公爵令嬢の辿る道

ヤマナ

文字の大きさ
上 下
41 / 139
いつか見た夢の世界で

荒み、澱む

しおりを挟む
花香る庭園は、荒れ果てていた。
かつてその場所で咲き誇っていたこの世全ての季節ごとの花々は、今や枯れ落ちるか力無く萎びれて、朽ちた後は塵が如く掻き消えて失せていた。
明るく日の照る場所にあるはずの庭園は、いっそ曇天の空に包まれているが如く陰惨な雰囲気に包まれていた。
そんな荒廃した城壁の内にある花園の、更に奥まった場所にある宮の中。 
本棚はおろか図書室として扱っていた部屋からすら溢れて廊下から茶室など至る所にまで書物が侵食し、それら全てが掃除の手さえ届かず埃にまみれていた。 
そして、たった1人の主を除いて誰も立ち入らない宮の寝室。 
その寝台に横たわって、1人の女性が窓の外を呆然と眺めていた。 たった独りきりの、宮の主たる女性だった。

「……………………」

女性は言の葉を紡がない。 何を言ったとしても、誰も返してくれないと知っているから。
ただ、たった1人を待ち続けている彼女。 たった1人で宮の中で生活をして、たった独りでこの場所に在り続けた彼女。
ずっと、ずっとずっとずっと………あの人が来る事を待ち望んでいた。
けれど、待ち人は訪れず。 
瑞々しく朗らかな人だった女性は、しかし今となっては庭園の花達と同じように枯れ果てようとしていた。
花は、ただ咲いているだけではいけない。 誰かに愛でられ、育まれなければ……。
花にとっての水のような貴方。 日の光のように、この心に巣食う孤独を照らし出して慰めてくれた貴方。
貴方との語らいが心を満たし、貴方との時間が生きる糧だった。

「…………………」

でも、今は誰もいない。
この心には、ずっと孤独が巣食っていた。
水も日照も失って、長い長い時の中で多くの時間を暇つぶしをしながら過ごしてきて、でもいつの頃からか宮を出る事すら億劫になって花を愛でる事をしなくなった。 
雲の形から色々なものを連想したり、空にある色の数を数えたり、雲と雲のかけっこを眺めてたり、目を閉じて風の音や揺れる草花の音やその匂いを感じたりするような事もなくなった。
宮に閉じこもって、来る日も来る日も寝て起きてを繰り返し、どうしても眠れない時には読書に耽った。 それでも、いつしか何度も読み返した本すら読まなくなってしまった。
退屈で退屈で退屈で退屈で暇で退屈で、孤独で。

「…………………」

貴方はいつ逢いに来てくれるの? とてもとても寂しいの。 
だから、貴方が外のお話を聞かせてくれるだけでも嬉しいの。 
ただ一時でもいい、側に居てくれるだけでいいの。 貴方がくれるぬくもりを糧にするわ。 
ほんの少しの時間があればそれだけで、まだまだ生きていられるのだから。
だから、来て………! この手を握って。

「……………………」

何度も何度も、永遠とも思えるほど長い孤独の中で枕を濡らした。
1度だって、願いが叶った事なんて無かったけれど。 ただ想い続けた。

「……………………」

でも、もう枕を濡らす事なんて無い。 
涙などとうに枯れてしまった。 
孤独に打ちひしがれていた心だって、ついには疲れ果てていた。
だからもう、彼女にできるのは眠る事だけだった。
ギシギシと軋むベッドの上を這って、久し振りに両足で立ち上がる。 その手には、引き裂かれたシーツを持って。
庭園の一番大きな木。 今は枯木と化したその木の1番太くて高い位置にある枝に輪の形に結んだシーツを引っ掛けた。
思い残す事など無いのだ。 
未練を追うほどの活力も無いのだ。
独りぼっちで生きている事が、たまらなく怖いのだ。
彼女は、ためらいなく輪に首を掛けて、跳んだ。
そして宙ぶらりんの寝所にて、永遠の眠りに落ちていった。


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


全くもって寝覚めは最悪だと言えるだろう。
確かに、最近はハードワークを背負い込んで連日徹夜で仕事に明け暮れていたけれど、何もそんな、夢の世界でまで辛い思いを背負い込むだなんて。

