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辿り至ったこの世界で
うらぎりもの
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アリーに会えた嬉しさがからか、それとも久々に会えた事への緊張からか、私の心臓は「ドクドク、ドクドク」と少しずつその鼓動を早めていった。
ああ確かに、アリーとの再会は嬉しい。 とても、嬉しい。
けれど、それは同時に、最後に与えられた猶予のようであり、私の心の内に焦りも生み出す。
何から話そうか、どれだけ話せるだろうか、どれだけ私の想いを伝えられるだろうか。
口に出したい言葉はあるのに何を語るかと言葉の候補が多過ぎて、肝心な初の句をいつまでも悩んで口に出せない。 それ故に「アリー」と名は呼べるくせに、以降は口を閉ざしてしまっていた。
そのように思い悩んでいれば、隣に立つジークが私の前に出ていった。
「はじめまして。 貴女が、エリーナ嬢がよく話してくれている侍女でしょうか? エリーナ嬢。 もし良ければ、俺にも侍女殿の事を紹介してもらえないかな?」
そう言って、ジークは私にだけ分るように片目を瞑ってサインを送る。
要するに、これは「好きなように話せ」とそういう事で、いつまでもアリーに何も言いださない私を気遣ってくれたジークが気を利かせてくれている、という事なのだろう。
ならば私も、いつまでも話したい言葉を選んで黙っている訳にはいかない。
「はい、ジーク殿下。 彼女は私の侍女で、そして幼少の頃には乳母も務めてくれていたアリーといいますの。 アリー、ジーク殿下に自己紹介をして」
「はい。 エリーナお嬢様の侍女を務めさせていただいておりました、アリーと申します。 平民の出ですので家名はありません事を、平にご容赦を」
「いや、そんな事など気にしないとも。 それに、貴女はエリーナ嬢の侍女として彼女が立派な淑女となれるように一番近くで支えていたのですよね。 ならばその名に、何も恥じる事など無いでしょう」
そう言ってジークは、王城での私の様子や私の知らない記憶を失くす前の私が学園でどのような振る舞いをしていたかという話をアリーにし始めた。
覚えの無い学園での話に、これまでの王城での暮らしの話。
そのどれもアリーは興味深そうに聞いていて、けれど私には身に覚えの無い話が大半であったから反応に困った。
そして、そうした話の中で私の記憶が一部分だけ失われている事も話題に上がって、けれどアリーはそれを認知していた。 マルコから、私が信を置いていた侍女であるとして聞かされていたのだそうだ。
「何か、記憶を失われて生活の中で困っている事などはありませんか? ただでさえ記憶喪失などとお嬢様が大変な時だというのに、他にもさまざまな問題がその身に降りかかっておられておられたようで、アリーはとても心配で心配で…。 許しさえあれば、すぐにでも王城へと出向いてお嬢様をお支えしたかったほどでございます」
「ありがとう、アリー。 でも、心配はいらないわ。 私はこの通り元気にしているし、王城でジーク殿下にお世話になっているから記憶喪失でも困った事なんてあまり無いし……ユースクリフ家から勘当されていた事には驚いたけれど、手切れ金もたくさんもらえたから。 たぶん、市井に下っても暫くは人間らしい生活も出来ると思うわ」
ジークの話を聞いて、なんだか以前までの三割増しくらい過保護な事を言うアリーに、私は心配する事は無いと安心させるための不安要素の否定として現状の説明と今後の展望、そしてその展望の根拠たる足場となる財源の話をしてみる。
けれど、アリーはそれでも不安が拭えないようで、眉根をひそめていた。
