった。
衣服の色というわけではない。
その色は彼が見慣れた、そして漂う香りは嗅ぎ慣れて、いつしか焦がれるようになってしまった鉄錆の匂い。
後は、目の前の異常であった。
頬から滴るそれと同じ色の雫を拭いながら、胸元をナイフで深々と突き刺されて息絶えたオルトリン侯爵を背にして、令嬢は「いらっしゃいませ、執事様」と出迎えたのだ。
それから一週間、すぐに屋敷を離れるべきだと進言する執事に対して令嬢は「まだやる事があるから、それが終わってからね」と悠長に構えていた。 そして実際、何事も無いまま死体の転がる屋敷で一週間を過ごし、その間に令嬢は自らの痕跡の全てを抹消し尽くした。
その上で、帝国の協力者として十分な余力だけは蓄えられており、オルトリンの財も半分以上は令嬢のものとなっていた。
オルトリンの最後の娘。
蛇の最後の1匹、その名はレイシー。
彼女の素養は、きっと先の2人では比にならない。
帝国に寝返ったアリステル貴族の協力者としても、きっと常人よりもイカれたその残酷な人間性も。

「先ずは、辺境にいるわたしの本当のお父さまのところへ向かいましょう。 ご挨拶しなくては」

「御意に」

その隠しきれない異常性に、執事は期待を持ちながら……そして同時に、もしもレイシーを壊せる時が来たならば、どれだけ素晴らしいだろうと妄想しながら。
2人の旅路は、幕を開けるのであった。
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