「でも、あの夢……」

今朝見たのは、いつか見た夢に出てきた女性の夢だった。
夢の内容にも、そこに出てきた女性についても思い当たる節などありはしない。 ありはしない、はずなのだけれど……。
………いいえ、きっと気のせい。 何かの本で読んだお話の一節が夢として映像化されて見ていただけの、幻なのだわ。
それよりも、目が覚めてしまったのならもう今からは現実だ。
視線を動かせば、机の上に山と積まれた資料が目に映る。 昨日のノルマをユースクリフ家お抱えの薬師が調合した栄養剤片手に深夜までかかりながら終わらせた分と、今日学園から帰ってから処すべきノルマ分である。
繁忙期である生徒会の書類と領地視察の報告書、エリーナが立ち上げた企業監督者の報告書と指示書作成。 さらに生徒会が例年通り時期的にこれまで以上に忙しくなる事を想定しての前倒し業務への取掛かりなど、やる事は山ほどある。
だからこそ、今はそれ以外の事を気にしている余裕などありはしないのだ。
夢は所詮、夢。 ただの、睡眠中の脳が見せる何処かから引っ張り出されてきた記憶の一部でしかないのだから。
だからこそさっさと寝覚めの悪い夢の事など忘れて、現実と向き合うべきなのだ。
そう思い直して、学園の制服に着替えて、屋敷を出る時間までほんの少しでも今日のノルマを済ませておこうと机に向かう。
いくら私付きの侍女が増えたといっても、日が昇る前から起きて私の世話をするような者はいない。 アリーでさえ日が昇ってから動き始めるのだから、それが普通なのだけれど。
もっとも、そんな誰も目覚めていない1人の時間はとても気に入っているし、むしろ周りに人がいる方が気が詰まってしまうのだから、とても気楽で良い。
サラサラと紙面をペンが走る音のみが響く部屋の中で、ため息を1つ零した。 そしてチラと部屋の隅を見やれば、そこには見たくもない現実の象徴が飾られている。
そうしてまたため息をもう1つ零す事が最近の朝によく起こる事象である。

今日こそは、ジークと話をつけなければ。

そう考えて、もうあとひと踏ん張りと気合を入れ直そうとしたところでアリーが登校の時間だと告げに来た。
私は仕方なしと、机の上のやりかけの書類をファイルに収めて書類の山に返した。
そうして呼びに来たアリーに付いて、馬車まで向かうのだ。
今日こそは、憂いを解消して気楽に仕事をしようと、胸に想いを秘めながら。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】バッドエンドの落ちこぼれ令嬢、巻き戻りの人生は好きにさせて貰います!

白雨 音
恋愛
伯爵令嬢エレノアは、容姿端麗で優秀な兄姉とは違い、容姿は平凡、 ピアノや刺繍も苦手で、得意な事といえば庭仕事だけ。 家族や周囲からは「出来損ない」と言われてきた。 十九歳を迎えたエレノアは、侯爵家の跡取り子息ネイサンと婚約した。 次期侯爵夫人という事で、厳しい教育を受ける事になったが、 両親の為、ネイサンの為にと、エレノアは自分を殺し耐えてきた。 だが、結婚式の日、ネイサンの浮気を目撃してしまう。 愚行を侯爵に知られたくないネイサンにより、エレノアは階段から突き落とされた___ 『死んだ』と思ったエレノアだったが、目を覚ますと、十九歳の誕生日に戻っていた。 与えられたチャンス、次こそは自分らしく生きる!と誓うエレノアに、曾祖母の遺言が届く。 遺言に従い、オースグリーン館を相続したエレノアを、隣人は神・精霊と思っているらしく…?? 異世界恋愛☆ ※元さやではありません。《完結しました》

(完)男のサガってなんですか?ーヒロインは愚かな男に翻弄される運命です?

青空一夏
恋愛
ダメンズに惚れてしまう癖のあるヒロインが織りなすコメディー。お人好しで涙脆いが気が強いところもあり、のヒロインが理想の男性を見つけるまでの物語。 異世界中世ヨーロッパ風のゆるふわ設定ご都合主義。結婚式や入籍前に同居することが普通の世界ですが花嫁の貞操は初夜まで守られる。 アンナは婚約者トミーの服のポケットから娼館の会員制カードを見つけて衝撃を受ける。それは度重なることでありその都度もう行かないと約束していたことだったからである。 式と入籍も間近のアンナはトミーを問い詰めるが思いもよらない言葉にアンナは頭が真っ白になる。それは……

残念な婚約者~侯爵令嬢の嘆き~

cyaru
恋愛
女の子が皆夢見る王子様‥‥でもね?実際王子の婚約者なんてやってられないよ? 幼い日に決められてしまった第三王子との婚約にうんざりする侯爵令嬢のオーロラ。 嫌われるのも一つの手。だけど、好きの反対は無関心。 そうだ!王子に存在を忘れてもらおう! ですがその第三王子、実は・・・。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※頑張って更新します。目標は8月25日完結目指して頑張ります。

