公爵令嬢の辿る道

ヤマナ

文字の大きさ
上 下
58 / 139
いつか見た夢の世界で

王太子

しおりを挟む

突如、目の前に現れたアルダレートが慌てて駆けていった。

王国騎士団に属する彼には城壁周辺での警備任務が与えられている筈だが、隊列を外れてパーティー会場に入り込んでいるあたり、任務を放棄して自らの慕う者の危機を救おうと走り回っているに違いない。
普段は寡黙で冷静な騎士であった筈なのにあそこまで取り乱すなど、彼はエリーナ嬢をそれほどまでに気にしているのだろう。
アルダレート達騎士を召し抱え、将来的には従える王太子という立場にある俺としては騎士団の秩序を乱して私用を優先する騎士の存在を、本来ならば見逃すわけにはいかない。 事実、今の騒ぎが沈静化すれば、俺はアルダレートの行いを報告し、罰を与える事になるだろう。
それは命を背いた者に罰を与えて、騎士団の秩序を守るために必要な処置であり、俺はアルダレートが愚かであると断じなければならない。
けれど、それと同時に今の彼の身軽さを羨ましく思うのだ。
……俺だって、ここまで戻ってくる事無く、行方不明になったと考えられるエリーナ嬢を探しに動きたい。 
たとえ、今この時に危機的状況下にないのだとしても、こんなにも動揺した貴族達が騒いで混沌を極めるパーティー会場に1人で居てトラブルにでも巻き込まれまいかと、彼女の事が心配なのだ。
けれど俺は王太子で、今はこの命を狙われている身の上にある。 立場を投げ出して、一つの衝動のままに動いて責任を放り出し、不用意な行動の結果としてこの命を散らすわけにはいかないのだ。
それに、もしそうしてしまえば、エリーナ嬢が責務として受け負ってくれた、俺の盾としての役目への覚悟を冒涜する事になってしまう。
だからこそ、俺がこの場において生き延びる事は大前提となる。 その為に、エリーナ嬢を含めた多くの者の助力を募り、これまで準備をしてきたのだ。
私欲の果てに不正を働き、いざ断罪されそうになればその原因である王太子を暗殺しようとする安易な思考の叛逆者に殺されてやる訳にはいかない。 国の膿を排して正常な形に戻すためにも、死ぬ訳にはいかないのだ。
……だが、それは自らの命を守る犠牲を容認するという意味ではない。
自らの手でエリーナ嬢を守る事を、俺は王太子という立場から出来はしない。 そうしようと思えば、他人に任せる事しか出来ない。
だから、アルダレートの行動を容認した。 彼の意志に乗っかる形で自らの望みを遂げるしかないから。
だから俺は今、自らの手でエリーナ嬢を探しに行く事の出来ない自らの無力に内心で歯噛みして、エリーナ嬢から宜しく頼むと頼まれたサリー・キリエル男爵令嬢を見やるのだった。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


つい最近エイリーン学園に編入してきた女生徒で、俺が彼女の指導を頼んだ経緯からエリーナ嬢と最も親しい間柄にあると思われる令嬢、サリー・キリエル男爵令嬢。

俺自身も、学園で何度か接してきた中で彼女の人となりは何となく把握できた……だからこそ、キリエル嬢は信頼に足ると判断した。 当然、事前に王家直下の諜報組織がキリエル男爵家に連なる関係性を調べ上げ、不穏な要素が無い事を確認した上での、根拠のある評価でもある。
だから、学園内でエリーナ嬢へ危害を加える輩が居ると知ってから、友好的な協力者として成立し得そうなキリエル嬢に犯人捜索への協力を要請した。
そして話をしてみれば、なんとキリエル嬢はエリーナ嬢が危害を受けたその日から独自の調査を進めていたらしく、協力を頼んだ際には既にある程度の事情の把握から怪しげな動きのある集まりまで抑えている程のもの。
さらに彼女はエリーナ嬢を、もはや信奉というレベルで慕っているようで「お姉様を傷付けた輩は許しておけません」などと言って、据わった瞳で犯人達の厳刑を求めてきた。
エリーナ嬢を想う熱意や容赦の無い厳刑を求める主張はともかく、彼女の調査能力は実に優秀であり、学園内における澱みを嗅ぎ分けて、エリーナ嬢を害する輩を糾弾するための証拠を次々と集めてきた。
そしてその中には、あまりにも決定的な証拠能力を持つ情報も含まれていた。 
その情報収集能力の高さ故に矢面に出して顔を広く知られるべきでは無いと判断し、一時はキリエル嬢の存在を秘して、本人にはエリーナ嬢へと近付かないようにと言い聞かせた事もあった。 
結果として、諜報員としてのキリエル嬢の存在を気取られる事無く、より多くの情報を集められた。 キリエル嬢はエリーナ嬢の側に行けない事を渋り、護衛として付けたアルダレートに対して妬心を漏らしていたが、これは有効な手であったと思う。