「まあ……やはりそれは、とても心配です。 市井に下るという事は、きっと一人暮らしをなさるのでしょう。 ならば、まずは毎日の食事のバランスにはお気を付けください、自炊されるのであれば尚の事です。 食は身体の基本ですからね。 それに、手に職を付けられるのであれば早寝早起きと規則正しい生活をなさらねばなりませんよ。 近頃はそうでもなかったとは言え、お嬢様はお寝坊の常習犯だったのですから。 あとは……ああでも、市井でお美しいお嬢様に悪い虫でも付かないかと思うと」
「ちょっとアリー、心配し過ぎよ。 自炊は練習して少しずつ慣れていけばいいし、朝は……起きれるように気をつけるわ。 それに悪い虫だなんて、虫除けの香でも炊けばいい話でしょう?」
「……やっぱり、心配です」
釈明をして、なんで余計に不安がられているのかしら。 それに、なぜかジークまで苦笑しているし。
そんなに私って信用が無いのかしら。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そのように、ジークを契機に徐々に会話は滑り出し、私の記憶にもある通りに以前までの普段と変わらぬ様に少しずつ、アリーとの会話は流れていった。
当然ながら世間話や何でもない会話ではなく私のこれからの生活が主な題目となっていたし、アリーも普段以上に私の事を心配する言動が多かったけれど、それらは概ね以前まで家人としてこの屋敷に住んでいた時通りの有り様であったように思う。
……ただ、何だろうか。
言葉を交わせばその都度、なぜだか分からないけれど違和感のようなものを覚えるのだ。
例えば、覚えていない期間の私はどうであったかとアリーに尋ねてみれば、アリーは困り顔をしてこう言った。
「近頃は、お嬢様とお話をする機会もめっきり減っていましたので……。 それに、ある時を境にお嬢様はあまり喋らなくなられて、1人になりたいと自室に篭られてばかりでした。 休日には領地へ出るか街の教会に出向かれておられましたし」
そのように、記憶を失くす以前の私は何故か、今の私がこれほどまでに慕っているアリー相手に、まるで避けるような素振りを見せていたらしい。
妙な話である。
だって、マルコと言葉を交わして和解した現在ならばともかく、以前までの私にとって、頼り縋り仲良く話の出来る相手なんてアリーしか存在しなかったのだ。
客観的に見れば依存していたと言っても過言ではなかった程なのに、おかしな話だろう。
そして、そのように疑問を持って尚、アリーが話して私がそれに応じる度にキリキリと胸の辺りが締め付けられるように感じていた。
それに、実は動悸もずっと続いていたのだ。
アリーと再会してからずっと感じていたそれは緊張からくるものかと思っていたけれど、既に以前までのように話す私とアリーの間に緊張を感じるような要素は無い筈なのに、むしろ鼓動はより強く響いている。
鼓動が早まれば、それに付随して呼吸も早く浅くなる。
まともな思考は既に失せ、それでもアリーに自らの不調を悟らせまいと表情に笑顔を貼り付ける。 とにかくこの場を乗り切り、綺麗にアリーと別れる事だけを意識する。
一歩、また一歩と廊下を歩む足は重く、けれど淀み無く進める。
あと少し、あと少しで大階段へと辿り着く。
そうなれば、後はそこから降りて玄関口から屋敷を出て、アリーに別れを告げて帰るだけ。
ただそれだけのタスクだ。
だから、最後までバレないように……。
「……あ」
あと少し、と思ったところで通り掛かった一室に目が行った。 他よりも重い印象の造りをした扉の部屋であった。
其処は父が、公爵が書斎とする場所。
良い記憶の無い、近寄りたくない場所。
それが視界に入った途端、まるで頭が殴られたかのように激しい痛みを感じた。
とても立っていられなくて、思わずその場にしゃがみ込んで頭を抱える。
「エリーナ嬢、大丈夫か!」
「お嬢様! どうなさいましたか!?」
ジークもアリーも、唐突にしゃがみ込んだ私の様子に、慌てたように声を掛ける。
けれど、私はあまりにも激しい頭痛と、脳裏に浮かぶ覚えの無い光景に気を引っ張られて反応を返す余裕も無かった。
その光景は、夜だろうか……?