(完結)やりなおし人生~錬金術師になって生き抜いてみせます~

紗南
恋愛
王立学園の卒業パーティーで婚約者の第2王子から婚約破棄される。 更に冤罪を被らされ四肢裂きの刑になった。 だが、10年前に戻った。 今度は殺されないように生きて行こう。 ご都合主義なのでご了承ください

男装の公爵令嬢ドレスを着る

おみなしづき
恋愛
父親は、公爵で騎士団長。 双子の兄も父親の騎士団に所属した。 そんな家族の末っ子として産まれたアデルが、幼い頃から騎士を目指すのは自然な事だった。 男装をして、口調も父や兄達と同じく男勝り。 けれど、そんな彼女でも婚約者がいた。 「アデル……ローマン殿下に婚約を破棄された。どうしてだ?」 「ローマン殿下には心に決めた方がいるからです」 父も兄達も殺気立ったけれど、アデルはローマンに全く未練はなかった。 すると、婚約破棄を待っていたかのようにアデルに婚約を申し込む手紙が届いて……。 ※暴力的描写もたまに出ます。

悪役令息、拾いました~捨てられた公爵令嬢の薬屋経営~

山夜みい
恋愛
「僕が病気で苦しんでいる時に君は呑気に魔法薬の研究か。良いご身分だな、ラピス。ここに居るシルルは僕のために毎日聖水を浴びて神に祈りを捧げてくれたというのに、君にはがっかりだ。もう別れよう」 婚約者のために薬を作っていたラピスはようやく完治した婚約者に毒を盛っていた濡れ衣を着せられ、婚約破棄を告げられる。公爵家の力でどうにか断罪を回避したラピスは男に愛想を尽かし、家を出ることにした。 「もううんざり! 私、自由にさせてもらうわ」 ラピスはかねてからの夢だった薬屋を開くが、毒を盛った噂が広まったラピスの薬など誰も買おうとしない。 そんな時、彼女は店の前で倒れていた男を拾う。 それは『毒花の君』と呼ばれる、凶暴で女好きと噂のジャック・バランだった。 バラン家はラピスの生家であるツァーリ家とは犬猿の仲。 治療だけして出て行ってもらおうと思っていたのだが、ジャックはなぜか店の前に居着いてしまって……。 「お前、私の犬になりなさいよ」 「誰がなるかボケェ……おい、風呂入ったのか。服を脱ぎ散らかすな馬鹿!」 「お腹空いた。ご飯作って」 これは、私生活ダメダメだけど気が強い公爵令嬢と、 凶暴で不良の世話焼きなヤンデレ令息が二人で幸せになる話。

どうして私にこだわるんですか!?

風見ゆうみ
恋愛
「手柄をたてて君に似合う男になって帰ってくる」そう言って旅立って行った婚約者は三年後、伯爵の爵位をいただくのですが、それと同時に旅先で出会った令嬢との結婚が決まったそうです。 それを知った伯爵令嬢である私、リノア・ブルーミングは悲しい気持ちなんて全くわいてきませんでした。だって、そんな事になるだろうなってわかってましたから! 婚約破棄されて捨てられたという噂が広まり、もう結婚は無理かな、と諦めていたら、なんと辺境伯から結婚の申し出が! その方は冷酷、無口で有名な方。おっとりした私なんて、すぐに捨てられてしまう、そう思ったので、うまーくお断りして田舎でゆっくり過ごそうと思ったら、なぜか結婚のお断りを断られてしまう。 え!? そんな事ってあるんですか? しかもなぜか、元婚約者とその彼女が田舎に引っ越した私を追いかけてきて!? おっとりマイペースなヒロインとヒロインに恋をしている辺境伯とのラブコメです。ざまぁは後半です。 ※独自の世界観ですので、設定はゆるめ、ご都合主義です。

【完結】御令嬢、あなたが私の本命です!

やまぐちこはる
恋愛
アルストロ王国では成人とともに結婚することが慣例、そして王太子に選ばれるための最低の条件だが、三人いる王子のうち最有力候補の第一王子エルロールはじきに19歳になるのに、まったく女性に興味がない。 焦る側近や王妃。 そんな中、視察先で一目惚れしたのは王族に迎えることはできない身分の男爵令嬢で。 優秀なのに奥手の拗らせ王子の恋を叶えようと、王子とその側近が奮闘する。 ========================= ※完結にあたり、外伝にまとめていた リリアンジェラ編を分離しました。 お立ち寄りありがとうございます。 くすりと笑いながら軽く読める作品・・ のつもりです。 どうぞよろしくおねがいします。

処理中です...