キリエル嬢のおかげで糾弾の準備は整った。
後は、如何に有効的に証拠をぶつけてやるかのみ。 はぐらかされ、言い逃れでもされれば厄介だからと、致命となる瞬間を待っていた。
尻尾を出すその時を、虎視眈々と待っていたのだ。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


見ているだけでも、パーティー会場は混沌を極めていた。
騒めき、暴徒となる寸前の貴族達とそれを宥め透かそうと弁と身で抑止する使用人達。
たった一射の火矢が王城に放たれただけだというのに、貴族達は焦り、慌て、我先にとパーティー会場を去ろうと出口に向けて押し掛けている。
しかし、この場の貴族達を抑える為に次々と使用人が会場へと投入され、1人、また1人と貴族達が沈静化されていく。 だから少しずつ、騒ぎは収まっていった。
やがて貴族の沈静化が完了し、使用人達が、騎士団が王城に火矢を放った不埒者である賊の制圧を行っているから案ずる事はないと説き、場は少しずつ落ち着きを取り戻していった。
賊の制圧を完了し、王城内部の安全が確保された後に帰る事を許された貴族達は、先に見せた焦りの表情など微塵も感じさせない澄まし顔だった。 もう何事も無いかの如く振る舞い、先の騒ぎですら笑い話として話の種としていた。
会場に多く動員された使用人達もようやく騒ぎにひと段落がついたと安堵のため息と共に騒ぎの自己処理を始め、場の空気が先の混沌としたものから少しずつ緩いものへと変化していく。

だからこそ………不意の凶刃は、より一層その鋭さを増すのだ。

ギラリと光を反射する凶悪な刃を片手に、給仕服に身を包んだ使用人が1人、奇声と共にジークへと走り迫る。
不意の出来事に、その場の者らは思考が止まっていた。 まるで埒外の場所から湧いた1人の狂人が凶器を振るうなど、想定の外にあったのだから。
しかし、そうしてフリーズする者らを気にも留めぬままに、給仕服に身を包んだ狂人はジークを殺さんと刃を振りかぶる。
たとえ小さな刃物であれ、深々と刺せばそれは致命になりかねない。 だからこそ、狂人は大きく振りかぶってから、刃をジークへと突き立てんと振り下ろす。
………だがその後、再び目の前で起こった凶行に理解が及んで2度目の混乱に陥った貴族達の騒ぎの最中、給仕服の狂人は地面に打ち倒されて蹲っていた。
地に転がるのは狂人が振るった小さな刃。
それは、ジークに届く事は無かったのだ。

「……感謝するよ、エリーナ嬢。 君のおかげで、命拾いしたようだ」

ジークの手には、小さなナイフが一本。 エリーナが、ジークの側を離れる際に手渡したものであった。
いくらジークとて、素手で刃物を持った暴漢に抗えば、最悪の場合には命を落としかねない。
今回はそんな危険から、その小さなナイフがジークが抗う為の武器となり、そして無傷のままに彼の命を守る事になった。

「ああ……お前、とても都合が良い」

エリーナのナイフと自らの身体能力もあって拾った命だ。 ジークはそれを、無駄にはしない。
それに、ジークにとってこれは実に都合の良い事態であった。
目の前の下手人は、王太子を害そうとした現行犯。 しかし、この者はきっと主犯ではないだろう。
別に、指示を出した人物がいるのは目に見えて明らかで、この下手人は、実に良い足掛かりとなる。

「答えろ。 お前に命じた者は誰だ? 答えれば、命までは奪らないと約束しよう」

王太子であるジークに、エリーナを直接救いに行くという選択肢はあり得ない。
だからこそ、ジークはジークなりのやり方で事件を収束させて一刻も早く全てを終わらせる事しか、エリーナを救う手段をとれはしない。 
それが、彼が出来るエリーナを救う唯一の術なのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。

yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~) パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。 この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。 しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。 もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。 「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。 「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」 そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。 竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。 後半、シリアス風味のハピエン。 3章からルート分岐します。 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。 表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。 https://waifulabs.com/

『欠落令嬢は愛を知る』~妹に王妃の座も人生も奪われましたが、やり直しで女嫌いの騎士様に何故か溺愛されました~

ぽんぽこ狸
恋愛
 デビュタントを一年後に控えた王太子の婚約者であるフィーネは、自分の立場を疑ったことなど今まで一度もなかった。王太子であるハンスとの仲が良好でなくとも、王妃になるその日の為に研鑽を積んでいた。  しかしある夜、亡き母に思いをはせていると、突然、やり直す前の記憶が目覚める。  異母兄弟であるベティーナに王妃の座を奪われ、そして魔力の多い子をなすために幽閉される日々、重なるストレスに耐えられずに緩やかな死を迎えた前の自身の記憶。    そんな記憶に戸惑う暇もなく、前の出来事を知っているというカミルと名乗る少年に背中を押されて、物語はやり直しに向けて進みだす。    