夜の、今いる公爵の書斎前だろう。
そこに立つ私は、とても怯えていて誰かを探しているようだった。 そして、その目的の人物が扉の先にいると知って、中の様子を伺っている。
ああ、よかった。 其処にいた。
怯える私は安堵して、探し人を見つけた事に歓喜して、近くに行こうと扉に寄る。
『君には迷惑を掛ける。 あと一月の間はアレを見ていてくれ』
『はい。 かしこまりました、旦那様』
けれど、聞こえてきたのは残酷な事実を告げる会話だった。
畏怖する父と、頼り縋り依存していた××ーが繋がっていたという現実。 ×リーが本当は、父の命によって私を監視するために側に置かれていたという事実。
うそ、ウソ、嘘。
全て嘘だった。
癒しも温もりも愛も、その全てが偽りだった。
……うそよ。
嘘よ。
ねぇ……。
「………アリー。 ねえアリー、教えて」
しゃがみ込んだ私を支えるために肩に回されようとしていたアリーの手を取って、私は懇願するようにアリーに問い掛ける。
「さっき、ね。 恐ろしい幻覚を見たの。 アリーが公爵様の命令で私の事を監視していて、その報告をしている幻覚よ。 ……アリー、これは私が見た、ただの馬鹿げた白昼夢よね? アリーが、そんな事してるわけ、ないわよね? ねえ、アリー」
「お、お嬢様……」
ギリギリと、掴んだアリーの手を握る力が少しずつ強くなっていっている事は自覚している。 痛そうなアリーの顔も、ちゃんと見えている。
でも、今の私にはそれを自制出来るだけの精神的余裕は無かった。
馬鹿げた白昼夢だって分かっている。
アリーが私を裏切って公爵様に売り付けるなんて事は、絶対に無いって分かっている。
それでも、アリーと一緒にいると、会話をすると、とても苦しくて、胸が締め付けられる思いでいっぱいになるのだ。
恐ろしい程にリアリティのある白昼夢が、ある筈の無い妄想に質量と色彩を付けて、それは間違いなく現実にあった出来事なのだと言っているようで怖いのだ。
だから、だから早く答えて!
「アリーまで私の事を裏切っていたら、私には誰が……何が残るっていうのよ!? ねえアリー、お願いだから違うって言って? 私がさっき言った事は、ただの白昼夢が原因の妄言だって……ねぇ!」
泣いて、喚いて、慈悲を乞うように懇願する。
ーーーああでも、やっぱり非常な現実は変わらないし、慈悲も容赦もありはしない。
其処にはただ、真実のみが浮かぶだけなのだ。
ああ確かに、アリーとの再会は嬉しい。 とても、嬉しい。
けれど、それは同時に、最後に与えられた猶予のようであり、私の心の内に焦りも生み出す。
何から話そうか、どれだけ話せるだろうか、どれだけ私の想いを伝えられるだろうか。
口に出したい言葉はあるのに何を語るかと言葉の候補が多過ぎて、肝心な初の句をいつまでも悩んで口に出せない。 それ故に「アリー」と名は呼べるくせに、以降は口を閉ざしてしまっていた。
そのように思い悩んでいれば、隣に立つジークが私の前に出ていった。
「はじめまして。 貴女が、エリーナ嬢がよく話してくれている侍女でしょうか? エリーナ嬢。 もし良ければ、俺にも侍女殿の事を紹介してもらえないかな?」
そう言って、ジークは私にだけ分るように片目を瞑ってサインを送る。
要するに、これは「好きなように話せ」とそういう事で、いつまでもアリーに何も言いださない私を気遣ってくれたジークが気を利かせてくれている、という事なのだろう。
ならば私も、いつまでも話したい言葉を選んで黙っている訳にはいかない。
「はい、ジーク殿下。 彼女は私の侍女で、そして幼少の頃には乳母も務めてくれていたアリーといいますの。 アリー、ジーク殿下に自己紹介をして」
「はい。 エリーナお嬢様の侍女を務めさせていただいておりました、アリーと申します。 平民の出ですので家名はありません事を、平にご容赦を」
「いや、そんな事など気にしないとも。 それに、貴女はエリーナ嬢の侍女として彼女が立派な淑女となれるように一番近くで支えていたのですよね。 ならばその名に、何も恥じる事など無いでしょう」
そう言ってジークは、王城での私の様子や私の知らない記憶を失くす前の私が学園でどのような振る舞いをしていたかという話をアリーにし始めた。
