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いつか見た夢の世界で
ファーストダンス
しおりを挟む煌びやかに彩られたホール、訓練された優秀な給仕達、場の雰囲気を作る控えめながらも美しく響く楽曲を奏でる楽団。
その全て、贅と工夫に満ちた上品質なもてなしの至高にあると評するに相応しくあった。
そんな上等な舞台に、ジークにエスコートをされながらパーティーの会場である王城内の大ホールの中へと足を踏み入れる。
ホールには既に、アリステル王国に属する高位から下位まで多くの貴族達で溢れており、その全ての視線が、ジークと私へと一斉に向けられた。
それは好奇や妬心と策謀に嘲りなどと、分類するにも骨が折れそうなほどに多種多様な色が浮かんでいて、思わず息を詰まらせた。
これ程までに他人の視線を一度に浴びた事の無くてたじろぐ私に対し、ジークは平然とした様子で歩を進め続けている。
きっと、状況に慣れているのだろう。
王太子として何度も、こんなにも悍ましいまでの視線の中を、畏れに挫ける事無く。
その威風堂々とした立ち居振る舞いに、私は自らの立ち位置を思い出し、萎縮していた事を恥じた。
今の私は、曲がりなりにも王太子であるジークのパートナー。 ジークの疵となり得るような素振りなど、出来ない。
そもそも本来ならば、今日のパーティーはジークのパートナーにサリーを推挙して、私はまだ婚約者のいないマルコにエスコートをしてもらってから壁の花にでもなっていようかと考えていた。
けれど、事態が事態だけに今日の今を受け入れて、結果としてこれもまたジークとサリーの仲を結ぶために必要な要素であるから仕方がないのだけれど、気分としては何をちゃっかりとかつての希望通りの立ち位置に居るのかと自らを罵りたい気持ちでいっぱいになった。 正直なところ、今だってとても居た堪れない。
けれど、ここに至るまでの判断は全て私が決めた事。
ならば当然、その責任は果たさなければならない。
こんな、たかだか質量無き視線程度に屈している場合ではないのだ。
ここからは、王太子のパートナーとしての大事な役割もある。 失敗は出来ないのだ。
陛下の元へと御挨拶に伺い、陛下が最後の参列者たる王太子とそのパートナーである令嬢を来賓の貴族達へと紹介する。
そうして紹介された私とジークは、貴族達が打ち鳴らす形だけの拍手の中、ホールの真ん中へと向かって歩く。
これから行われるのは、所謂ファーストダンス。
婚約者同士のそれとはまるで意味合いが違うけれど、国の安寧を示す為の年若き王太子ペアによる開演の儀式だ。
「エリーナ嬢、いつかの昼休憩の続きだ。 お相手、よろしく願いたい」
「はい殿下。 よろしくお願いいたします」
形式上の問答も滞りなく。
強いて言えば、ジークが変な脚色を付け加えた事が気に掛かるけれど、私の役目としては一切の破綻も無く進められているので構いはしないだろう。
王太子ジークのパートナーと、ジークを守る盾。 そのどちらも成立させる事が、私に求められている役割。
だから差し当たってまず、陛下の言葉と共に止まりそして今まさに再開しようとしている楽団の演奏に合わせてファーストダンスを踊らなくては。
薄く微笑み、ジークの腕に手をやる。
そうして、始まった演奏とジークのリードに身体を任せ、ファーストダンスは始まった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
王太子ジークとユースクリフ公爵家の姫君エリーナが舞う姿は何とも美しく、まさに音楽の体現、などと評する者が現れる程に洗練された仲睦まじき番同士が如く息の合った素晴らしいものであった。
ある者は見惚れ、ある者は歯噛みしてホールの中央で舞う2人を睨み付けていた。
ジークの瞳の色である深い翠色を基調にしたドレスを身に纏うエリーナ。
2人が手を取り互いを見つめ合いながら舞うその姿は、多くを魅了し、胸中に羨望の渦を巻き起こらせた。 きっと、若い娘であるならば尚の事。
煌びやかなドレスに身を包みながらも自らの存在もろとも霞が如く雲散しそうなほど、この場で最も美しく輝いている令嬢がいる。