侯爵令嬢リリアンは(自称)悪役令嬢である事に気付いていないw

さこの
恋愛
「喜べリリアン! 第一王子の婚約者候補におまえが挙がったぞ!」  ある日お兄様とサロンでお茶をしていたらお父様が突撃して来た。 「良かったな! お前はフレデリック殿下のことを慕っていただろう?」  いえ! 慕っていません!  このままでは父親と意見の相違があるまま婚約者にされてしまう。  どうしようと考えて出した答えが【悪役令嬢に私はなる!】だった。  しかしリリアンは【悪役令嬢】と言う存在の解釈の仕方が……  *設定は緩いです  

【完結】悪役令嬢に転生したのでこっちから婚約破棄してみました。

ぴえろん
恋愛
私の名前は氷見雪奈。26歳彼氏無し、OLとして平凡な人生を送るアラサーだった。残業で疲れてソファで寝てしまい、慌てて起きたら大好きだった小説「花に愛された少女」に出てくる悪役令嬢の「アリス」に転生していました。・・・・ちょっと待って。アリスって確か、王子の婚約者だけど、王子から寵愛を受けている女の子に嫉妬して毒殺しようとして、その罪で処刑される結末だよね・・・!?いや冗談じゃないから!他人の罪で処刑されるなんて死んでも嫌だから!そうなる前に、王子なんてこっちから婚約破棄してやる!!

プロローグでケリをつけた乙女ゲームに、悪役令嬢は必要ない(と思いたい)

犬野きらり
恋愛
私、ミルフィーナ・ダルンは侯爵令嬢で二年前にこの世界が乙女ゲームと気づき本当にヒロインがいるか確認して、私は覚悟を決めた。 『ヒロインをゲーム本編に出さない。プロローグでケリをつける』 ヒロインは、お父様の再婚相手の連れ子な義妹、特に何もされていないが、今後が大変そうだからひとまず、ごめんなさい。プロローグは肩慣らし程度の攻略対象者の義兄。わかっていれば対応はできます。 まず乙女ゲームって一人の女の子が何人も男性を攻略出来ること自体、あり得ないのよ。ヒロインは天然だから気づかない、嘘、嘘。わかってて敢えてやってるからね、男落とし、それで成り上がってますから。 みんなに現実見せて、納得してもらう。揚げ足、ご都合に変換発言なんて上等!ヒロインと一緒の生活は、少しの発言でも悪役令嬢発言多々ありらしく、私も危ない。ごめんね、ヒロインさん、そんな理由で強制退去です。 でもこのゲーム退屈で途中でやめたから、その続き知りません。

【完結】 悪役令嬢は『壁』になりたい

tea
恋愛
愛読していた小説の推しが死んだ事にショックを受けていたら、おそらくなんやかんやあって、その小説で推しを殺した悪役令嬢に転生しました。 本来悪役令嬢が恋してヒロインに横恋慕していたヒーローである王太子には興味ないので、壁として推しを殺さぬよう陰から愛でたいと思っていたのですが……。 人を傷つける事に臆病で、『壁になりたい』と引いてしまう主人公と、彼女に助けられたことで強くなり主人公と共に生きたいと願う推しのお話☆ 本編ヒロイン視点は全8話でサクッと終わるハッピーエンド+番外編 第三章のイライアス編には、 『愛が重め故断罪された無罪の悪役令嬢は、助けてくれた元騎士の貧乏子爵様に勝手に楽しく尽くします』 のキャラクター、リュシアンも出てきます☆

ふしだらな悪役令嬢として公開処刑される直前に聖女覚醒、婚約破棄の破棄?ご冗談でしょ(笑)

青の雀
恋愛
病弱な公爵令嬢ビクトリアは、卒業式の日にロバート王太子殿下から婚約破棄されてしまう。病弱なためあまり学園に行っていなかったことを男と浮気していたせいだ。おまけに王太子の浮気相手の令嬢を虐めていたとさえも、と勝手に冤罪を吹っかけられ、断罪されてしまいます。 父のストロベリー公爵は、王家に冤罪だと掛け合うものの、公開処刑の日時が決まる。 断頭台に引きずり出されたビクトリアは、最後に神に祈りを捧げます。 ビクトリアの身体から突然、黄金色の光が放たれ、苛立っていた観衆は穏やかな気持ちに変わっていく。 慌てた王家は、処刑を取りやめにするが……という話にする予定です。 お気づきになられている方もいらっしゃるかと存じますが この小説は、同じ世界観で 1.みなしごだからと婚約破棄された聖女は実は女神の化身だった件について 2.婚約破棄された悪役令嬢は女神様!? 開国の祖を追放した国は滅びの道まっしぐら 3.転生者のヒロインを虐めた悪役令嬢は聖女様!? 国外追放の罪を許してやるからと言っても後の祭りです。 全部、話として続いています。ひとつずつ読んでいただいても、わかるようにはしています。 続編というのか?スピンオフというのかは、わかりません。 本来は、章として区切るべきだったとは、思います。 コンテンツを分けずに章として連載することにしました。

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

処理中です...