覚えの無い学園での話に、これまでの王城での暮らしの話。
そのどれもアリーは興味深そうに聞いていて、けれど私には身に覚えの無い話が大半であったから反応に困った。
そして、そうした話の中で私の記憶が一部分だけ失われている事も話題に上がって、けれどアリーはそれを認知していた。 マルコから、私が信を置いていた侍女であるとして聞かされていたのだそうだ。
「何か、記憶を失われて生活の中で困っている事などはありませんか? ただでさえ記憶喪失などとお嬢様が大変な時だというのに、他にもさまざまな問題がその身に降りかかっておられておられたようで、アリーはとても心配で心配で…。 許しさえあれば、すぐにでも王城へと出向いてお嬢様をお支えしたかったほどでございます」
「ありがとう、アリー。 でも、心配はいらないわ。 私はこの通り元気にしているし、王城でジーク殿下にお世話になっているから記憶喪失でも困った事なんてあまり無いし……ユースクリフ家から勘当されていた事には驚いたけれど、手切れ金もたくさんもらえたから。 たぶん、市井に下っても暫くは人間らしい生活も出来ると思うわ」
ジークの話を聞いて、なんだか以前までの三割増しくらい過保護な事を言うアリーに、私は心配する事は無いと安心させるための不安要素の否定として現状の説明と今後の展望、そしてその展望の根拠たる足場となる財源の話をしてみる。
けれど、アリーはそれでも不安が拭えないようで、眉根をひそめていた。
「まあ……やはりそれは、とても心配です。 市井に下るという事は、きっと一人暮らしをなさるのでしょう。 ならば、まずは毎日の食事のバランスにはお気を付けください、自炊されるのであれば尚の事です。 食は身体の基本ですからね。 それに、手に職を付けられるのであれば早寝早起きと規則正しい生活をなさらねばなりませんよ。 近頃はそうでもなかったとは言え、お嬢様はお寝坊の常習犯だったのですから。 あとは……ああでも、市井でお美しいお嬢様に悪い虫でも付かないかと思うと」
「ちょっとアリー、心配し過ぎよ。 自炊は練習して少しずつ慣れていけばいいし、朝は……起きれるように気をつけるわ。 それに悪い虫だなんて、虫除けの香でも炊けばいい話でしょう?」
「……やっぱり、心配です」
釈明をして、なんで余計に不安がられているのかしら。 それに、なぜかジークまで苦笑しているし。
そんなに私って信用が無いのかしら。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そのように、ジークを契機に徐々に会話は滑り出し、私の記憶にもある通りに以前までの普段と変わらぬ様に少しずつ、アリーとの会話は流れていった。
当然ながら世間話や何でもない会話ではなく私のこれからの生活が主な題目となっていたし、アリーも普段以上に私の事を心配する言動が多かったけれど、それらは概ね以前まで家人としてこの屋敷に住んでいた時通りの有り様であったように思う。
……ただ、何だろうか。
言葉を交わせばその都度、なぜだか分からないけれど違和感のようなものを覚えるのだ。
例えば、覚えていない期間の私はどうであったかとアリーに尋ねてみれば、アリーは困り顔をしてこう言った。
「近頃は、お嬢様とお話をする機会もめっきり減っていましたので……。 それに、ある時を境にお嬢様はあまり喋らなくなられて、1人になりたいと自室に篭られてばかりでした。 休日には領地へ出るか街の教会に出向かれておられましたし」
そのように、記憶を失くす以前の私は何故か、今の私がこれほどまでに慕っているアリー相手に、まるで避けるような素振りを見せていたらしい。
妙な話である。
だって、マルコと言葉を交わして和解した現在ならばともかく、以前までの私にとって、頼り縋り仲良く話の出来る相手なんてアリーしか存在しなかったのだ。
客観的に見れば依存していたと言っても過言ではなかった程なのに、おかしな話だろう。
そして、そのように疑問を持って尚、アリーが話して私がそれに応じる度にキリキリと胸の辺りが締め付けられるように感じていた。