それだけが、あまりにも悔しく、恨めしく、そして憧憬として映っていた。
そして、そんな多くの様々な感情が混じり合って混沌と化した注目を浴びながらも、時に静かに、時に情熱的にステップを踏む2人。
この場の主役として君臨し、多くの者に魅せているエリーナとジークは互いに届く程度の声音で会話をしていた。
第三者がその事を知れば年若い2人の甘い一時であると認識するであろうけれど、その実はまるで違っていた。
「殿下、今はお命を狙われているかもしれない時なのですから、もっと緊張感をもって、油断なさらないよう。 油断は大敵、一時であれ心を緩めれば死にますよ」
「一体誰だ、君をそんな職業軍人みたいな発想の令嬢にしたのは!」
ややげんなりして溜息を吐くジークに、パートナーのエリーナは「油断大敵! です!」と叱咤する。
「かと言って、いつまでも張り詰めていたって仕方がないだろう? 事が起きなければそれに越した事はないわけだし、何より事前に確認した通り警備体制は万全だ。 賊の一人だって入ってこれやしないよ」
今日のエリーナは、ジークと会ってからずっとこのような調子で「油断大敵」と繰り返す様であった。
だからこそ、警備の配置や賓客の持ち物検査なども徹底しているとジーク手ずからエリーナに付き添って説明をしたのだ。 その上での、今である。
「……楽観が過ぎます。 殿下はいずれ、王位を継ぐお方なのですから御身の重要さをもっとご理解してください。 こんな、ダンスなど楽しんでいる場合ではないのですよ」
「本当に君は心配性だな。 仮に襲撃があったとしても、毒を盛られたとしても、間抜けに殺されてやる事などありはしないさ。 勿論、エリーナ嬢にだって危害を与えさせないよ」
「その自信過剰は何なのですか……。 ともかく、気を付けてください。 殿下が亡くなられては、悲しむ者だって大勢いる事でしょう。 それに、貴方を守りきれなければ私に指導して下さったレイルマン様にも顔向け出来ませんもの」
「君のその危険な発想の元凶はあの騎士か! 今日が終わったら少し話をしなくてはならなそうだな」
「レイルマン様は悪くありません。 ご教授の際に騎士団長様より頂いた教本に書かれておりましたの」
「原因は奴かっ……!」
この時ジークは、著・騎士団長である騎士団の新人用教本を思い出していた。
王国騎士団を纏めるアルダレート卿は理知的な人物である反面、歴代騎士団長のご多聞に漏れず脳筋な考え方も出来る人物であった。
戦の際には戦略立案から隊の編成、大隊の指揮などを冷静にこなすが、こと教育に関しては『実践あるのみ、習うより慣れろ』がモットーなのだ。
そんな人物の著書である教本など、脳筋理論満載に決まっている。
なんてものを読ませているんだと、ジークは引き攣った笑顔の裏で強く思った。
「分かったよ、油断はしないさ。 けれど、少しくらい楽しんだって構わないだろう?」
「ですが、いつ誰が殿下に危害を加えるか……!」
「さっきも言ったが、俺はそう簡単に殺されやしないし君にだって危害を加えさせない。 それに、君とのダンスを楽しみにしていたんだよ、俺は。 いつかの昼休憩の続きなんだからね」
言われてエリーナは、そういえばと思い出した。 ジークに誘われたタイミングで予鈴が鳴り、また別の機会に踊ろうと一方的に約束を取り付けられたのだ。
そんな些事、彼女にとっては既に遠い昔の出来事のようで懐かしささえあった。
「もう…………今だけですからね。 終わったら、しゃんとして下さいませ」
「分かっているさ」
そんな2人のダンスは、一曲が全て終わるまで続いた。
本来であれば、途中から通常の舞踏会が始まるはずであったのだが、観衆はそれすら忘れてジークとエリーナのダンスに魅入っていたのだ。
けれどそれも終わりで、これより本番と相成る。
権謀術数、野望に陰謀。
腹の内に獣を飼う者達の魔窟にして伏魔殿。
煌びやかな外面に対して、一皮剥けば悍ましい欲望渦巻く者達の興宴が、今ここに始まった。
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