それに、実は動悸もずっと続いていたのだ。
アリーと再会してからずっと感じていたそれは緊張からくるものかと思っていたけれど、既に以前までのように話す私とアリーの間に緊張を感じるような要素は無い筈なのに、むしろ鼓動はより強く響いている。
鼓動が早まれば、それに付随して呼吸も早く浅くなる。
まともな思考は既に失せ、それでもアリーに自らの不調を悟らせまいと表情に笑顔を貼り付ける。 とにかくこの場を乗り切り、綺麗にアリーと別れる事だけを意識する。
一歩、また一歩と廊下を歩む足は重く、けれど淀み無く進める。
あと少し、あと少しで大階段へと辿り着く。
そうなれば、後はそこから降りて玄関口から屋敷を出て、アリーに別れを告げて帰るだけ。
ただそれだけのタスクだ。
だから、最後までバレないように……。
「……あ」
あと少し、と思ったところで通り掛かった一室に目が行った。 他よりも重い印象の造りをした扉の部屋であった。
其処は父が、公爵が書斎とする場所。
良い記憶の無い、近寄りたくない場所。
それが視界に入った途端、まるで頭が殴られたかのように激しい痛みを感じた。
とても立っていられなくて、思わずその場にしゃがみ込んで頭を抱える。
「エリーナ嬢、大丈夫か!」
「お嬢様! どうなさいましたか!?」
ジークもアリーも、唐突にしゃがみ込んだ私の様子に、慌てたように声を掛ける。
けれど、私はあまりにも激しい頭痛と、脳裏に浮かぶ覚えの無い光景に気を引っ張られて反応を返す余裕も無かった。
その光景は、夜だろうか……?
夜の、今いる公爵の書斎前だろう。
そこに立つ私は、とても怯えていて誰かを探しているようだった。 そして、その目的の人物が扉の先にいると知って、中の様子を伺っている。
ああ、よかった。 其処にいた。
怯える私は安堵して、探し人を見つけた事に歓喜して、近くに行こうと扉に寄る。
『君には迷惑を掛ける。 あと一月の間はアレを見ていてくれ』
『はい。 かしこまりました、旦那様』
けれど、聞こえてきたのは残酷な事実を告げる会話だった。
畏怖する父と、頼り縋り依存していた××ーが繋がっていたという現実。 ×リーが本当は、父の命によって私を監視するために側に置かれていたという事実。
うそ、ウソ、嘘。
全て嘘だった。
癒しも温もりも愛も、その全てが偽りだった。
……うそよ。
嘘よ。
ねぇ……。
「………アリー。 ねえアリー、教えて」
しゃがみ込んだ私を支えるために肩に回されようとしていたアリーの手を取って、私は懇願するようにアリーに問い掛ける。
「さっき、ね。 恐ろしい幻覚を見たの。 アリーが公爵様の命令で私の事を監視していて、その報告をしている幻覚よ。 ……アリー、これは私が見た、ただの馬鹿げた白昼夢よね? アリーが、そんな事してるわけ、ないわよね? ねえ、アリー」
「お、お嬢様……」
ギリギリと、掴んだアリーの手を握る力が少しずつ強くなっていっている事は自覚している。 痛そうなアリーの顔も、ちゃんと見えている。
でも、今の私にはそれを自制出来るだけの精神的余裕は無かった。
馬鹿げた白昼夢だって分かっている。
アリーが私を裏切って公爵様に売り付けるなんて事は、絶対に無いって分かっている。
それでも、アリーと一緒にいると、会話をすると、とても苦しくて、胸が締め付けられる思いでいっぱいになるのだ。
恐ろしい程にリアリティのある白昼夢が、ある筈の無い妄想に質量と色彩を付けて、それは間違いなく現実にあった出来事なのだと言っているようで怖いのだ。
だから、だから早く答えて!
「アリーまで私の事を裏切っていたら、私には誰が……何が残るっていうのよ!? ねえアリー、お願いだから違うって言って? 私がさっき言った事は、ただの白昼夢が原因の妄言だって……ねぇ!」
泣いて、喚いて、慈悲を乞うように懇願する。
ーーーああでも、やっぱり非常な現実は変わらないし、慈悲も容赦もありはしない。
其処にはただ、真実のみが浮かぶだけなのだ。
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